第2話

 002



 中庭につくと、既に応援の歓声は遠く。いつもと同じ学校なのに、やたらと物寂しい雰囲気が生温い空気と共に漂っていた。



「あ、キミが高槻か?」

「はい、よろしくお願いします」

「よろしく、実行委員の三島だ。東出から聞いたけど、力を貸してくれるんだってね」

「はい。早速ですが、三島先輩。今朝までの出来事を聞いてもよろしいでしょうか」



 先輩相手に不躾かとも思ったが、時間が惜しいのか先輩はすぐに概要を説明してくれた。



「最後に優勝旗を確認したのは今朝だ。実行委員は、みんなが来る前に会場の最終チェックがあったから少し早く登校していてな。確か、8時頃だったハズだ」

「確認したのは三島先輩ですか?」

「あぁ、俺と一緒に登校した真柴と鈴木ってのも確認してる。見間違いはないだろう」

「無くなったことに気がついたのは?」

「9時の開会式直前、8時50分頃だ。生徒会室から優勝旗を校庭へ運ぼうと思ったら、その時既に失くなっていた」



 言われてみれば、今年は返還式が行われていなかったな。去年は確か、卒業生の代わりに実行委員長が代行していたっけ。



「こんなことを訊くのは何ですが、容疑者はいるんですか?」

「それがいないのが一番困ってるんだ。だから、みんな宛もなく校舎内を探し回ってるのさ。クソ、マジでヤバいよなぁ」



 ……なるほど。



「外部犯の可能性は?」

「どうだろうな。生徒会室には鍵が掛かっていなかったから、誰でも入れたと言えば入れたんだ。ただ、外の奴がわざわざ優勝旗なんて盗むか?」

「いえ、考えにくいですね。別に値打ちモノじゃありませんし、そこそこ年季も入ってたように記憶しています」



 赤い縁取りと赤い布に金色の糸で『優勝』の文字と西城高校の校歌が刺繍された大きな旗。盗み出したとて、質屋に出しても値段はつかないだろう。



「だから、愉快犯がどこかに隠したんじゃないかって思ってるんだ」

「なるほど、分かりました。先輩、生徒会室の様子を確かめてもいいですか?」

「あぁ。いいよ、ほら。でも、散らかってるだけで何にもなかったぜ」



 言って、三島先輩は俺に鍵を渡してくれた。



「鍵、掛かってなかったのでは?」

「あぁ、掛かってなかったよ。昨夜は泊りがけで装飾を作ってた実行委員がいたから、掛ける必要が無かったってのが正しい。今は閉めてる」

「その作業をしていた人たちは?」

「実況席にいるよ」



 はて、実況は放送部の代打だと東出は言っていたハズだが。既に元の仕事に戻ったのだろうか。



「分かりました、ありがとうございます」

「悪いな。でも、高槻シンジの名前は俺も噂で少し聞いてる。プレッシャーかけるワケじゃないけど、いい結果を期待してるよ」

「せ、先輩たちのところまで届いてるんですか。お恥ずかしい」

「何が恥ずかしいのさ、名探偵なんだろ?」



 ……果たして、浜辺の噂はどれだけ脚色されているのだろう。もう止められないと分かっているが、褒められるたびにムズムズして気持ちが悪くなる。



 買い被りなんだけどな、マジで。



「それじゃ、俺も捜査に戻るよ。検討を祈る」

「分かりました、お疲れ様です」



 走っていく三島先輩の背中を見送って、俺も生徒会室へ向かおうと踵を返したとき。



「シーンジくん、聞いちゃったよーん」

「……いたのか」



 頭に赤いハチマキをうさ耳風に巻いた、いつもよりポンコツっぽく見える体操着姿の月野が立っていた。



 恐らく、待機席から離れた段階で追跡されていたのだろう。ニヤニヤと笑みを浮かべる彼女が、今からなにを言うつもりなのか考えずとも分かってしまう。



 だから。



「来るか?」

「んふふ、話が早いねっ!」



 そして、俺は月野と共に生徒会室へ向かった。

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