第9話 ②
「よぉ、サオリ。調子はどうだ?」
「相変わらず絶好調だよ、シンジ」
ワンポイントの白いロングTシャツと青いスキニージーンズ。やり過ぎなくらい飾りっ気のないシンプルな服装だが、少女的な彼女にはあまりにもミスマッチで逆に似合っているように思えた。
「彼らは?」
「あたしの人助け仲間。シンジの真似して活動してみたら集まってきたから、快く迎え入れてるってワケ」
なるほど。
ただ、俺の真似ということは他人の為より自己の存在理由を保つ意味が大部分を占めているのだが、その辺のことを彼らは理解しているのだろうか。
「別に存在理由なんていらないわよ。だって、あたしたちはシンジと違って普通の家に生まれて普通に愛を受けて育ってるんだもの。恵まれてる人っていうのはね、純粋に『困ってる人を助けたい』って思えるモノなの」
そうかい。俺には、少しだって理解出来ない話だ。
「あれ、言い返さないの?」
「興味ねぇもん。お前は、お前のやりたいようにやりゃいい」
「……やりたいように出来る力があるなら、あたしだって一人でやってるわよ」
俺にだけ聞こえる声で呟いたサオリは、目を向けると自嘲気味に笑って首を傾げた。再会して早々、藪をつついてしまったことをほんの少しだけ申し訳なく思う。
「それで、なんか用か?」
「あぁ、そうそう。少し、困ったことになったのよ。『この旅行中に告白したいから一番いいポイントを教えて欲しい』って依頼を受けたんだけど――」
随分とハッピーな依頼だ、微笑ましい。
「あたしたち、四人とも恋人がいないし。何なら恋愛に興味がないし。だから、どう設定すればクライアントが告白を成功させられるのか皆目検討つかないってワケ」
適当なパワースポットでもオススメすればいい。八坂神社なんて、縁結びで有名な場所だぞ。
「まさか、神様がどうにかしてくれると本当に思ってるの?」
だったら、東山山頂公園の展望台なんてどうだろう。あそこはドラマのロケ地によく使われるくらい夜景が綺麗に見えるらしい。
「それくらいのこと、あたしたちだって考えたわよ」
「つまり、告白して成功する関係じゃないが、クライアントに告白を我慢する意思はないってことか。そいつ、お前の仲間の内の親友か何かなんだな」
ミチルは向こうの女子と談笑し、二人の男子は俺の話を聞いて「へぇ」と関心したように頷いた。知ってるふうなところを見ると、雲井が俺の家に来た時よろしく、またサオリのヤツが俺の話をしているらしい。
「あんただったらどうする?」
「相手の家族を人質にとって、付き合わなければ殺すと脅す」
「あぁ、最高のアイデアね。マジでイケてる」
そんなに呆れた顔で皮肉を言うなよ、お前はアメリカンコメディのチアガールか。
「半分は冗談だ。いずれにせよ、絶対に成功させたいのなら絶対に成功する条件を整えるしか無いだろ」
「半分って。大体、それが出来るなら苦労しないわ」
「だったら聞くけど。想い人の好きな相手、会話の選択肢、相手の心理掌握、敵の存在と弱点の包容。諸々の情報は、ちゃんと入手してんのかよ」
サオリは、口を噤んで俺の目をジトッと見上げた。どうやら、入念な下準備は終わらせていないらしい。
「なぁ、ミチル。その辺のこと済ませねぇで告白を絶対に成功させるって、流石に甘いと思わねぇか?」
「わ、私ぃ? ……まぁ、うん。どうだろ。甘いかどうかはさて置き、シンジくんの真似とは言えないかな」
それを聞いて黙ったまま、やたらと悔しそうな顔を浮かべた彼女に俺は「フン」と鼻を鳴らした。本音を隠して、いつまでも男を上から折ろうとする態度が悪いのさ。
「わ、分かってるわよ! だから、シンジの力を貸して欲しくて話しかけたのっ!」
「だったら、最初っから素直に言えよ。このタコ」
「タコーっ!? タコってなによ!? 昔っから思ってたけど、それってどういう悪口なのよっ! なんでタコが悪口になるのよーっ!? タコが何をしたって言うのよォーっ!!」
激昂するサオリを見て、俺は『あぁ、何だか楽しいなぁ』と思った。俺の上をいく知能を持つ彼女を出し抜く快感というよりも、飄々としている彼女がワチャワチャ反応するから気持ちがいいのだ。
やっぱり、サオリを誂うのが一番おもしれーや。
「まぁ、絶対に成功させたいなら場所云々でなく、両想いにさせるしかないだろ。標的を恋に落として、クライアントの告白で二人が幸せになる。その方が、小手先の作戦を使うよりよっぽど合理的で気持ちがいい」
ただ、あんまりイジっても面白くない。仲間の前で恥をかかせた詫びとして、俺の考えを言ってみる。サオリを含めた四人は、虚を衝かれたのか一様に間抜けな顔をして笑った。
「……なんで、あたしたちにはそれが思いつかなかったのかな」
「頭がいいと、どうしても楽したがるからじゃねぇの? 結果だけを求めると、上手くいかないモノさ」
「でも、時間がないのよ。今からなんて、とても――」
「俺は、サオリを好きになったときは本当に一瞬だったぜ」
自分でも驚くくらい、優しく笑えていたと思う。もしも鏡があったのなら、しっかり記憶に焼き付けて遺影を撮影するとき用に覚えていたことだろう。
「恋に落ちるって、そういうことだ。お前は、クライアントが標的を崖から突き落とすために舞台を整えてやるのがいいんじゃねぇかな」
「ふふっ。崖から突き落とすって、本当に物騒な表現するんだから」
「でも、お前なら分かるだろ?」
言うと、サオリは俺に一瞬だけ手を伸ばし、すぐに引っ込めて踵を返す。
「行ってくる。夜になったら、経過報告を聞いてよね」
「あぁ、楽しみにしてる」
そして、彼らは嵯峨野を竹林の道へ向かって歩き始めた。心から優しい連中だ、きっと俺じゃ思いつかないようなあっと驚く優しい方法で作戦を遂行するに違いない。
名も知らぬクライアントの恋が成就するよう、少しくらいは願っておくとしよう。
「……シンジくん」
「ん?」
「サオリ、前よりずっとかわいいね」
「そうだな」
反応して凹むくらいなら、言わなきゃいいのに。アホなミチルを見兼ねたから、ため息をつくと「その心配は杞憂だ」と伝えてやった。
「……んふふ」
ミチルは、一度振り返ると隣に並び、わざと触れ合うようにしているのか、嵐山の空にかかる雲を見上げながら歩く。どうでもいい会話の中、何度も俺の二の腕に肩を当てて、わざとらしく髪の匂いを振りまいている。
俺は、それを拒むことはしなかった。
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