第7話
007
ボケてしまったミチルにナレーションを任せてもまったく物語が進まなさそうだから、不承不承ながらこの高槻シンジがさっきの榛名ココミとの会話の回想を交えて務めさせてもらおう。
時間は少し遡り、境内に到着して少し経った頃。
俺は、紅葉の映える鏡のような水面の反対側から北山鹿苑寺を
ところで、こいつは池の上にあるワケじゃなかったんだな。写真でしか見たこと無かったから、てっきり水上に建てられているのかと思っていたぜ。
閑話休題。
「高槻さんは、どうしてミチルさんと付き合ってあげないんですか?」
まず意外だったのは、榛名が質問を投げかけてきたこと。そしてさらに意外だったのは、ハーレムのヒロインである彼女が他人の恋愛に興味を持っていたことだった。
そんなこと、あっていいのだろうか。ブッ壊した張本人(俺)でも考えなかった謎の展開に、俺はカジュアルなツーピースのドレスにカーディガンを羽織った少女へ驚きを隠せないでいた。
「付き合ってあげない、という言い方は正しくない。俺が告白してないだけだ」
「妙な言い回しですね」
「複雑なんだ、部外者に語るようなモノでもない」
「では、なぜ告白をしないんですか?」
「なぜって、お前は恋してない男に『好きです!』と告げるのか?」
「つ、『付き合ってください』ではなくて?」
「『好きだ』という告白と『恋人になれ』という要望は別だろう」
なんて、嫌われている憂さ晴らしに少しイジワルを言って彼女を困らせた。
榛名の質問の意図は『あなたに惚れている女の子を安心させてあげない理由は?』というモノであり、そして俺はこんなワケの分からん女に自分の気持ちを露呈させたくなかったから。
なにせ、下心で口を滑らせるほど巨乳に興味がないのだ。明かせやしないよ。
「相変わらず、あなたの言葉には痺れますね。私が少しだって思い浮かばなかった事実を、なんのケレン味もなく口にする」
「怖いだろ、無知を突き付けられるのは」
「えぇ、怖いです。まるで、勇気や努力の中に『あなた』という強さがあるみたいです」
「自分で言っといてなんだけど、そりゃ褒め過ぎだ」
「貶してるんです。弱い私にとって、強さなんて畏怖の対象でしかありません」
どうやら、榛名ココミという女は存外に頭のいい人間のようだ。何か文学的な趣味でも持っているのだろうか。丁寧な言葉遣いと詩的な表現は、なかなかに俺の好みだった。
「晴田は、お前から見てどう変わった?」
「そうですね、カッコよくなりましたよ。目の色が変わったと言いますか、目の鋭さが変わったと言いますか。以前はヤル気無さげでつまらないというセクシーさがありましたけど、今はこの前の体育祭の100メートル走のように全力で物事に取り組んでいます。そういう男の子の姿って、とても魅力的に見えるモノじゃないですか。女の子は」
急にスゲェ喋るじゃん。
「女の子は、って。俺は女じゃないぞ」
「あなたは例外です。性別どころか、機械生命体や宇宙人でも説き伏せそうですから」
「お前の貶し文句は、一見褒めてるように聞こえるから困るな。もしかして、お前って京都生まれか? はんなりしてやがるのか?」
「や、やめてください。高槻さんが思っていたより穏やかだったので、少し調子に乗っただけです。喧嘩を売ったワケではありせん」
どうやら、榛名もステレオタイプでシニカルな京都の県民性をご存知であったらしい。
ただ、別に俺も喧嘩を売ったワケでなく、単純に京都ナイズな皮肉で返しただけ。ミチルと同じようにするには、距離感よりも彼女の頭の良さがネックだったようだ。
「話を戻そう。お前は、今も変わらず晴田を好きでいるのか?」
「はい」
「その好意が恋愛だと言える根拠はあるか?」
「いいえ」
またしても素直だ。病人ながらに苦労して集めた、問いただすための材料を少しくらいは持ってきたのに。榛名には、どれも必要のないモノらしい。
「だって、私は高槻さんを信頼しています。だからあなたを頼ったんです。あり得ない話ですが、もしも未来のどこかでコウさんが何らかの勝負で致命的に負けたときでさえ、私は迷わずあなたを頼ります」
「やめてくれ、迷惑だ」
「そして、相手があなただと分かったときはあなたを殺します。確実にです」
晴田愛を語ったからか、榛名はいつの間にか近づいていた俺から少し離れるとイタズラな笑みで見つめ。
「うふふ、嘘です。さっき、怯えさせられたお返しですよ」
なるほど、それが彼女なりの答えというワケか。
こいつは、まるで母親のように晴田を誰よりも愛している。溺愛していると言ってもいい。あいつが傷付くことが何より許せないし、晴田を守りたいと思っているから鬼子母神のように俺やミチルへ烈火を向けたのだ。
友愛も恋愛も慈愛も分からない女なのだと、ミチルは自虐するだろう。しかし、俺が見たところ彼女たちには確かに知っている愛がある。俺が一途を信仰するように、自分の中で何より強く思い描いたからこそ渇望し続ける愛がある。
便宜上名付けるのなら、ミチルの愛はフィリア(深い友情)、榛名の愛はストルゲー(家族愛)。彼女たちがトラウマを植え付けられた、それぞれに関係するエピソードと因果的な関係があるハズだ。
