ハーレムより受ける生理的嫌悪感の正体

第1話

 001



 クラスメートである晴田はれたコウはよくモテる。



 今日もいつもの女の子たちに囲まれている。しかし、本人は彼女たちからの好意に気がついてる様子もなく、ヘラヘラしながら状況に身を任せていた。



 パッと見てフェミニンな晴田だが、噂では実はメチャクチャ喧嘩が強いとか、実はメチャクチャ勉強が出来るだとか、実はメチャクチャ運がいいだとか。



 とにかく、凡人の俺からすれば一つでも羨ましい才を持ち合わせているらしい。まぁ顔も中性的でかなり整っているしモテるだろうという予想は容易につく。



 おまけに女からの好意だけに気が付かない都合のいい鈍感。きっと、彼のように人生を生きていけるなら心にも余裕が生まれるだろうし。そんな心持ちなら、やっぱり女に好かれる理由になるだろうし。



 ハッキリ言って羨ましいね。



 天は二物を与えずというが、実際には全然そうじゃないという社会の真実をまざまざと見せつけられているようで俺は彼を見るたびに何だか切なくなる。



 ちゃんと自分が一般的な感性を持つ高校生の俺としては、下手に関わって嫉妬するのも恥ずかしいと思うほどだ。



 だから、なるべく関わらないのが身のためだ。せめて寂しい俺の妄想のリアリティの為に、心ゆくまでイチャついてくれるといいさ。



 チクショウ。



「私、コウくんのためにお弁当を作ってきたんです」

「え、あたしも作ってたのよ。昨日、食べたいって言ってくれたから」

「えぇ、ボクだって頑張ったのに」

「……実は、私も」



 とある、梅雨の日のことだった。



 まーた修羅場になりそうだなぁと思いながら、俺は耳にイヤホンを嵌めて机に突っ伏した。昨日は夜まで本を読んでいたから授業中からずっと眠たかったのだ。



 推理小説は、当たりの面白さが長所でもあり短所でもある。真実を知りたい俺にとって、気になる謎ほど惰眠を妨げる障害もない。



 松本清張。お前の文才は俺の時間を著しく奪う俗物だ。反省したのなら、生まれ変わって『砂の器』を凌ぐ面白いモノを書けよな。



 ……。



「俺、そんなこと言ったっけ?」

「言ったわよ、おいしそうだなって」

「ボクだって、褒めてくれたから頑張ったんだよ」

「お料理したら、味見したいって言ってたよ」

「それで、誰のを食べるんですか?」



 果たして誰のを食べるんだろうか。ガラにもなく、俺は聞き耳を立ててしまっていた。



「いや、今朝コンビニでパン買ってきてるんだよ。だから、ちょっと……」

「待てコラ。パンなんていつでも食えるんだからそいつらの弁当食ってやれよ」



 俺は優柔不断どころか彼女たちの気持ちを無碍にしようとする晴田のイカれた発言に、思わず立ち上がってツッコミを入れてしまった。



「……急になに?」



 敵意と受け取ったのか、晴田は俺に訝しむような目を向けた。こいつのこういうところがクラスに同性の友達がいない理由なのだろうと強く思った。



 ……なんか、腹が立ってきたぞ。



「察しが悪いのはいいけどよ、いつでも食えるパンを優先するって自分で言ってておかしいと思わねぇか?」

「だから、急になんだって。なんで怒ってんだよ」

「怒ってねぇよ、その女どもに同情してるだけだ」



 するとハーレム要因の一人である青山が俺に一歩詰め寄った。愛しのカレを傷つけられたとでも思っているのだろう。



 しかし、存外俺は気の強い女は嫌いでない。受けて立つというのなら少し突っ込ませてもらおうか。



「なによ、勝手に同情しないでくれる? 関係ないんだから引っ込んでなさいよ」

