第11話 ①(月野ミチル)
011(月野ミチル)
夜。
広間での夕飯中、シンジくんは私に「あとで俺の部屋に来てくれ」と言った。本当に息が止まった。もちろん、先にお風呂に入っておいたのは別にそういう意味じゃない。ただ、入浴の順番が一番最初だったってだけ。
というか、彼がそんな意味を込めた言葉を私にくれるハズがない。流石にここでヌカ喜びするほど私はポンコツな女ではない。明日か、或いは今晩のうちにやるべきことがあると、彼は言おうとしているのだろう。
「み、ミチル。なに? その顔」
「え〜? でへへ〜」
ところで、私はシンジくんの部屋を教えてもらっていない。山川くんに聞いたけど知らないって言うし、ならば本人以外に知っている者はいないのだろう。
とっとと連絡して教えてもらってもいいのだけれど、どうせなら私が解き明かして遊びに行きたいと思った。バスの中での推理ゲームでは不覚を取ったけど、今回は自分の力でなんとかしてみせる。
……なんて思ってたけど、お風呂上がりに少し売店を見に行くと、シンジくんが真剣な顔をして土産物を眺めていた。どうでもいいけれど、なんで彼は浴衣を着ているのだろう。
「待っててくれたの?」
「お前、俺の部屋知らないだろ。入浴中だったら、スマホも部屋にあると思ってさ」
「なるほど」
ところで、制服だったり、ジャージだったり、浴衣だったり。彼はいつもコスチュームを身に着けていて、部屋も無味無臭だし、実は彼らしさというモノを私は知らない。ダサければダサいで幾らでもカッコよくしてあげられるのに、相変わらず人間らしくない男だ。
まぁ、あのアロハは笑えたけど。あれも貰ったモノみたいだしね。
「なに見てるの?」
「バイト先の大将に買うお土産を考えてた。こういう売店でも、もしかしたら掘り出し物があるかもしれない」
「大将さんは、どんなモノが好きなの?」
「競馬と料理」
「んふふ。それじゃあ、何が欲しいのか分からないね」
「本当に喋らない人だからな。俺も付き合いが長いけど、短い返事と単語しか聞いたことがない。ミステリアスな爺さんだよ」
でも、シンジくんがその人のことを大好きなのはよく分かった。いつもは何でもスパッと物事を決めるのに、こうしてウンウンと唸りながら悩んでいるのが良い証拠だ。
どうでもいいけど、そのお店の名前は夏祭りのときの焼き鳥の屋台と同じ『ヨウコ』なのだろうか。だとしたら、大将さんもきっと奥さんに一途な人なのだと思う。
「案外、こういうキーホルダーとかが嬉しいかもよ?」
言いながら、京都公式のゆるキャラである小さな『まゆまろ』を手に取った。
「男はいらねぇだろ、もっと実用的なのがいい」
「孫くらいの歳のシンジくんが形に残るモノを買ってきてくれるっていうのが、きっと嬉しいんだと思うけど……。なら、包丁とか?」
「大将には、こんな細くなるまで研いで使ってる名刀がある。そんなん買ってったら、ゲンコツくらっちまうよ」
言いながら、シンジくんは指先で1.5センチくらいの隙間を作った。一体、何年間使い込めば刃物がそんなに薄くなるのだろう。料理音痴の私には分かりかねる。
「それじゃ、俺の部屋に行こう。サオリがそろそろ来るハズだ」
「……はぁ、そういうこと」
エレベーターに乗っている間、私は浮かれ気分が情けなさ過ぎて思わずシンジくんの手を奪った。しかし、彼は呆れたようにため息をついて誂うように笑うと離すだけ。
「くだらないことしてんなよ」
バスの中でもそうでしたが、手を握ってすらこんな感じですか。一体、何をすれば彼は私に靡いてくれるんでしょうか。
「むぅ、どうしてそんなに素っ気ないの?」
「知りたければ、お前が傷つく言葉を思い浮かべたらいい」
「本当にかわいくないなぁ……」
「褒め言葉として受け取っておく」
でも、諦めちゃダメだ。
サオリも、コウくんも、ミキちゃんも、ココミちゃんも、カナエちゃんも。きっと、他の恋をしているみんなだって頑張ってる。何とかしないとって、この修学旅行に想いを賭けてる。
教室でコウくんがシンジくんに声をかけたから。彼が、本気で頑張りたいって勇気を出したから。みんながその気持ちに触発されて、幸せになろうとする努力をしている。そんな空気が、この修学旅行には渦巻いているのだから。
「褒めてないも〜ん」
私だって、頑張らなくっちゃ。自分が幸せなんだって思える形を、この手に入れて抱き締めたいのだ。
「よぉ」
「やぁやぁ」
「よっす」
5階のエレベーターホールからボーッと外を見ていたサオリと簡単な挨拶を交わし、特に会話もなくシンジくんの部屋へ。
これは彼の嫌うハーレムに片足を突っ込んだことなのではと思ったが、しかしこの二人がその程度を考えていないワケもないから私は何も言わなかった。
多分、シンジくんの中に線引があるのだろう。まぁ、何がどう転がってもこのメンバーで変なハプニングが起こるワケもないけど。
「それで、何を思いついたんだ?」
部屋へ入るなり帯を締め直して、距離を取るように小さな椅子へ座り尋ねるシンジくん。私とサオリはベッドに座って、特に異変のない小さなシングルルームを見渡した。
「前提として、あたしたちじゃ成功させられないことが分かった。多分、シンジなら上手くいくんだろうけど、今のままじゃ4人で束になったって敵いっこない」
「潔いのは嫌いじゃないけど、だったらどうするんだ?」
「トボケなくていいわよ。あんた、昼間に答えをくれていたじゃない。『クライアントのために舞台を整えてやれ』って」
どういうことだろうか。
疑問が喉元まで込み上げてきたが、ここで質問するワケにはいかなかった。私は、シンジくんに追いつきたい。彼の隣にいるためには、サオリにだって負けるワケにはいかない。
ならば、下手に出るのは絶対にダメだ。ここで私も二人と同じ答えを自力で導いて、同じ場所から意見を言えるようにならないと。
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