ならば、家族愛を求めた彼女のコンプレックスとは、恐らく彼女の家庭には存在していない、心を落ち着けられる場所を欲しがった理由が起因している。
故に、榛名を探るのならば家族関係だ。さて、どうやって知るべきだろうな。
そう考えて、SNSから榛名に関する情報を出来る限り探っていたとき、ピコンとカケルからラインが届いた。
『シンジ、お姉ちゃんと一緒に撮った写真ちょうだい。ルリちゃんが二人のこと見たいってさ』
こうして、時間は今に戻るというワケさ。
「私が深い友情? どうして?」
「スーパーアイドルだなんて祭り上げられて、周囲が勝手にお前を崇めたせいで友達が出来なかったから、似たような傷を持ってるハーレムの連中を手離したくないって必死だったんだろ」
「そ、そういう大切なことは、もっとドラマチックに明かして欲しかったよぉ」
お前もお前で、そろそろ俺のブッタ斬りな性格に慣れて欲しいところだ。
「……凄いって褒めたら、買い被りっていうんだよね?」
「もちろん、それでしかないからな」
「なら、何も言わないよ」
話している内に正気を取り戻したミチルは、口を噤んでションベンでも我慢してるんじゃないかってくらいにモジモジし、やがて無理やり俺の手にあった飲み掛けのお茶を引ったくると、すべてを洗い流すよう液体を飲み干した。
最高級の玉露だぞ。町家じゃ売ってないんだぞ。
「なんてことしやがる」
幾ら貧乏人の俺には不相応な味とはいえ、旅行中くらいはいいじゃないか。みんな忘れてると思うけど、俺たちは一生のうちに何度来れるのか分からない京都にいるんだぞ。
「こ、こんなこというのもなんだけどさ……」
「なんだよ」
「間接キスとか、気にする人?」
「ファーストキスをサオリに無理矢理奪われたの、お前だって見てたろ。気にならねぇよ――あいたっ!」
ミチルは、俺を引っ叩くとソッポ向いてプンプンと怒りだした。何だってんだ、ついこの間までのミチルだったら「ふぅん」とか言って気にしなかっただろうに。
レースクイーンがその程度で、おまけに自分からやっておいて照れるなんておかしいだろうが。
「知らない!」
と言いつつ、どこにも行かないということは俺に何らかの謝罪を要求しているのだろうか。俺はお前の異性に対するドライな感じ、結構尊敬してたんだけどな。
こんな態度を見せるのも、トラウマを克服した副産物的なサムシングなのだろうか。かと言って、悪くもねぇのに謝りたくはないし。
……。
「なぁ、ミチル」
「なによっ!?」
「お前の飲み物、くれよ。それでアイコだろ」
最初、ミチルはプルプルしていた。白い顔を徐々に顔を真っ赤に染めたと思ったら、下唇を噛み肩に掛けているポーチの紐をギュッと握って、視線を左右に動かすと手を俺に向け、指を折ったり伸ばしたり。
最後には、鞄の中からペットボトルを差し出して「ひぃ」だか「ふぃ」だかよくわからない返事を呟いてから必要以上の力で俺の胸にペットボトルを押し付けた。
「の、飲みかけですけど……」
「知ってる、たから欲しいんだ」
キャップを開けて水の匂いを嗅いだとき、そりゃ少し恥ずかしいと思ったさ。けれど、ここで「冗談」なんて言ったら今度こそブン殴られるかもしれなかったから、俺は黙って一口飲むと再びキャップを締めて、まだそこにあった月野の手の中にボトルを戻した。
ふと横に目を向けると、保健委員の長峰が僅かに頬を染めて俺たちを見ていた。なんだよ、見せ物じゃねぇぞ。
「お前の話を聞く限り、青山が欲してるのはフィラウティア(自己愛)だな。あの七面倒な性格は、ヒロインズの中で特に自分が嫌いだからっていうコンプレックスの賜物だろう」
「な、なら、ミキちゃんの辛い過去は自分を嫌いになった何かってこと? 漠然とし過ぎてるような気がする」
「いいや、もっと複雑だ。自分を嫌いになるってのは、いわば人格の形成だからな。恐らく、一つの要因でなく何をやっても上手く行かない積み重ねの結果だと予想してる」
きっと、青山は他の人間よりもチャレンジ精神に満ちていた人間なのだと俺は思う。だから、一つの大きな悲劇に見舞われたミチルたちに要らぬ劣等感を覚えて、ルールがあるにも関わらず過去を気にしていた。
道が違えば、今の雲井シズクのようになっていた人格。それが、俺から見た青山ミキという女だ。
「……私たちは、何をしてあげられるのかな」
「そこに関してはシンプルで、『お前は間違ってなかった』と肯定すればいい。もちろん、生半可な慰めじゃ逆に『気にさせた』って負い目を感じるだろうから、如何に自信を持たせるのかがネックだけどな」
そこまで話したところで、晴田が八の字眉の表情で俺たちの元へやってきた。たった今、ラインで俺が呼び出したのだ。三日しかない修学旅行を効率的に使うなら、ここで遊佐の言動も聞いておくのがベターだからな。
「上手く話せるか分からないけど、それでもいいか?」
「構わない、始めてくれ」
俺たちは、ミチルを真ん中に挟んで三人でベンチに座った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます