第3話 ①

 003



 青山ミキ、榛名ココミ、遊佐カナエ。



 恐らく、ウチの学校で美少女コンテストを開催すれば揃って決勝進出を決めるであろう抜群なルックスの持ち主たち。

 そんな連中がなぜ俺の通う2年B組へ一同に集結したのかも、ましてやバカみてぇに晴田のハーレムヒロインになってしまったのかもよく分からないが。



 ……分かりたくもねぇが。



 とにかく、月野の相談とは彼女たちと晴田にまつわるエトセトラであるようだった。



「胡麻団子、かなりイケる」

「そっか、よかったね」

「あぁ。けどよ、モグモグ。お前、これマジで奢ってくれんのか? 結構食っちまってから言うのも。モグモグ。なんだけどよぉ」

「うん。だって、シンジくんお金ないでしょ? 好きなだけ頼んでいいよ」

「マジかよ、助かるわ」



 放課後。



 俺は、餌付けというあまりにも分かりやす過ぎる月野の戦法にすっかりハマっていた。海老餃子や八宝春巻から始まり、麺類の後で中国茶と楽しむ爽やかな甘みのデザートがたまらない。



 悪いけど、例のハーレムの話はもう少しあとになりそうだな。



「よく食べるね」

「家じゃ飯なんて満足に食えねぇからよ。こういう時に食っとかねぇと、身長も伸びねぇしな」



 甘えるついでに、俺はウェイトレスのお姉さんに追加で焼売と胡椒餅、更に杏仁豆腐を注文した。嫌な顔をされたらキャンセルしようと思ったが、月野は優しく微笑むだけだ。



 分かってたけど、マジで金持ってんだな。羨ましい。



「シンジくん、本当に体が細いもんね。言っちゃ悪いけど、すごく弱そう」

「色々切り詰めて生きてるからな。モグモグ。健康第一なんて、金持ちの娯楽だと思ってる」

「ふぅん、本当に大変なんだね」

「本読み始めたのだって、本当の最初は金がかからねぇで時間を潰せたからなんだ。モグモグ。読むのに時間が掛かるし、婆ちゃんが老人ホーム行ってる間も寂しくなくてさ」



 言うと、月野は急須から中国茶を桃の花が描かれた茶杯へ注いでから俺の顔をジッと見る。やたらキョトンと間延びした、あどけない不用心な表情だった。



「なんか、シンジくんが自分の話をするの初めて見たよ」

「いやいや、お前に恋愛観のはなししたろ。あれ、めちゃくちゃ俺の話じゃん」

「そ、そういえば」

「つーか、俺は結構自分のこと話すぞ。モグモグ。過去に色々あったから、ネタには事欠かねぇしさ」

「それって、男の人にはでしょ?」

「……言われてみればそうだな、バイト先の客はおっさんばっかりだし」



 彼らを楽しませようとして笑えそうな不幸話をいつもしているが。確かに、女に自分の話をする機会ってのは無かったように思える。



「バイト? なにやってるの?」

「小さな居酒屋の店員、賄いが出るからありがてぇんだ。時給は1150円、週5で17時から23時までの6時間勤務」

「そうなんだ、どんなお仕事なの?」

「焼き鳥の串打ったり、魚を三枚におろしたり。モグモグ。まぁ、食材の下準備がメイン」

「へぇ、シンジくんお料理出来るんだね。なんか意外」



 家じゃ味噌汁と一菜程度しか作ってないけど、それなりのレパートリーを持ってると自負してる。得意技は飾り切りの菊花蕪きっかぶだ。



「あとは接客。モグモグ。大将は無口だからよ、女将のヨウコさんが亡くなって雰囲気が暗くなったからって、最初は喋るために俺が働くことになったんだ」

「んふふ、なるほどね。どこで大将さんと出会ったの?」

「郊外の競馬場。俺、中学の頃はそこで清掃員のバイトしてたからさ。ヨウコさんが亡くなって、暗い顔してた大将を説得したのがキッカケ」



 なぜか月野は俺を柔らかい眼差しで見ていた。町中で見かける、母親が息子に向ける優しい笑顔と似ている。さてはこいつも男を下に見て喜ぶクチの女だな?



