第0話(月野ミチル)

 000(月野ミチル)



 7月27日。



 夏休み初日。特に何事もなく、お家でダラダラと過ごした。



 考えていたのは、ずっとシンジくんのことだ。この日記を書いている今もそう。私とサオリが失恋した日以来、結局一度も話すことは出来なかったから、知らない彼が増えていくって不安ばかり募ってる。



 ラインでメッセージを送ろうとしても、ブロックされていたらどうしようって怖くなって手が竦む。それでなくとも、何を言えばリアクションをくれるのか分からない。無視は一番イヤ、だから何も出来ないのだ。



 失うことが怖いから、手を伸ばすこともしない。ずっと私が、そしてコウくんとみんなが抱えてきた心の弱さをどうすれはいいのだろう。



 8月1日。



 レースクイーンのバイト。



 車の順位が変わるたびにプレートを手動で切り替えて、その度にカメラマンさんにお尻を撮られた。



 パラソルをさして、ポーズをとってもよくわからない。男の人って、こういうのがグッとくるワケ? チヤホヤされるのは嫌いじゃないけど、なんだかよく分からない。



 ファンサービスって言うけど私は高校生なんだよ? というか、グラビアだっていうのなら、せめておっぱいを撮りなさいよ。おっぱいを。ほら。



 ……なに? 撮るモノがないって?



 ぶっ殺すよ?



 8月6日。



 カケルと従姉妹のシノブお姉さんと一緒に行った海水浴場の海の家で、シンジくんが焼きそばを焼いているのを見つけた。



 痩せた体にアロハシャツは似合わないし、もっと言えばシンジくんの雰囲気にはアロハシャツは似合わなかった。



 頭に黒いキャップを被って、開いた青のアロハシャツ、紺色の水着にビーチサンダル。どう考えたって彼のイメージじゃない。



 周りには、凄く怖い見た目の男の人がいっぱいいた。テキヤさんって言うんだっけ、楽しそうにお料理をするシンジくんは眩しかった。



 話しかけるのが怖かったから、私は隣の海の家でラーメンを食べた。塩っぱくて麺が伸びた塩ラーメン。凄くおいしかった。



 というか、シンジくんがアロハって。本当にウケる。



 8月10日。



 町家繁華のケータイショップでティッシュを配っているシンジくんを見つけた。制服のベストはこの前のアロハよりも似合ってるけど、やっぱり声をかける気にはならない。



 対岸の歩道を歩きながら通りすがるまでずっと見ていたから、カケルも気になったみたいだ。「お姉ちゃん、あの人の顔あんまりじゃない?」だって。私はメンクイじゃないってのに。



 8月17日。



 コウくんと、ミキちゃんと、ココミちゃんと、カナエちゃんと、みんなでプールに行った。相変わらずココミちゃんのおっぱいは凄い。女の体はトータルバランスが信条だって思うけど、それにしたって自信が無くなってくる。



 シンジくんは、大きいおっぱいの方が好きだろうか。とても不安だ。もしも彼が顔よりおっぱいを選ぶ人だったらって思うと、死ぬほど心が沈んだ。



 だから、ナンパしてきた人のことは結構無碍に扱っちゃった。おまけにコウくんが助けてくれたし。ざまぁみろ、バーカ。



 8月20日。



 いつものみんなで、夏祭りに行った。



 何となく予想はしていたけど、シンジくんが焼き鳥を焼いていた。『ヨウコ』と書かれた屋台の中で、ひたすらに焼き鳥をジュージュー焼いていた。



 おいしそうだったから、今度は思わず買ってみたけど。シンジくん、忙しいのか話したくないのか、「10本は買ってけ」と言うだけで他にお話はしてくれなかった。



 コウくんが始めて私のことを気遣ってくれた。嬉しかったけど、なんか違うってことに気が付いてすごく申し訳なかった。



 因みに、シンジくんはアロハを着ていなかった。



 8月27日。



 どうすれば、シンジくんとお話できるんだろ。もしかして、色々と考えるからダメなのかな。私、頭悪いし。やっぱ考えても分からない。



 あぁ、会いたいなぁ。



 8月28日。



 今日も悩んでるだけで1日が終わった。ラインも未読スルー。ちょっとウツな気分。



 8月29日。



 また悩んでた。終わり。



 8月30日。



 分かんない。でも、もう抑えられない。私、シンジくんとお話できなかったら死ぬかも。



 8月31日。



 決めた。



 私、もう迷わない。性格の悪い私が、最初っから他の人のことを考えて行動するなんてのがそもそもの間違いだった。



 シンジくんにダル絡みする。シンジくんに絶対ダル絡みする。駅で会ったらダル絡みする。クラスでも暇ならダル絡みする。友達と何を喋ってるのか聞いちゃうし、答えてくれなかったらダル絡みする。



 ……それで、いっぱい勇気をもらう。



 私はもうそこには戻れないって、みんなに伝えるための勇気を。

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