第3話
003
三島先輩の言う通り、生徒会室には特に変わったところが無かった。
普通の教室の半分ほどのサイズにキャスター付きのホワイトボードを設置し、長机を入口から見て『コ』の形で並べている。右側が、幹部の座る席なのだろう。
机の上には、装飾を作るのに使っていたであろう
「シンジくん、これは色紙じゃなくて『おはながみ』って言うんだよ」
「へぇ、知らんかった」
「んふふ。これをこうして、おりおりしてね。……はい、ペーパーフラワーの出来上がり〜」
「なるほど、そうやって作るモノだったのか」
数枚のおはながみをジャバラに重ねて広げた月野の手のひらには、確かに入学式やパチンコ屋の看板でよく見るあの花の形があった。意外と器用に作るモンだ。
「見て見て、シンジくん。ここの角っちょ、不自然な隙間が空いてるよ。怪しいですな!」
なんでこいつ、こんなにテンション高いんだよ。もしかして、ワトスン気分でも味わっているのだろうか。
「多分、そこに優勝旗が立て掛けてあったんだろう。いつもはこのホワイトボードをそこに差し込んでるんだと思うぞ」
「なるほどぉ。でも、この部屋から短時間であんなに大っきい旗を誰にも見つからず持ち出すなんて無理なんじゃないかなぁ」
「……そうだな」
ハッキリ言って、不可能だと思う。
そもそも、裏門を封鎖してある西城高校から出るには必ず正門を通らなければならない。しかし、今日の正門には体育祭ゲートの設置を最後まで頑張っていた生徒が必ずいたから、彼らにバレず旗を持ち出すのは難し過ぎる。
だからこそ、実行委員のみんなは校舎内をくまなくチェックしているんだろうが。それならば、犯人が最大で40分の制限時間内に隠し通せる場所を、あれだけの人員を投入して見つけられないというのは不自然だ。
「なら、優勝旗はどこへ行ったの?」
「学外だろうな」
「は、はぇ!? いや、今持ち出すのは無理だって話したじゃん!」
「だから、三島先輩たちが見たのが勘違いだったんだよ。優勝旗は、少なくとも朝には無くなっていたハズだ。学内にないなら、外にあるに決まってる」
四回の瞬きのあと、月野はポカンと口を開けて「ふぁ?」と呟いた。清楚なのか腹黒なのか、それとも凛々しいのかポンコツなのか。そろそろキャラをハッキリして欲しいところだと思った。
「いや、どういうこと?」
「俺たちが目にする優勝旗は確かにデカくて派手だけど、保管してある状態まで派手とは限らないだろ」
「なんで?」
「旗だからだ。あぁいうモノは、丸めて長い棒にしてケースの中にしまうんじゃないか?」
「あぁ! 確かに!」
つまり、三島先輩たちが見たのはその角に置いてあった優勝旗の筒だ。それならば、例え中身を見ていなくても『ある』と誤解してしまっても不思議じゃない。
「じゃあ、三島先輩が見た筒はどこに行ったの?」
「恐らく、第一種目の間に学外へ持ち出された。今は優勝旗と一緒にあるハズだ」
「んんん? 優勝旗と一緒? というか、第一種目って100メートル走だよね? 実行委員の人がずっと探してたなら、正門から出るのは無理だと思うけど」
「違う、最初の種目はオープニングを兼ねた全学年男子の『集団行動』だ」
「あ、そっか! あのときなら、男子の実行委員も全員競技に参加していて警備は手薄だ! 女の子なら運び出せるかも!」
長机からパイプ椅子を引いて座り、更に考えを巡らせる。
「問題は、集団行動が始まるまでどこにあったのかだけど。恐らく、普通に実況席のテントに置いてあったんだ。外に持ち出すにもちょうどいい場所だしな」
「なんでそう思うの?」
「混乱を防ぐため、最初は優勝旗の喪失が三年生の幹部にしか伝えられていなかったんだろう。今になって慌てふためいているのが証拠だ。つまり、三島先輩たちは開会式の途中、返還式の直前まで優勝旗がないことを一部だけで情報共有し、直前になって後輩たちに真実を打ち明けた」
月野は、頭にうさ耳をくっつけたまま考え込んだ。ファンシーなアクセサリーと死ぬほどミスマッチな表情だ。
「それだと、集団行動までは幹部の人だけで探してることになるから。……あ、そっか。筒が置いてあったら、事情を知らない実行委員は事件に気が付かないね。無くなったっていうのも、筒の中が空だったって意味に捉えるだろうし。事情を知ってる人は校舎側にいて、その筒自体がないと思い込んでるんだもん」
集団行動は、一人でも欠けると陣形が醜く見えてしまう不思議な競技だ。どれだけ忙しかろうと、あれにだけは参加せざるを得なかったのだろう。
あとは、返還式の辻褄合わせだが。校長に直接旗を渡す儀式を、果たして生徒が回避する方法なんてあるのだろうか。
「……あぁ、そうか。だから、東出は三島先輩を紹介したんだ」
「ねぇねぇ、一人で納得しないでよ。私にも教えてよぉ」
「歩きながら説明する。とりあえず、学校の外へ向かおうか」
「ねぇ! シンジくん! そんなところまで探偵っぽくならなくていいよ!? 勿体ぶらないで説明してくれた方が嬉しいよ!?」
いや、探偵っぽくというか何と言うか。実は答えが出ても過程をちゃんと言葉に出来てないだけだったりするんだけど。
もしかして、ホームズや金田一もカッコつけてた割に実は今の俺と同じ気持ちだったのだろうか。
俺は、俺のジャージを弱く掴んでプラプラと「ね〜ぇ」なんてゴネる後ろのバカのために、サルでも分かる日本語で文章を組み立てながら校門の外へと向かった。
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