第4話
004
「き、奇遇だね。コウくん」
「あれ、ミチル。こんなところでどうしたんだ?」
その週の休日、晴田が繁華街をブラついているところに偶然を装わせて月野をブツケた。奴のSNSから休日の行動パターンを割り出し、先回りして配置しておいたのだ。
幾つかの択があったが、最初から遭遇できたのは月野ではなく『頑張る女子に出会える運』を持った晴田の力だろう。俺は奴の才能に嫉妬しながら正面のカフェでミルクコーヒーを啜った。
声が聞こえているのは、月野のスマホの通話がオンになっているからだ。イヤホンで会話を聞いて的確な指示を送れるようにしている。月野は長い髪で耳を隠しているからバレる心配もない。
(『それでね、よかったら一緒にお茶でもどうかなって』)
「それでね、よかったら一緒にお茶でもどうかなって」
(『コウくんと二人きりになれること、こんな偶然じゃないと難しいから』)
「こ、コウくんと二人きりになれること、こんな偶然じゃないと難しいから」
「二人きりで? なんで?」
(『ダメ、かな?』って言いながらクソあざとく上目遣いしろ。理由なんて説明しても勘違いされるだけで無意味だ)
「……ダメ、かな?」
すると晴田は能天気に頭を掻いて「いいよ」と言った。
何をするにも気怠げにならなきゃ死ぬ病気にでも掛かってんのか。マドンナに誘われてるんだからちったぁ喜べよ。
(なに飲めばいいかな)
(知らねぇよ、好きなモン飲めばいいだろ)
こいつ、よくこんなんで今日まで恋愛出来たな。晴田にも大概主体性がないが、月野のラジコンっぷりもかなりのモノだ。
もしかして他の3人もこんな感じなのだろうか。だったら、戦うまでもなく月野の勝ちは確定しているのだが。
「……なぁ、ミチル」
「なに? コウくん」
「あの高槻シンジとかいう奴、何者なんだ? ミチルって、同じ小学校だったんだろ?」
「えっ!?」
俺のいる店に入ってテーブルにつくなり、晴田は無関心を気取った声で言った。よっぽど頭にきているようだ、奴なりに調べたんだな。
(『知らないよ、ただの悪口が得意なチンピラでしょ』)
(えぇ!?)
(言え、奴が欲しいのは答えじゃなくて同情だ)
すると、月野は少しだけ躊躇ってから俯きがちに口を開く。
「し、知らないよ。悪い噂は聞いたことあるけど」
(バカ、それじゃツッコまれる)
「噂って、どんな?」
(あぁ、クソ。『何もしてない女の子を泣かしたり、喧嘩でも言っちゃいけない事を平気で言ったりするクズな噂』。言う通りにしろよ)
(……嘘つき)
なに?
「女の子のことを泣かす酷い人って噂、詳しいことはわからないけど」
「そうか、やっぱりそういう奴なのか」
(『コウくんは何も悪くないよ、あいつが変なだけ』、なんでちゃんと言わねぇんだよ)
「……コウくんは、悪くないよ」
晴田は満足気な表情でブラックのアイスコーヒーを飲んだ。
やはり女の腐ったような性格をしているからか、腐った女の嫌なところがそのまま当てはまる男だ。
女と違うのは、真正面から殴り合えばちゃんと俺がブチのめされるって事だ。もちろんこれが一番の問題なんだけどな。
(おい、成功させる気あるのか?)
(うるさいな! 黙ってて!)
なんで怒ってんだ、こいつ。
「今、なんか言った?」
「う、ううん! 違うよ! 最近ちょっと涼しくなってきたなって!」
「あぁ、そうだね」
言って、ウィンドウの外へ目線を向ける晴田。自分の興味の無いことは、例え自分に惚れてる女の話でも聞く気はないらしい。
なんというか、普通は女が楽しそうに話してたらこっちも嬉しくなるモンなんじゃねぇのかよ。特に、月野みたいな美少女ならさぁ。
何か別の案を考えるか。自己中な男なら、言葉とは裏腹に
……よし。
(『コウくんって、好きな人いるの?』)
(い、いきなり!?)
(仕方ねぇだろ、今度こそ言う通りにしろよ)
月野はアイスココアを一口飲むと咳払いして晴田の方に向き直した。
「ねぇ、コウくんって好きな人いるの?」
「どうしたの? いきなりそんな事聞いて」
(『二人きりだから、普段は教えてくれなさそうなことを聞きたいなって』)
「二人きりだからさ、普段は教えてくれなさそうなことを教えて欲しいの」
すると晴田が月野の顔を見た。テーブルについて、初めての仕草だった。
「知りたいの?」
面倒くせぇ男だな。
(『うん、私がコウくんのこと好きなのバレちゃってるし』)
(え、いつ?)
