第8話(晴田コウ)

 008(晴田コウ)



 バスを降りると、ミキとココミはそれぞれミチルと高槻の元へ向かった。何かの思惑を感じる。もしかすると、彼女たちも俺と同様に高槻へ頼み事をしているのかもしれいない。



 けれど、それを知ることはアンフェアになるだろうし、何より高槻は絶対に教えてくれないと分かった。

 だから、何も聞かないし気付かないフリ。明確な意思を持って彼女たちのエクスキューズを見逃したのは、生まれて初めてのことだった。



「ねぇ、カナエ。一つ聞いてもいいかな」

「珍しいね、なに?」

「俺が学校を休んでるとき、ミチルはみんなに何を言ったんだ?」



 ブラウスに薄手のセーター、ショートパンツと黒いタイツ。どこか少年っぽい服装のユニセックスな彼女の笑顔が、妙に切なく見えた。

 その理由を推理できるほど俺には経験も知能もないけれど、きっと高槻が関わっていることだけは分かる。というか、他に理由があってたまるか。

 


「あの子が、梅雨にコウとの距離を縮めた理由かな」

「……そうか」



 カナエは嘘をついてはいないんだろうけど、すべてを教えてくれたワケでもないのだろう。俺が聞きたかったのは、なぜミチルが失恋したのか、なぜ高槻が彼女を受け入れないのかなのだ。



 その理由を知ることが出来れば、俺と高槻の何が違うのかを知ることが出来るかもしれない。俺は、答えを出すためにあいつのことを知りたかった。



「やっぱり、ミチルのことを忘れられないの?」

「ん? あぁ、いや。そんなことないよ。むしろ、自分でもビックリするくらいスッキリしてる」

「ど、どうして?」



 聞かれ、俺は池に映る鹿苑寺を眺めながら答えた。目を合わせなかったのには、特に理由はない。



「ちゃんと失恋出来たからだよ。言いたいことも、聞きたいことも、俺はミチルとすべて交わしたんだ」

「……そっか」



 カナエは、引き絞るような声で呟く。彼女の顔を見ると、無理矢理に笑って俺のことを見上げた。



「ねぇねぇ、このあと見に行く嵐山ってどんなところなんだろうね。コウは知ってる?」

「あぁ、少しだけ。大堰おおい川にかかる渡月橋がメインの観光スポットだよ。なんていう地名なのか分からないけど、山だけじゃなくあの辺一体を指して嵐山って呼ぶんだ」

「へぇ、そうなんだ。コウって、何気に物知りだよね」

「子供会の会長からの受け売りだよ。でも、保津川の急流下りは楽しかったな。ボートがジェットコースターみたいに走るんだ」



 自分で言いながら、俺はふとカイトのことを思い出していた。シズクとカイトと三人で、お寺での生活よりずっと楽しいって笑っていたっけ。特に彼は、船頭さんに色んな質問をしていて。



「あ、そうか」



 あいつは、あの時ボートにハマったんだ。



「どうしたの?」

「いや、なんでも――」



 ……違う、何でもある。



 もう、そういうのはやめるって決めたじゃないか。ムカつくけど、俺はどうしようもないくらい高槻に、だから前に進むと決めたじゃないか。



「コウ?」

「うん。ちょっと、幼馴染のことを思い出してたんだ」

「なにそれぇ、また女の子?」

「違う、男だよ。多分、俺の唯一の男友達。もうずっと連絡取ってないけど、また会いたい気分になった」

「……へ、へぇ。それ。なんていうか、ちょっと上手く言えないけど」



 すると、カナエは無理矢理笑った笑顔を少しだけ歪ませて切なそうにした。



「いいね。男の子かぁ、ふぅん。コウの男友達なんて、ちっとも想像つかないや」

「これからは、そういう友達も作るよ。山川たちとも少しずつ打ち解けられてるしさ」

「彼ら、みんな優しいもんね。あとは高槻とか?」

「あ、あいつはない! 仲良くなれるワケないだろ!?」

「あははっ! 安心したっ!」



 本当にビックリするからやめて欲しい。例え地球が大きな像の背中に乗っている事実が発覚したとしても、俺と高槻が仲良しになるなんてあり得ないというのに。



「そういえば、カナエって俺たち以外ではどんな奴とツルんでるんだ?」

「え、えぇ? えっと、いつもコウたちと一緒にいるからなぁ。あんまり、他のコミュニティには所属してないよ」

「中学時代も?」



 ……どうやら、俺は聞いてはいけないことを聞いてしまったらしい。



 そういえば、彼女たちにはルールがあるのだと高槻が言っていた。俺に自分で探せと言って、その答えは教えてくれなかったが。もしも地雷を踏み抜いたのなら、彼女たちのルールとはつまり。



「ごめん、何でもない。やっぱ忘れ――」

「知りたい?」



 彼女は、真剣な顔をして真っ直ぐに俺を見ていた。いつだって、俺が逃げてきた本気の想いが宿った目だ。次に彼女が何を言っても聞こえないフリなんて絶対に出来ない、そんな雰囲気だった。



「……ここで言えてしまえるのなら、カナエは俺に惚れたりなんてしなかったんじゃないかな」



 数瞬の後、カナエは満面の笑みで笑った。今まで俺に向けたことのないような、大輪のひまわりにも似た笑顔だ。



「やっぱ、カッコよくなったね。コウ」



 それっきり、彼女はいつものような世間話を楽しそうにするだけで、彼女の過去に繋がるような話はなかった。昨日のドラマが面白かったとか、いいシーズンに京都へ来たとか、そんなことだけだ。



 けれど、これでよかったのだろうか。俺は、『知りたい』と言えなかった自分の弱さが心の底から嫌になった。

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