「引っ込むのはお前らだ。迷惑だから、俺の目の届かねぇところでよろしくやってくれねぇか?」

「はぁ? なに? モテない男のひがみでしょ? それ」

「俺がモテない事と、お前らのやり取りがキモいことは関係ないだろ」

「気持ち悪い!?」



 瞬間湯沸器の如く、青山はマッハで怒り狂った。



「キメェよ。それぞれ勝手に弁当作ってきて押し付ける光景もキメェし、そんな事されて惚れられてる事に気が付かない晴田も相当キメェ」

「あんたねぇ!」

「教室内でやったら迷惑だと思いつかない頭の弱さも、女どもがヘラヘラして表面上仲良くしてんのも、全部キモいから。みんな2年に上がった春からずっと我慢してんの。本当に見てられないから。いや、マジで」 



 すると、彼女は俺の頰を引っ叩いた。クラスメイトの何人かがヒソヒソと話をしているのが聞こえてくる。



 こういう時、俺は女本人でなく女を管理できない男の方に頭が来る。昨今の出来事で例えるなら、闇バイトの実行役と指示役ってところか。



 まぁ突っかかった俺も俺だが、引っ叩かれた借りは返してやる。悪いけど遠慮しねぇで言いたいことを言わせてもらうぞ。



「そもそも、四人が揃いも揃って何で昨日までの時点で『弁当作ったらたべてくれる?』の一言がねぇんだよ。迷惑だろ、普通に考えて」

「な……っ!」

「コミュ障拗らせたバカどもが勝手に内輪でドロドロするのは構わねぇけど、食べてもらう為の会話もしないで妄想だけで舞い上がって。それで、当日に『私のを食べて』っておかしいだろ」

「あんたに何がわかるのよ!?」

「わからねぇよ。けど、その舞台がクラスのど真ん中って。幾ら何でも視界狭すぎやしねぇか? それとも、わざと見せつけてんのか?」

「はぁ!?」



 ワナワナと震える青山と、後ろでオロオロする女たち。



 きっと考えているのは俺の言葉の意味などではなく、『キモい奴が勝手にキレてる』とか『被害者な私可哀想』とか。大方そんなところだろう。



 女ってそういう生き物だ、俺はよく知っている。



「それ見せられて、俺はなにを思えばいいんだ? 『あぁ、微笑ましいなぁ。甘酸っぱいなぁ』ってか? アホ抜かせ、お前らの中の誰も応援なんてしたくならねぇよ。頑張ってねぇ上にバカなんだから」



 返す言葉を失ったヒロインズに一瞥くれて、次に俺は晴田の方を向いた。



「つーか、一番の問題はお前だよ。晴田」

「な、何がだよ」

「お前、世間との関係を切って生きてんのか? 他の人の生活とか、普通の男女がどんなふうに関わってるのか考えたこともねぇのか?」

「意味わかんねぇよ!」



 あぁ、俺ってば何をこんなに熱くなってるんだろう。腹が減って、どうしようもなく冷静じゃいられなくなってるのだろうか。



「わかんねぇか? なら、教えてやる。惚れてもねぇ女は、勝手に弁当なんて作ってこねぇよ。毎日毎日パブロフの犬みてぇにお前の席に集まらねぇよ。そして、仮にわからなかったとしても『何でそんな事するの?』くらいは気になるんだよ」

「それは、ちゃんと理由が……」

「言いにくいなら代わりに答えてやる。お前、そんな事も分からないくらい他人に興味ないんだろ?」



 すると晴田はヒロインズを見渡した。彼女たちの顔色は、照れているのか怒っているのか恥をかいているのかわからないが赤くなっている。



「そういうバカさ加減がキモいんだよ。自分が特別だと分からない、かと言って絡まれても迷惑がらない。ただ、そこで女に囲まれてヘラヘラしてるだけっていうお前の常識の無さが心からキモい。マジで、高校に来るまでどこで育ったんだよ」