(マヌケ、わざわざ弁当作ってくる奴が惚れてねぇワケないって話したろ。実際は分かってなくても、押し付けりゃいいんだよ)
「……うん、わざわざお弁当作っちゃう女の子が恋してないワケないってバレちゃってるし」
「そ、そっか」
この期に及んで察しがついてないマヌケどもにはビックリだが、ならばここからは電撃戦だ。とっとと月野の好意を伝えてしまってフォーカスを奪ってしまった方が楽に動ける。
好きだと分かってるから許せることもある、他のメンツにはない強力なアドバンテージだ。
「どうなの? 好きな人、いるの?」
(ま、待て。追いかけると引っ込むぞ)
(えぇ?)
女だってガツガツ来られると引く奴多いだろ。晴田の根本にはそういう気持ち悪いビビり癖がついてるの、あのディベートをリアクションだけで言い返せず殴ったので分かりきった事だろ。
上に立ちたいのに攻められ過ぎると困る、プライドが高くて経験値のない人間の陥る初歩的な拗らせ方じゃねぇか。
(何でそんなことまで分かるの!?)
(慣れ)
長いヒソヒソ話を終わらせられるくらい、晴田は黙っていた。やはり、こいつは大事な決断には答えを出せない事なかれ主義な性格をしている。
あんまり言いたくねぇけど、女々しくてウザ過ぎる。
月野に答えを出してしまえば、他のヒロインズを失う可能性があると無意識に理解しているのが透けて見えるからだ。
気持ち悪い。本当に、どうして月野はこいつに惚れてるんだか。
(『どうして、答えてくれないの?』)
「どうして答えてくれないの?」
「そ、それはだな……」
(『好きな子がいたって、なにも恥ずかしくないよ。恋って素敵なことだし、私はかわいいなって思う』)
「す、すす、好きな子がいたって、なにも恥ずかしくないよ!」
声を裏返らせた月野。むしろ、初々しい感じがして好感触だ。
「そ、そうか?」
(『そうだよ。もしかして、前に何か嫌なことでもあったの?』)
(……うん)
(お前じゃねぇよ)
「はぇっ! あぁ! そ、そうだよ! もしかして、前に何かヤなことあったのかな!?」
そんな口調で尋ねたら質問じゃなくて脅迫だ。上からのアプローチは、晴田のプライドを傷付ける恐れがあるのに。
「まぁね」
聞いてほしそうだということは、月野にそれなりの好意があるということだ。よかったじゃないか、脈アリだ。
「何があったの?」
「浮気されたんだよ、幼馴染みが知らない男と手を繋いでてさ。それで、少し女性不信になったんだ」
……へぇ。
「俺たち、付き合ってるハズだったのに。ある日、音信不通になったと思ったらあいつとラブホに入っていくのを見ちゃってさ」
「う、うん」
「信じてたのに、裏切られたんだ。それから、俺は女のことを信じられなくなった」
「そうだったんだ、大変だったね」
「寝取られるなんて信じられない。俺は、そういう事をする男と女が……」
――ブツッ。
自分と他人を比べるとロクな事にならないと分かっているから、俺は溜息をついて通話を切って頭を抱えた。
まぁ、よく分からんけど晴田も大変だったのだろう。話を聞くに恋人めいた単語は出てこなかったから、奴が勝手に付き合ってると思ってただけだという可能性もあるが。
月野や青山との関わり方を見るに、限りなく怪しいし幼馴染みのどこが悪かったのか具体的な証拠は何も説明されてないが。自分の側にいてくれるための努力も語ってないが。
テメーは一人に絞らねぇで、4人の女子にウツツを抜かしてやがるが!
……いくら何でも、そこまでイカれてないと願うしか無い。
そもそも、寝取りってのは股のゆるい女が他の男と寝るだけの浅い事象ではなく、積み上げた関係をボタンの掛け違いと瞬間的な偶然の折り重なりによる不幸で失う事故なワケで。
だったら、きっと俺が電話を切ったあとに月野に思う存分悩みを打ち明けているハズだ。惚れている彼女なら親身になって聞いてやれるだろう、そうなれば悩みを共有して分かりあえるのだろう。
ならば他人の俺が知るべきではない。月野だって、きっと俺の思惑を理解して母親のように優しくしてやれるハズだ。
そう思って、俺は月野に『帰る、顛末は文面で教えてくれりゃいい』と送りカフェを出た。
晴田の話がすべて本当なら、同情しないワケでもない。早いところ月野とくっつけるよう、集めた情報から二人のパラメータを解析してカップルになる道筋でも考えてやろう。
「やれやれ」
ついでにその寝取られた幼馴染みとやらも探しておくか。きっと、攻略のヒントになってくれるに違いない。
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