「本当に、誰のことでも助けてあげるんだね」

「ヨウコさんと婆ちゃんが友達で面識もあったんだ。モグモグ。成り行きだよ」

「……か、カッコいいよ。すごく。んふふ」



 ぎこちねぇなぁ、褒めるならもっとスカッと褒めてくれよ。



「月野はバイトとかしてねぇの?」

「レースクイーンのアルバイトをしてるよ。なんと、交通費も出るのです。ちょっとした旅行気分!」



 レースクイーンってモデルや役者よりも現実感ねぇな。モータースポーツってめちゃくちゃ金かかるらしいし、俺には縁のない世界だろう。



「へぇ。モグモグ。なに、どうしてそんなバイトしてるワケ?」

「お父さんがレースに出資してる人なの。一緒に観戦しに行ったら、いきなりスカウトされちゃった」

「なるほど。まぁ、お前に見送られればレーサーも嬉しいだろうさ」

「そ、そんなに褒めないでよぉ」



 彼女のことは知っているつもりだったが、俺もまだまだ情報網が甘い。あの攻略マニュアル、全然完璧な出来じゃなかったんだな。



「……ふぅ、食った食った。ごちそうさま。ありがとう、月野」

「うん、気にしないで」

「それじゃ、俺はこれで」

「いやいやいや! それは違うでしょ!? 今日の本題はここからでしょ!?」

「あ、あぁ。悪い、マジでうっかりしてた。幸せ過ぎて、つい」

「し、幸せって。怒りにくいこと言わないでよ。もう」



 そして、食器を下げてくれたチャイナドレスのウェイトレスが新しく茶を注いでくれてから、俺は月野に話すよう促した。美味で満腹になった心地よい感覚を、今からハーレムのドロドロした諍いで汚さなければいけないとは。



 チクショウ、やっぱり晴田なんて大嫌いだぜ。



「あのね、えっと……」



 言いにくいなら、飯のお礼に俺が言ってやろう。それくらいの気を遣ってもバチは当たらないハズだ。



「晴田がお前に惚れちまったから、ハーレム内のバランスが崩れて青山たちがいがみ合ってるんだろ」

「……うん」

「おまけに、月野はグループから離れ気味だしな。本来はお前を妬んでお前をやっつける為の動機が、行き場を失って八つ当たりが発生している。だから全体がピリピリして、クラスメートは3人の機嫌を伺うのに疲れてるってところか」

「そこまで分かってたの?」

「当たり前だ、晴田は相変わらずの鈍感で気づいてねぇみたいだけどな」



 やはり問題の核となるのは奴の無自覚だ。これを機に、無自覚という性質が傍から見ていて本当にイライラする要因となることを自覚してほしい。



 明らかに異次元の出来事をすっとぼけて「これって普通じゃないのか?」だなんて宣われたら、普通の奴は呆れて離れていくに決まっているだろうに。



 誰得どころか、自分にすら得がないってマジで終わってる。それを指摘されないくらい天才ってのも、ある意味じゃ不憫なんだろうけどよ。



 ……あぁ、これも同族嫌悪なんだと思うと自分にガッカリしてくるぜ。



 クソッたれ。



「あんまり悪く言わないであげて、コウくんだって大変なんだよ」

「大変なのは分かってんだよ。だから、それを何とかしようってんじゃねぇか」

「え? どういうこと?」



 まずは茶を一口。中国茶特有の芳ばしい香りが鼻を突き抜けていった。


 

「晴田のトラウマの原因、奴をフッた幼馴染みの存在は覚えているか?」

「うん、もちろん覚えてるよ。中学時代に寝取られたって子だよね」

「そうだ。あいつと晴田を再会させて、晴田の正気を取り戻すってのはどうだ?」



 すると、月野は持っていた茶杯をテーブルに置いて首を傾げた。



「正気を、?」

「あぁ。俺にはさ、月野。普通の家庭に生まれた晴田が、最初っからあんな無責任な性格をしていたとはとても思えねぇんだ」

「どうして?」

「鈍感にだって限度がある。あそこまで気が付かないなんて普通に考えてありえないだろ。つーか、生まれながらだったら親が心配して病院に連れていくに決まってる」



 月野は否定も肯定もしなかった。彼女の意見に興味はないから、沈黙を同意と受け取っておこう。



「そこで、一つ仮説を立てた。もしかすると、あいつはトラウマの末に心を殺して周りと自分を隔絶して、孤独だって思い込むうちに本当にそういうメンタルになっちまったのかもしれない」

「だから、真実を暴いてカナエちゃんたちの気持ちに気がつくように仕向けるってこと?」

「その通りだ、これを見てくれ」



 言って、俺はスマホを取り出し一つのデータファイルを差し出した。画面に映し出されているのは、とある女子生徒のプロフィール。顔写真はSNSの拾い画像だ。



「う、うわぁ。シンジくん、こんな事までしてたの?」

「晴田攻略のルートを組むためには仕方なかった。つーか、今は是非を問う場面じゃない」

「キモいよ。サオリに『やり過ぎ』とか言ってたけど、シンジくんも相当じゃん」

「今は気にすんなって言ってんだろ! 画面これ見ろ! 画面これ!」



 本気で引いている女の子の視線というモノは心にグサリと突き刺さる。早く意識を別に移させて、とっとと作戦を考えることにしよう。



「雲井シズクさんかぁ。すすき商業って、ウチの高校から四つ隣の駅の近くにあるおっきい学校だっけ?」

「そうだ。偏差値は平凡で、部活動はボートと幾つかの文化部が盛んらしい。線路沿線の川を細い手漕ぎボートが走ってるだろ」

「あぁ、あれって芒商業の部活だったんだ。全然知らなかった」



 あの風景が、分かりやすく青春を謳歌していてなんかムカつく、というのは流石に捻くれ過ぎた感想だろうか。



 自分が分かりやすい青春を謳歌している妄想を一瞬だけ浮かべてみるとすぐに気分が悪くなったから、頭を振って消し去りもう一度説明する手順を頭の中に構築した。



 1000パーセントありえないな、俺がスポーツに熱中するなんて。

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