 ひでぇ言い草だ、自分で言ってて笑えてくる。



「何なんだよ! お前! なんでお前にそこまで言う権利があるんだよ!」

「迷惑してるからだ。サイコパスだって、もう少し社会に溶け込む努力するぞ。そんな違和感まみれの男を女が寄ってたかってヨイショヨイショして、見たくもねぇのに見せられて。これが迷惑じゃないなら何なんだ? 俺みたいなパンピーにも分かるように説明してくれよ。なぁ」



 後半、完全に妬みになっているのが自分でもわかった。



 しかし、やはり俺以外にも同じような事を考えていた奴はいたらしい。如何にもモテなさそうなクラスの男女が俺を見て『うんうん』と頷いている。



 やめろ。俺を分かるんじゃないぞ陰キャども。同族嫌悪という言葉を知らないのか?



「まとめサイトのエロ漫画バナー広告だって、もう少し時と場合を考えるぜ。お前らが自重せずにイチャつく権利があるように、俺だってそれをキモいと思う権利がある。お前みたいに自分ファーストで他のこと考えないバカじゃなきゃ、普通気がついて『そこまで言う権利』だなんてセリフ出てこねぇよ」

「こ、この……」

「しかし、まぁ。あんまり他人の趣味に文句いう気はねぇけど、どうしてお前がそんなにモテるのかね。やっぱ、あいつらもどっかおかしいのか?」

「いい加減にしろ!」



 すると晴田は俺の胸ぐらを掴んで拳を握った。どうやら、喧嘩が強いというのは本当らしいな。



「ほぉ、プッツンくるかよ。でも、忘れんじゃねぇぞ。先にキモい事して俺を不快にさせてたのはお前だ。殴りたきゃ殴ればいいけどよ、恥とキモさを上塗りしてる惨めさくらいは把握しておけや」



 瞬間、晴田は俺の顔をぶん殴った。



 我ながら、高校生が言われて我慢できる悪口の臨界点を遥かに超えた言葉を吐き散らしたと思う。殴られた方がまだマシってくらいに酷いことを言ったと理解してる。



 俺は机を弾き飛ばして床に倒れ込んだ。しかし、晴田を見上げる俺の表情は邪悪とニヒルに塗れた歪な笑顔だったに違いない。



 何故なら俺を見下ろす奴の表情が、苦しくて苦しくて仕方ないって。どんな言葉にするより分かりやすく叫んでいたから。



「なにしてんだ! お前らぁ!」



 騒ぎを聞きつけたのか、クラスメイトの誰かが呼びに行ったのか。現れたのは生徒指導の新海だった。



「へへ、お前は女どもを貶されて身を守ってやった気になってるか? 或いは、自尊心を保ったか? 自分を正義だと信じて、悪者をやっつけた気になったか?」

「お前なぁ!」



 もう一発殴るなら、その前にもっと言わせてもらおうか。



「何度でも言うが、迷惑してたのは俺だ。揉めたくねぇから今日まで我慢してやってたんだ。それを壊したのはお前だ、晴田」

「違う! お前が!」

「お前の考え通りに感じた奴と、バカが正論に逆ギレしたと思う奴と。果たして、どっちが多いだろうな」



 その時、悔しそうな晴田の後ろでわざと聞こえるようなイヤらしい話し声が聞こえてきた。



「晴田の奴バカだな、シンジと口喧嘩するなんて。例の事件知らねぇのか?」

「マジでクラスのことに興味ねぇんだろ、俺も話しかけたけど気の抜けた生返事だけだったし」



 当然、彼らの声を聞いてもピンと来るワケがない。俺は口元を拭って立ち上がるとひっくり返った椅子を立て直した。

 新海が入ってきて、晴田やヒロインズと話をしている。そのうち俺の方にも話が回ってくるだろう。なんて言って誤魔化そうか。



 ……そうだ。



「眠かったので、ぶん殴ってくれと頼みました」



 そう、俺は新海に証言した。



 その時の晴田の表情は、逆恨みでこの世のすべてを憎むような感情の籠もった、初めてみた奴の人らしいモノだった。



 プライド、高いんだな。似非サイコパスより、かわいげがあっていいと思うぜ。

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