第2話

 002



 小学生の頃、俺は学級裁判にかけられた。



 体育の時間に俺の好きだったサオリちゃんのリコーダーが盗まれて、その時に教室に入れたのが見学していた俺だけだったからだ。



 ――気持ち悪い。



 ――気持ち悪い。



 ――気持ち悪い。



 今でも、あの得も言われぬ不快な声は脳裏にこびりついてる。



 クラスのど真ん中に突っ立たされて、あること無いこと言われまくった。ダチだと思ってた奴に初恋を打ち明けたせいで、俺がサオリちゃんを好きなのも全員にバラされていた。



 そのせいで俺の容疑はますます強まった。前に無くなったあいつのバトエンも、知らないうちに壊れてたあいつの工作も、未解決の事件の犯行がすべて俺のせいにされたんだ。



 担任は何も言わねぇで黙ってただけ。俺は悲しそうに泣くサオリちゃんを見て、周囲からの誹謗中傷に耐えられなくて、思わずこう言ってしまった。



「僕がやりました」



 ……惨めだった。



 みんなで一緒にゴールだとか、友達100人作るだとか。そんなアホみてぇな教育理念の渦巻く教室ですら俺は一人だけ溢れ出した。



 29人が幸せになれるなら、1人くらいは見捨てていい。昨日まで虐められてた陰キャどもも、心配が晴れて俺にゴミを投げつけてきやがったんだ。



 俺がサオリちゃんを好きだったから。俺が体育を見学してたから。たったそれだけの理由で、俺は学校という社会から除け者にされたんだ。



 俺はやってねぇッ!



 だから翌日までに証拠を集めてもう一度学級裁判を開いてやった。あの日、リコーダーを盗める人間はもう一人いた。そして、見つかってないならまだ犯人の手元に必ずあるハズだって考えたからだ。



 昔、悪気もなく駄菓子屋で万引きした事があった。その後に芽生えた罪悪感は忘れられない。いつまでも心の尻尾を掴んで離さない。

 普通の人間は罪のない人への罪悪感から逃れられない。だから宗教なんてモンがあるんだって、俺はその時から知っていた。



 裁判の最中、俺はクラスのど真ん中で情けなくて泣きながら俯く一方で俺から目を反らした奴の動向を見逃してなかった。

 そいつは俺が犯人じゃないと知っていたから見ていられなかったんだって、確信できたから必ず濡れ衣を晴らしてやろうって決心できたんだ。



 犯人は担任である小池のクソヤローだったッ!



 深夜、職員室に忍び込んであいつの机に入ってたサオリちゃんのリコーダーを盗み出した。その他にもロッカーを漁って盗んでた女子生徒の体操着まで揃えた。



 ガキのポルノに欲情する変態のクソ野郎だッ! 俺はその趣味を世間へ教えつけてやったのさ! ガキに罪を擦り付ける終わったカスだって知らしめてやったのさッ!



「テメーが犯人だ! チクショウッ!!」



 帰りのホームルーム中、投げつけて全部を白昼のもとに曝け出したとき、腰を抜かした小池に軽蔑の目を向けたあとで、サオリちゃんは俺にこう言ったんだ。



「やっぱり、あたしはシンちゃんじゃないと思ってたよ」



 ……ふざけるな。



「え?」

「ふざけるなよ! 昨日は散々、好き勝手言って俺のこと悪者にしたじゃねぇかよ! 全員で寄ってたかって死ぬほどバカにして、正義の味方にでもなったつもりでいたじゃねぇかよ!」

「し、シンちゃん?」

「お前を好きにさえならなきゃ、お前があんなに辛そうな面さえ見せなきゃ。俺は、ちゃんと違うって言えたのに……っ」



 堪えられなかったんだ。感情は興奮と悲しみでメチャクチャになって、きっと今から倫理の一線を超えるんだって小学生ながらに分かっていたのに。



「全部、お前のせいだッ! お前なんて好きにならなきゃよかったッ! お前もお前らも、全員この変態ヤローと同類だ!」

「そんな……っ」

「罪に群がるイナゴ共めぇッ!! クタバッちまえッッ!!」



 俺は止まることが出来なかった。後に残ったのは、初恋の子への罪悪感と、腐りながら過ごすしか無いゴミみたいな学校生活。逆転の余韻や優越感なんて一切ない、心がネジ曲がるには十分過ぎる少年時代だった。



 ……けれど、お陰で分かったんだ。



 恋ってのは死ぬほどしょうもなくて、クソッタレのドス黒い裏切りの種なんだって事。



 そして、証拠だけが俺を救ってくれる唯一のモノだって事をな。

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