第14話(青山ミキ)

014(青山ミキ)



 最初はただ、楽しかった。



 何を見て、何を聞いても新鮮で。この世界はとても美しくて、面白いモノに満ち溢れていて。だから、こんなに幸せをくれる家族や友達や出来事に遭遇出来るあたしは、絶対に特別な存在なんだと思っていた。



 どこにでもありふれている、幼少期の無敵感とでも言えばいいだろうか。成長するにつれて自らの限界を知り、次第に薄れていく新鮮さと比例する自信の喪失を、やはりあたしも体験している。



 最初に自分を知ったのは、同じ年頃の女の子が天才子役としてドラマに出演しているのを見たときだった。あたしは、決してお芝居が好きなワケではないのに、どういうワケか妙な嫉妬を覚えたのだ。



 ただ、幼少期のあたしにとって、それは原動力となった。あたしだって、絶対に何か出来る。特別なあたしは、絶対に何者かになれる。そう信じて行動するようになったのだ。



 両親は、いい人だと思う。あたしのことを愛してくれているし、 あたしが挑戦したいと思うことを否定したりしなかった。

 だから、何とか育ててくれている恩を返そうと思ったし、それもあたしが頑張る理由になったと思う。パパとママが嬉しそうにしていたら、やっぱり嬉しかったし。



 ……けれど、すべてがダメだった。



 勉強も、スポーツも、文化も。どんなことに挑戦したって、あたしが活躍することはなかった。いいだとか、ましてやダメなんてこともなく。どれもこれもが、可もなく不可もなく。



 なまじっか、技術の難しさを理解出来てしまう。何も理解出来ないままそこにいられたら、ただ楽しくいられたのかもしれないのに。



 新しいことに挑戦するたび、あたしより特別な人を知って。その人たちが当たり前のようにこなす技術に、あたしはちっとも追いつけなくて。

 


 それなのに、そんな自分を肯定されることが一番辛かった。自分がダメなことなんて自分が一番よくわかってるのに。両親も、先生も、『頑張ればきっと上手くいく』だなんて。



 ……そんなことを言われたら、何も諦められないわよ。



 だから、あたしは挑戦し続けて。きっと、努力といえるだけの積み重ねだって経験したハズだった。なのに、周りが次々とやりたいこと、得意なことを見つけていく中で、あたしだけが取り残されているような気がして。



 色々なことに手を出しているうちに、気が付いたらあたしは何をしても並以下のつまらない人間になっていた。挑戦する努力と、スキルを磨く努力は別物だったからだ。



 こんなにも美しくて面白い世界の中で、あたしだけがつまらない人間だなんて。あまりにも残酷な現実に押し潰されそうになったのは、中学2年生の頃。



 鏡を見るたびに、汚いモノを眺めているような気分になった。あたしよりかわいい女の子なんて幾らでもいる。多少マシだと思っていた容姿でさえ、嫌いになったわよ。



「はは……」



 どうして、青山ミキという女はこんなにも面白くないのだろう。どうして、青山ミキという女はこんなにも情けないのだろう。頭の中で、もう一人のあたしが呟き続ける。



 夢の中でまで追い詰められる。キラキラと輝くみんなの外側で、ただ羨ましそうに見上げている小さなあたしを俯瞰する悲しい夢。そんな夢が何ヶ月も続いて、いつの間にかあたしは生きているのがつまらなくなった。



 そんな時だった。



「あぶな――」



 朦朧とした意識で下校するあたしを、どこかの自家用車がハネた。事故の瞬間のこと、覚えているのは甲高いブレーキ音と人々の絶叫。泣きながらあたしを見ている、中学時代の友達の声。



「ミキ!! しっかりして!!」



 ……あぁ。



「いいなぁ」



 こんな時でも、友達はキラキラと輝いて見える。出来ることならば、あたしもあなたみたいに美しくなりたかった。そんなことを考えたのを最後に、次に目を覚ましたときは病院にいた。



 お医者さんが口にしたのは、あたしは内蔵を強く打ち付けたせいで体が弱くなってしまったこと。走ったり飛んだり、そういうことは控えるべきであるという通告だった。



「……なら、もう運動は頑張らなくていいんだよね」



 思わず呟いたとき、ママは泣いた。どうして泣いているのか分からなかったけど、もうこれ以上嫌な自分を見なくても済むんだと思ったら途端に安心した。



 それから、あたしは学生だからという理由だけで何となく勉強をして、合格ラインすれすれで西城高校へ入学することになった。

 地元の公立校としては最難関の高校。あの頃のあたしは、西城に受かる程度には、まだ頑張れていた結果なのだと今になって思う。



「……あの、1年A組ってこっちですか?」



 出会いは、偶然だった。



 入学式の日。少しも緊張感が無く、妙にやる気の無さそうな表情でボーッとしているから彼を上級生だと思ったのだ。

 パリッとしたおろしたてのブレザーに気が付くくらいあたしに余裕があれば、きっと声を掛けようとは思わなかっただろう。


 

「さぁ、俺もA組を探しているところだったから分からないよ」



 あっけらかんと言い放った彼の横顔を、あたしは今でも覚えている。



 どうして、集合時間も迫っているこのタイミングであんなにも他人事のような雰囲気でいられるのか。この男には恥や外聞など関係ないのだろうか。



 あらゆる疑問を、あたしを追い詰めている現実を、彼は少しも認識していないという不思議。けれど、その鈍感の理由は同じクラスで生活してみるとすぐに分かったわ。



 ……だって、彼は。



「別に、こんなの普通のことだろう?」



 晴田コウは、その圧倒的すぎる実力であたしに諦める理由をくれたのだから。

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