第3話

 003



「ちょっといいかな?」

「よくないから話しかけないでくれ」

「そんな事言わないでよ。私、シンジくんとお話したいの」



 翌日の休み時間。



 あいも変わらず砂の器を読んでいると、突然クラスのマドンナ的正統派美少女であり晴田のハーレム要員である月野ミチルが声をかけてきた。



 長い黒髪、通った鼻筋、白い美肌、大きな猫目。どこをとっても美人の条件が整っている、見ているとなんだかムカついてくるくらいの整ったツラだ。笑顔も上品で、体は細く如何にも守ってもらえそうな女らしい女。



 なぜここまでの上玉がハーレム要員になんてなっているんだか。こいつなら、むしろ男に囲まれてるくらいがちょうどいいだろうに。



「お前と話してるところ、晴田に見られるとマズいんじゃねぇかな」

「なんで?」

「あいつはプライドが高いし、思い込みも激しいだろ。俺がお前を手籠にしてるとか、よからぬ噂を吹聴してるとか。そーゆー勘違いを起こされたら困る」

「あはは、そんなこと」

「あるだろ、あれだけ熱烈にアプローチしてるお前たちの想いに気が付かないくらい我が強いんだから」



 すると月野は黙った。黙って、ただ集中せずページを眺める俺を向かい合う深淵のようにボーっと眺めていた。



 文庫本に目を向けていても案外視線には気がつくモノだ。視界の端に一度映れば、あとはこっちも気になってしまうからな。



「コウくんはそんな人じゃないよ」

「お前の中ではそうなんだろ」

「凄く優しいんだよ。シンジくんが思ってるような人じゃない」

「そんな話をしたいなら仲間内でやってろよ。迷惑だ」



 すると、月野はスカートの端を掴んで俯く。そんな姿が鬱陶しかったから他へ行こうと立ち上がると、彼女はきっと急いで口を開いた。



「思い出したんだ。シンジくんって、第六小学校に通ってたよね」

「あぁ、そうだけど」

「私、隣のクラスだったの。サオリちゃんは私の友達なんだよ。今でも、時々連絡取り合ってる」



 俺は思わずページをめくる指に力を込めてしまった。クシャッと音がなって紙がひしゃげたが、決して意識したワケではない。



 あの事件は、自分で思っているよりもずっと心の奥深くに残っているトラウマみたいだ。



「何でそれで俺を思い出すんだよ」

「サオリちゃん、ずっと謝りたい人がいるって言ってるから。名前は教えてくれないけど、昨日のシンジくんの弁舌であの裁判のことを思い出したの」

「隣のクラスだったお前が知ってる理由は?」

「隣のクラスどころか、私たちの地元で同い年の子なら知らない人はいないよ。『ロリコン教師逮捕! 変態の不正を暴いた男子小学生の天才的弁明!』ってね」



 聞いたことをすぐに後悔した。



 そいつは確か、事件の翌日に出た地元紙の記事の見出しのタイトルだ。思い出すたびに吐き気がするからワザと忘れていたのに、自分から掘り起こすなんて俺もバカ丸だしだな。



「それ、忘れてくれ」



 教室から出ていくと、月野は俺の後をついてきた。本命がいるのにこうやって男に勘違いさせるような行動を取るのが、こいつの悪いところだと客観的に見ていて思う。



 だからこそ、男子の注目を集めてマドンナになってるんだろうけど。



「頼みがあるの」

「他をあたってくれ」

「コウくんと付き合いたいの、手伝ってくれないかな」

「自分の力で成し遂げられないならやめとけ、何となくで付き合ったら手に余るぞ」

「なにそれ、まるで知ってるみたいな言い方」

「俺の話じゃない、見てきたことと聞いたことだ」



 当事者になった経験はないモノの、頼られて協力したことなら今までに何度かあった。思い出すのは、報われた先で揉めるたび仲裁に駆り出される不憫な自分の後ろ姿。



 連中、俺が力を貸したんだからせめて幸せになれってのに。持たざる者に希望を持たせる、そんな付き合い方を目の当たりにさせてくれれば俺の意識も少しは変わっただろう。



 虚しいなぁ。



「手伝ってくれたら、サオリちゃんに会わせてあげる」

「なんの取引にもなってねぇよ」



 つーか絶対に会いたくない。



「嘘ばっかり。シンジくん、サオリちゃんのこと好きだったんでしょ? もう一回ちゃんと話し合いたいハズだよ」

「そういう価値観や意見の決めつけ、マジでキモいからやめてくれ」



 言ってからすぐ、ハッとして渡り廊下で立ち止まった。『決めつけをやめろ』って決めつけは俺の論理の綻びだ。何とかノータッチでいてくれないだろうか。



「……また、キモいって言った」



 いてくれるらしい。優しいのか、脇が甘いのか。



「自覚しておいた方がいいんじゃねぇかな」

「誰にも言われたことなかったのに」

「そういう被害者ヅラがキモいっつってんだよ、ボケ。もう二度と俺に関わるな」

「だって、どうしていいのか分からないんだもん!」



 逆ギレする月野を見て、こんな理不尽に巻き込まれる俺が可哀想だなんて。少しだけ思ったけど、それよりも被害者ヅラを貶しながら首を突っ込んだ自分を棚に上げるのは卑怯だろう。



 しかしながら、こうやって自分の言葉に自分で反論して勝手に負けを認める変な癖。何とかならないモノだろうか。



「俺、お前の好きな男に恥かかせた奴だぞ。逆恨みで逆襲するならまだしも、協力を求めるって正気とは思えない」

「コウくんが問い詰められてるのなんて初めて見たもん、鈍感な彼に分かってもらうにはあなたの方法しかない」

「質問の答えになってない」

「……敵のシンジくんが協力者なら、誰も私がズルしてるって気付かない。それに、恋愛と戦争は何事も正当化される」



 ……ほぉ。



「お前、腹黒いな。サンマのワタどころじゃないドス黒さだ」

「うぐ……っ」

「でも、バカじゃないし勤勉だ。恥を捨てる貪欲さもある」



 とても尊敬出来る俺好みのやり方だ。



「だって、もう今に停滞してるのは嫌なの。お願い、シンジくん」



 ただの清楚系美少女かと思ってたけど、内側には俺と似たような醜い執念を秘めている。こんなに女に興味を持ったのは、サオリちゃんに出会った時以来だ。



「わかった、協力する。ハーレム要員を出し抜いて、お前が晴田の唯一の恋人になれ」

「……頑張るよ」



 少し気になる反応だが、月野は誤魔化すように次の言葉を言って俺の思考を遮った。



「それで、見返りはどうすればいいの?」

「見くびるな、人助けにそれを求めるほど腐ってない」

「そっか、ありがとう」



 まるで、本当は俺が最初からそういうと分かっていたかのように素直な返事だ。同じ小学校に通っていたというから、その時の記憶を辿ったのだろう。そういう強かなところも、ますます魅力的だな。



 ……叶えてやる。



 俺は最悪な結果の恋を知っているのだから、その反対をこなせば最高の結果を得られる恋になるハズだ。あんな男、すぐに手に入れさせてやるよ。

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