第16話 ②

「本懐は、その如何わしい宗教に俺の好きな女の母親がハマってしまっていることなんですよ。そんなの、俺は認められない」

「な、なに? 貴様、ミチルの兄ではないのか? なんてことを言うのだ!!」



 ……さて、最後の問題だ。心して答えろよ、俺。



 お前は、必ずミチルを幸せにしなければならない。



 そして、それは簡単な話だ。一切の恋愛感情を排除し、彼女の成長を見守る。邪な気持ちがあってはならない。好きという言葉の意味を履き違えなければならない。誰にでも胸を張って彼女を妹だと説明し、誰かのモノになってしまう彼女を見送らなければならない。



 俺たちの結末として、何よりも正しい方法だ。



 今日までの出来事は、ミチルとミヨコさんが仲直りするための前座であった。この物語は、心温まる母娘の絆の物語。一度は離れて見捨てあった二人が、数々の伏線を経て結ばれるというハートフルストーリーだった。



 そして、その仲を取り持った俺もまた、再び家族として彼女たちと関わっていく。月野家の人たちだって、最初はミチルを金儲けに利用しようと考えたにせよ、これだけ長く関係を持っているのだから愛が育まれているに違いない。



 実際、ミチルは病気に掛かっている育ての母親の料理を持て囃し、父親のために面倒をかけまいとしている。ならば、俺もそんな輪の中の一部となって、ミチルに対する愛をツラツラと語っていけばいい。



 離れ離れになっても、ずっと繫がっていられる。それが落とし所としてもスッキリしているし、みんなが納得出来ることだろう。 



 俺は、間違いなくそれを選ぶべきなのだろう。正しいこととして、認められるべき選択肢なのだろう。



「……んふふ」



 ならば、俺は正しくなくていい。



「どうしたの? シンジくん」



 俺は、最初から悪役だ。



「なぁ、ミチル」



 俺が求めていたのは、俺の中の真実だ。



「なに?」



 もう、疑いようもなく愛している。女として愛している。俺以外の男が彼女を幸せにすることが許せない。そして、こうして兄妹であることを疑って、疑い続けて、結局は諦めるつもりのなかった俺の行動が既に証明を終わらせている。



「結婚しよう。俺が、お前を幸せにする」



 ここは教会だ。新婦がいて、新婦の母親がいて、新婦の友達がいて、おまけに神父まで備え付けられている。



 なるほど、お誂え向きだ。



「……んふふ、うんっ!」



 俺たちは、ここへ結ばれるためにやってきた。



 それが、俺の中の真実なのだ。



「な、何を言ってるんだ!! なんという冒涜なのだ!? 穢らわしいにもほどがある!!」

「俺の神は許してくれますよ。というか、目の前で好きな女を盗られたからって騒がないでください。神父さん」

「まだわたしを愚弄するかぁ!!」

「だって、分かりきってるでしょ。小さな彼女に聖歌隊のリーダーなんて重荷を背負わせ繋ぎ止めて、誕生日が来る前のミチルに我慢できなくて手を出して。おまけに、5年も前のことを引きずってネチネチと責め立てて」



 聖書を一度開き、またすぐにパタリと閉じる。



「さっきも、『好き』って言葉を真っ先に恋愛感情として捉えた。それって、あんたがミチルを気に入ったからだろ。いい歳こいたジジイが、12歳の女の子に恋しちまったからだろ。その失恋を引きずって、延々と逆恨みしているだけなんだろ」

「貴様アアアァァァッッ!!」

「あんたの怒りの根源は、みっともねぇ嫉妬と未練がましいヤキモチさ。俺は、あんたみたいな小さい男が大っ嫌いだ」



 愚直に、一直線に、真っ直ぐに、神父の目を見て言い放つ。奴は、やがて俺のプレッシャーに押し負けたのか、勢いもなくストンとソファへ倒れ込んだ。



「少なくとも、俺の憧れた男はそんなクソみたいな理由で八つ当たりするような小者じゃなかった。もっと、とんでもなくて抗いようのない巨悪だったぜ」



 ……そうだ。



 最初から間違って、ここへ至る道程も間違えて。ならば、結末だけを間違えないでいる理由など一つもない。



 最後まで間違えて、長い最後の続きも間違えたまま生きていく。



 こんな、荒唐無稽で綻び塗れの拙い推理を真実として押し付けられる。まさしく、これが『鵜飼トオル』という名の悪の形であり。



 この俺、高槻シンジの青春の答えなのだ。



「チサト先輩」

「……なんでしょうか」

「あなたにも、戦い方を教えます。もちろん、この男の元に残りたいというのなら別ですがね」



 そして、俺は聖書をテーブルの上に置いて最後に神父を見た。



「……教えてください、高槻くん。私も、ミチルのように幸せになりたいです」



 俺が助けるには充分過ぎる返事だ。



 彼女のため、自分のため、俺はこの教団を相手取って勝ってやる。少女たちの純情を、誰かに捧げるバズだった純潔を、幸せになりたいという純心を、俺が必ず供養して真っ当な道に戻してやる。



 最後だって言ったけど。ごめんな、ミチル。



 やっぱり、俺にはこの生き方しか出来ないみたいだ。



「覚悟しろよ、この外道」



 思えば、ハーレムという関係に狂わされ続けた人生だった。しかし、それももう終わりだ。決着が、ようやくついた。肩の荷がおりて本当に晴れやかな気分だ。何にもブレず、何も得ようとせず、待ってくれているひとの元へ帰ることだけを考えられる。



「ひ、ひぃ……っ!」



 今こそあのセリフを声高らかに叫びたいが、それは何ともカッコ悪い立ち振舞だろう。なぜなら、悪者とは美学の生き物だ。偉そうに講釈を垂れて人の羨望を集めるべきでもなく、何よりも俺は結果によって物語りミチルを心酔させてやりたいのだ。



 ならば、決定的な文句を突き付けてやりたい気持ちでいっぱいだが、しかしそれは俺の役割ではない。崖から突き落とす最後の一撃はチサト先輩に任せるとして、心の中だけの勝利宣言として強く、強く思い念じるだけに留めておこう。



 くたばれ、ハーレム。

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