第9話 ①

 009



「マニア(偏執的な愛)だな」



 俺たちは、バスに乗って嵐山へやってきていた。あの後、晴田はすぐにハーレムに連れ去られて話をすることが出来ず、結局は俺とミチルで情報を精査するだけに留まってしまったのだ。



「偏執的ってことは、カナエには一般的じゃない性癖や恋愛癖があるってこと?」

「その通り。『知りたいの?』という言葉は、裏を返せば『知る覚悟があるのか』ということだ。恐らく、遊佐は以前に自分の遍歴を虐げられたことがあるんだろう。恋人か、或いは友人か。何れにせよ、相手は彼女にとって大切な人間だったハズだ」

「なるほど。でも、確かに言えてる。思い返してみれば、カナエって中立を求めたり話題を提出して答えを出さなかったり。少しだけ、私たちよりもコウくんと距離を取っているように思えるもん」



 ずっと一緒にいたミチルが言うならばそうなのだろう。俺は、足を踏み入れる前に渡月橋の写真を撮って、満足してから手すりに手をバウンドさせながら川の上を歩いた。



「しかし、まぁ。よくもこれだけ、ただの公立校に悲劇的なトラウマを抱えた女が集まったモノだ。考えれば考えるほど、晴田以外に恋をしていられない連中だぜ」

「そうだねぇ」

「お前もだぞ」



 妙な間が空いた。足の下を水が流れる音が心地よい。



「……ま、まぁ。でも、シンジくんと出会って愛にも種類があることを知りましたから。好きって意味をちゃんと考えたので、その辺は大目に見てもらいたいと言うか。あなたにだけは、そういうことを言われたくないと言うか。ゴニョゴニョ――」



 最後の方は、よく聞き取れなかった。興味もないから、シカトしておこう。



「何より、俺に言われて気が付く程度には正気だったのが救えねぇ。もう完全に周りの声を聞き入れないってくらいイカれてれば、こんなことにはなってなかっただろうに」

「後悔してるの?」

「してねぇよ、どれだけ不幸だろうとキモいことには変わりねぇもん」

「……そういうときに、あなたが自分の過去を引き合いに出すような隙のある人間だったら、もう少し平和的だったのにね」



 こいつ……。



「ぴゃあ!? ちょっと! なにすんのよぉ!?」



 言い返すと傷つけそうだったから、俺は外気に晒されて冷たくなった右手を後ろからミチルの首に押し当てた。恐らく、生まれて初めての武力行使だった。



「何でもない。それよりも、とりあえずはヒロインズの過去を読むヒントが見つかったんだ。ミチルは、この半年間で何かヒントに引っかかる出来事と遭遇してたりしないか?」

「う、う〜ん。逆なんじゃないかなぁ」



 逆? どういうことだ?



「なんていうか、コウくんに『好き好き〜っ』ってやっていられたから、私たちは嫌いな自分を出さないでいられたワケでしょ? なら、逆説的にコウくんといるときの私たちってみんな嘘つきなワケでさ……」

「なるほど、お前の言うとおりだ」



 実際、ミチルの変化に誰より先に気が付いていたのは青海先輩だった。ならば、グループ内で手を拱いていた彼女に他のヒロインズの違和感を見破れるハズがないのだ。



「それじゃ、発想を逆転させよう」

「どういうこと?」

「なにかイベントが起きたとき、或いは常軌を逸した喜びがあったとき、反応とか」

「あ、そっか。自分にとって嫌な思い出と被るから、努めて落ち着いてるならトラウマから逃げてるってことになるんだね」



 理解が早くて助かる。



「例えば、夏休みはどうだった? あぁいう季節なら、ハプニングもあっただろ。お前も冷静に俯瞰してただろうし」

「ココミちゃんのおっぱいとか?」

「それは晴田にとってのラッキーだ。晴田の何気ない行動で、ヒロインズが喜ぶ方が好ましい」

「う〜ん、難しいなぁ。ハッキリ言って、シンジくんのこと考えてて集中してなかったし」



 瞬間、ミチルの耳を左手の冷たい指で摘んだ。



「ひょわっ! だから、なんでそんなことするのよんっ!」

「うるせぇ」



 俺はこういうあざとい女が、ましてやド天然でカマしてくる計算のない女なんてのが一番嫌いなのだ。言い返したって本気で「どういうこと?」と更に聞き返されて、言葉に詰まったら勝ち誇った顔をしやがるのが目に見えている。



 そして俺自身、段々とこの女のことが分かってきている。そんな事実が輪を掛けて俺の心を掻き乱すのだから始末に負えない。カケルの狡猾さを少しくらい分けてもらえというのに。そうすれば、俺も遠慮なく反撃できるから。



「なーにイチャついてるのよ、バカシンジ」



 突然カットインしてきたのは、妙に聞き馴染みのある幼い声だった。しかし、他校の修学旅行生も入り乱れる雑踏の中を見渡しても声の主は見当たらない。



 はて、幻聴だろうか。



「幻聴じゃないよ、下だって」



 下? と思い視線を下げると、まるでフランス人形のようにフワフワした髪を持つ生意気そうなロリガキがしたり顔で俺を見上げていた。こいつの登場は、想像もしていなかったな。



「よぉ、秀雲学園も今日が修学旅行だったのかよ。私立校なんだから、沖縄くらい行くモンだと思ってたぜ」

「沖縄は年明けに行くんだよ。ウチは一年に二回、旅行があるんだから」

「へぇ、金持ちはいいねぇ」



 なるほど、と思いながら俺は彼女の横をスルリとすり抜ける。橋の上で立ち止まるのは通行が滞って迷惑だからだ。後ろでミチルが「久しぶり」と嬉しそうな声で言った。ついてくる足音は、何故か五つもある。



 やがて、対岸にたどり着くと俺は河川敷に立ち止まって振り返る。そこにいたのは、ミチルと声の主と、見覚えのない私服の女子一人、男子が二人。



 どうやら、随分と人を引き連れて歩いていたようだ。せっかくだから、清水の次郎長親分の気持ちでも妄想しておくんだったな。

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