第13話

 013



 何の前触れも無く、晴田コウがいなくなった。



 そんなニュースを俺に伝えてきたのは、一緒の部屋に泊まっている山川たち。先生の点呼が終わり、一度部屋へ戻って準備をする。その間で既に、彼はこのホテルから姿を消しているようだった。



「なぁ、シンジ。お前、何か知ってるのか?」

「いいや、何も」

「本当かよ。あいつ、昨日の夜はお前と出会って自分は変わったんだって言ってたのに、やっぱり土壇場になって逃げ出したのかな」

「どうだろうな。まぁ、俺たちには関係のない話なんじゃねぇの?」

「そうは言ってもよぉ……」



 彼らが心配そうなのは、晴田との関係が良好になっている証明だ。ハーレム主人公に気のいい男友達が3人もいるってのは、何だか不思議な気分だな。



「お前たちはお前たちで京都を楽しんできなよ。せっかく、最強の観光ルートがあるんだし」

「……お前は?」

「俺には、やることがある。気にすんな」



 一瞬の間。最早、諦めにも似た色が彼らに滲んでいる。



「お前、誰よりも楽しみにしてたのに連中の面倒背負っちまって。シンジって、本当にツイてねぇっつーかなんつーか」

「仕方ねぇよ、そういう星の下に生まれちまったんだ」



 すると、浜辺、東出と続いて俺の両肩を叩き、最後に山川が。



「頑張れ、俺らも気にして街を歩いてみるよ」



 そう言い残すと、同じ班の野瀬と蒲田を迎えホテルのエントランスホールから出ていった。



「どういうことですか?」



 振り返ると、話を聞いていたヒロインズが心配そうな顔をして立っていた。開口一番、俺の近くに踏み込んできたのは榛名だ。



「聞いた通りだ。朝飯食った後で、晴田が蒸発しちまった。手がかりもなさそうだな」

「蒸発って、どうして!?」

「どうしても何も、俺と一緒にいるのが嫌になったか、お前らのことが面倒になったか。そんなところじゃねぇの?」



 ふと、ミチルの表情が気になった。明らかに怒っている。しかし、ここで引っ掻き回すことが利益にならないと直感的に理解したのだろうか。彼女は小さく「バカ」と呟くと3人を落ち着かせるようにした。



「大丈夫、コウくんがみんなのことを嫌いになるワケないよ」

「でも、だったら……」

「探そう。コウくんは、きっと苦しんでる。みんなに話せないようなことで悩んで、だからみんなを心配させたくないんだって私は思うから」



 耳を塞ぎたくなるような真っ直ぐな言葉を、皮肉と捉える気も起きず右から左へ聞き流す。すぐさま電話をかける遊佐の姿を眺めて、俺はポケットに手を突っ込んだままホテルから抜け出した。



「ねぇ! シンジくん!」



 すぐさま追いかけてくるミチル。立ち止まらず、タクシーの待機所へ向かって歩く。



「どういうこと!? なんでみんなのことを助けてあげないの!?」

「ここで俺に頼ったら、連中は幸せになれない。、一生物の後悔を背負うことになる」



 セダンタイプのタクシーの、後部座席がゆっくりと開く。鞄を先に放り込んでシートに腰を掛ける。そのまま、俺はミチルの顔を見た。



「乗るのか、乗らねぇのか」



 強く言うと、ミチルは一瞬だけ3人の方を振り返ってタクシーに乗り込んだ。俺は、きっとあいつの行き先を知っている。だから、運転手さんに嵐山へ向かって欲しいと伝えると、車は低いエンジン音を響かせて公道へと発進した。



「どういうこと? 本当に、みんなのことを放っておいていいの? だって、私たちは3人の過去をコウくんに伝えてあげなきゃいけないんだよ?」

「そんなもん、もう終わってる。ヒロインズにもヒントはくれてやったさ」

「は、はぁ!?」

「昨日の夜、お前たちが戻ったあとで晴田に伝えた。奴がいなくなった理由はそれだ」

「……それは、コウくんが彼女たちの過去の重さに耐え切れなかったってこと?」



 返事は、首を傾げるだけに留めた。そんなこと、俺に聞かれたって分かるワケないだろうに。



「というか、どうしてみんなの過去が分かったの? ヒントって何?」

「金閣寺で全部分かっただろ、それを精査しただけ。ヒントに関しては、スマホを見れば俺からメッセージが入ってる」

「そんな大事なこと、また一人で……」

「お前にはサオリを押し付けちまったからな。なんか、手伝わせるのが申し訳なくてよ」



 そのまま、窓の外を流れる景色を見て。



「ありがとう、ミチルがいてくれてよかった」



 バックミラー越しに、運転手さんが俺たちの様子を伺ったのが見えた。しかし、彼の目が捉えているのは俺ではない。恐らく、アホのように固まってしまったミチルに奪われている。



 果たして、彼女はどんな面をしているのだろう。少し気になって、いつものように確認するのをやめておく気にはならなくて。だから、ちょうど良く入ったトンネルの中で、ガラスに反射するミチルを見る。



「す……っ。あぅ……」



 変なことを口走ったが、ギリギリで持ち堪えたようだ。確かに、見とれるに値するビジュアルだとは思うよ。



「さて、少し昔の話をしようか」



 トンネルを抜けて、視界いっぱいに広がる古の都に向けて告げる。今から始まるのは俺の独り言。悲しみに暮れて、ハーレムという歪な恋愛模様に身を投じてしまった3人のヒロインの物語。晴田コウが受け止めるべき辛い軌跡は、俺やミチルの過去に匹敵する苦しみに満ちている。



 けれど、それを知ってもミチルに不安な顔をしてほしくなくて。だからぎこち無く表情筋を動かすと、無理やりに慣れない微笑を浮かべた。

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