第4話

 004



 ミチルと出会う三日前。大将の火葬が終わり、俺は隣県の生まれ故郷へ向かうため電車に乗っていた。



 便箋4枚にも及ぶ大将の遺書には、今日までの苦しみが記されていた。彼は確かに俺のことを好きでいてくれた。感謝もしてくれていた。それでも、ヨウコさんと離れ生きる苦しみに足りていなかった。



「『ごめん。ごめんよ、シンジ』……か」



 何度も繰り返させる謝罪の言葉が、俺の心を酷く抉る。いっその事、死ぬほど罵倒して「地獄で待っている」と言ってくれればよかったのに。幾つもの楽しかった思い出を全て覚えていてくれて。無口で聞いてないように見せて、ちゃんと考えていてくれて。



 それでも、生きるのが辛かった。俺の時間を奪ってしまった。だから、すまなかったって。悪かったって。それだけを、大将は俺に伝えていた。



「……っ」



 遺書をクシャリと握りしめる。俺だって深く感謝していることも、ましてや謝ってなんて絶対に欲しくないことも、全て力を貸す側の事情だって分かってしまったから。



 何度も経験しているハズだ。だから、俺は俺の人助けが自己満足なのだと主張し続けたのに。



「どうして、例外がいるって思い込んでしまうんだろう」



 呟いたのは、無意識だった。



 このまま一緒にいれば、きっと俺はミチルのことも例外にするのだろう。あいつだけは俺の自己満足でなく、互いに救い合える関係でいられると信じるのだろう。どれだけ苦しい過去を歩んでも、人はふとした瞬間に綻びが生まれ、何度だって同じ過ちを繰り返すのだろう。



 ……それが嫌だから、心底から人を疑う。嫌いなやり方なのに、思考と閃きに頼り切ってしまう弱い自分が憂鬱だ。



「この先だな」



 現在、俺は大将の遺書に綴られていた住所の場所へ向かっている。どうやら彼が金を借りていた人間の住所らしいが。相手は婆ちゃんの時と同じように闇金だろうか。それとも、親戚や友達だろうか。



 冷静でいられるか心配だ。完全に逆恨みなのは分かっているが、大将を殺した間接的な理由をどうしても恨んでしまう。

 ただ、これも渡世の義理というヤツだ。散々働かせてもらったし、借金は俺が引き継ぐつもりでいる。向こうだって商売でやってるのも理解しているさ。



 というか、天涯孤独の大将だから、会いに行けば相手は俺の意志なんて関係なく俺に吹っ掛けるに違いない。俺の人生は、もしかすると人様の借金の返済のためにあるのかもしれないな。



 なんてくだらない自虐を済ませ、躊躇いなくインターホンを押した。



「あぁ、トオルさんなら病院に入ったよ」



 辿り着いたのは、とあるマンションの一室。そこにいた金髪の女性は、タバコを咥えながら面倒臭そうな口調で言った。歳は幾つだろう。若そうに見えるし相当な美人だが、化粧が濃くてサッパリ分からない。



 しかし、彼女からはなんとなく都会の香りがする。町家から出たことのない人間は、美形でも垢抜けていないモノだからだ。



「その人、病気なんですか?」

「なに? あんた、何も知らないのにトオルさんを探しに来たの? まさか、そんなナリしてマッポじゃないわよね。それとも記者?」

「いいえ、ただのフリーターです。そちらのトオルさんとは、僕の働いている店の店長が知り合いみたいでして。なので、訃報を伝えに来ました」

「ふぅん、あっそ。なら、丘の上の舞山病院に行きなよ。そこの609号室にいるから」

「分かりました。ご丁寧に、ありがとうございます」



 深く頭を下げると、彼女は不思議そうな瞳で俺を見つめる。



「あんた、どっかで会ったことあった?」

「いいえ、人違いだと思います」

「……そう」 



 どうも引っ掛かる言い方だ。そして、更に奇妙なのは俺も彼女と初対面じゃないような気がしていること。傲慢に見えて怯えが見え隠れする彼女の瞳を、俺はどこかで見たような気がする。



「失礼しました」



 マンションから舞山病院へ向かう間、俺はずっと彼女の瞳のことを考えていた。あぁいったヤサグレ気味の人間の知り合いは、俺にもそこそこいるけれど。



 違う。



 善さとか悪さとか、そういう話ではない。もっと素直で、真っ直ぐだったハズのあの瞳を知っている。種類ではなく、似たモノじゃなく、まったく同じモノを知っている。



 ミチルじゃない、サオリでもない。ならば、一体何が引っ掛かってるんだろう。



 この違和感の正体を、俺は知りたかった。

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