第12話(月野ミチル)

 012(月野ミチル)



 私、シンジくんが山川くんたちを説得してるの、実はずっと見てた。



 まだ、心の何処かで彼のことを恐れていて、ギリギリのところで信じられていなくて。もしもシンジくんが面白がってイジメる側に回ったらって思うと、震えてしまうくらい怖かったから確かめたかったんだ。



 だから、彼にコウくんの今を突き付けた。それ以外に方法が分からなかった。



 私とコウくんのこと、彼は何の躊躇もなく見捨てる人だって分かってる。だから心配を払拭するためか、或いは負ける覚悟を決めるために放課後になってからずっと後をつけてたの。



 でも、これってシンジくんのやり方。彼は動くために必ず証拠を求めるから。いつの間にか、私も証拠を集めるためなら『キモい』ことをしていいんだって思っちゃったのだ。



 恩返しに拘ったのもそのせい。私って、やっぱり腹黒いの。



 けれど、それって当たり前だよ。だって、彼にお礼をしなければ裏切られた時に楯突けないから。『手伝うって言ったのに!』って、『お礼を受け取ったのに!』って。開き直っても通用する為の証拠が欲しかったから。



 まぁ、結果はみなさんが知っての通り。そのすべては躱されて何一つシンジくんに返すことが出来ていない。私の腹黒さなんて、シンジくんからすれば梨の礫もいいところだ。



 見せたかったよ、女の性格の悪さ。そうすれば、にはならなかったかもしれないのに。



 ……シンジくんの暗躍は凄かった。



 彼は帰ってきた五限目にはすべてを知った顔をして、更にダメ押しと言わんばかりに授業中の周囲の目線の違いや投げられた消しゴムの角度から犯人の座席を割り出していた。放課後には他のクラスの生徒へ当たり障りのない質問を投げかけ、動機を集めて可能性を一つずつ潰していた。



 そして、あのコンドーム。



 どうやら、味がついてる特殊なモノらしい。それが売っている店と自動販売機をに探し出して、きっとその付近に山川くんのお家があることを突き止めてから教室へ戻って。



 そんな準備を進めてから、あの対決が始まった。



 すぐに分かった。きっと、あれらの証拠集めは犯行現場を特定するためでなくて、山川くんたちだと断定し、彼らを、彼らだけを説得する言葉を考えるための理由だったんだって。



 そういうふうに使う証拠もある。今でも、何だか不思議な気持ちだ。



 ……シンジくんが、あんなに優しい口調で喋ること知らなかった。



 本当に、心に寄り添うように。自分には弱い気持ちが痛いくらいに分かるからって。イジメる人って、陰険で凄く嫌な奴なんだって私は決めつけていたのに。



 その根幹に眠るモノを解き明かして、シンジくんは彼らの心を絆した。自分が手に入れた力をどう使うべきなのか、本当によく理解しているんだって思ってしまった。



 そして、コウくんがクラスに馴染めるようにまで状況を作り出して。シンジくんは、すべての出来事を操って思い通りに決着をつけて。まるで、魔法でも使ったみたいにやり遂げて見せた。



 もしかしたら、ハーレムにいる女の子たちはあの状況を迷惑だって思うかもしれないけど。実を言えば私は心から安心していた。



 これでもう、コウくんが誰かと対等な関係が結べたんだって。正しい喧嘩が出来るんだって。そう思った。



 どれだけ近くにいても、女の子じゃわかってあげられない事があるって本当は分かってたから。



 ……一体。



 どれだけの努力と修羅場を積み上げたら、シンジくんのようになれたのだろう。



 たった一度の過ちで、安心していられる関係へ逃げてしまった私とどれだけの差があるのだろう。



 どこか似ている彼の生き様が、どうしてこうも私と違ってしまったのだろう。



 シンジくんと一緒だとちっとも安心できない。だって、必要以上に酷いことを言うんだもん。



 すぐにキモいっていうし、バカだっていうし。女の子の気持ちなんて少しも分かろうとしないのに、暴くと決めた人の心は男女関係なくあり得ないくらい言い当てるし。



 なんか、恋愛を神聖視し過ぎだし。どう考えたって現実と乖離した理想というか、ほとんど妄想じゃん? いやいや、そんなのって重すぎるから。シンジくんだってちゃんとキモいから。



 おかしいよ、あんなに一人を想えるなんて。



 百歩譲って現在進行系で付き合ってる子がいるなら分かるよ?その子が好きで、ずっと一緒にいたいって思うならいいよ?もっと具体的に決めた相手がいるなら納得できるんだよ?



 けれど、彼は違う。



 きっと私の知らないところで何度も何度も裏切られて、その度に心に傷を負って。もう立ち上がりたくないって思うくらい、酷い目にあって打ちのめされたりしたハズなのに。そうじゃないと、あんなに強くなれないハズなのに。その先に今があるって一番わかってるのは他でもないシンジくんなのに。



 それでも、恋は美しいって信じてる。次に好きになった人が、すべての身を捧げるべきだって信じてる。



 証拠を何よりも重視するシンジくんが、なんの根拠もなく。ただ、それだけを信じているのだ。



「……会いたい」



 会って、話がしたい。彼になら私も酷い事を言えるから。本音を隠して聞いてあげなくても、シンジくんなら何倍も酷いこと返してくるって分かるから。



 ちっとも優しくないのに、それがすごく優しくて。私が自分を演じるのを忘れかけてしまうくらい、私でいられるかもしれない男の子だから。



 ……こうやって、男を比べてしまうイヤなところを『キモい』と言って否定するのかな。それとも、山川くんたちに言ってあげたように、私の知らない知識と思いもよらない方法で肯定してくれたりして。



 本当に、どうしようもないくらい性格の悪い本当の私と、仲良くしてくれるかもしれない。



 今、幾つも幾つも不思議なことが浮かんできている。三人を説得する彼の優しい瞳を思い出して、抑えられないくらいドキドキしてる。



 そんな不思議を考えているうちに、どうしようもなくなって。恥ずかしくて死にたいくらいなのに、死んだら会えないって思う自分を心から嫌いになってしまって。



 ……何もかもを置き去りにするくらい、ごめんなさいって言葉しか思い浮かばないでいるのでした。

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