第5話
005
優勝旗を戻して一息ついた俺は、三島先輩にわざわざ放送を使ってまで呼び出されていた。俺が中庭へ向かう途中、他クラスの生徒までチラと目を配らせてきたのが非常に恥ずかしかった。
噂の件は、もう忘れよう。意識するたび、変な気分になってくるから。
「助かったよ、高槻。本当にありがとう。お前が戻してくれたから、誰にも気づかれなかったしな」
「いえ、本来はなにもしなくても戻っていたモノです。大したことじゃありません」
「はは、キミは噂と違って謙遜が好きなんだな。やり過ぎると嫌味に聞こえるぞ?」
分かってるんだけど、自分が褒められると妙にむず痒く感じてしまうのだ。反省点なのに直せる気が全然しないのは、やっぱり俺が陰キャだからか。
「……すいません、三島先輩。ご厚意、ありがたく頂戴します」
「あぁ、それでいい!」
やっぱり、三島先輩は筒先輩とポニテ先輩が犯人だと知っているようだった。しかし、特に犯人を探すようなこともせず俺に事情を聞かず。ただ、一年生の組体操を眺めながらニコリと笑った。
人格者だなぁ。
「それでは、失礼します」
「あぁ、後日礼をさせてもらうよ」
「いえ、それには及びません。勝手にやったことなので、マジでいらないですから」
「ふふっ。そうか、ならこいつを持ってけ。それでチャラだ」
そして、先輩は未開封のブラックコーヒー缶を俺に渡し去っていった。俺は苦い飲み物なんて絶対に飲まないのだが、先輩の気持ちだと思うと捨て辛いな。
「……あ、そういえば」
そう思って、俺は晴田の椅子にブラックコーヒーを置いた。確かあいつは、月野と喫茶店に行ったときブラックを飲んでいたハズだ。100メートル走のトップ賞か、或いは雲井の件で辛い目に合わせてしまった詫びということにしておこう。
「な、なんだよ。高槻」
いつものヒロインズに囲まれながら、いきなり臨戦態勢に入る晴田。しかし、こんな祭の日くらいは犬猿の仲も休みでいいだろう。俺は、特に憎まれ口を叩くワケでもなく。
「お前、苦いの好きなんだろ。間違えて買ったからやるよ」
そう言って、自分の席に戻った。
「……なんで、あいつ俺の好み知ってんの?」
「さ、さぁ?」
一様に首を傾げるハーレムは中々に滑稽で見応えがあったが、いつまでも眺めているつもりはない。次は俺の借り物競争。なるべく無様を晒さないように頑張って走るとしよう。
「ねぇ、シンジくん。私、どうしても気になるんだけど」
靴紐を結んでいると、山川たちと話していた月野が俺のところへヒョコヒョコとやってきた。今更だけど、そのうさ耳はどうやって結んでいるんだろうか。
「なんだよ、月野」
「djutbってなに? 意味分かる?」
「あぁ、二人の名前を暗号化したんだろ。そのまま載せたんじゃすぐバレるし」
「djutbが苗字になるの? うそだぁ! そんなの絶対に日本人じゃないよ!」
「アルファベットを、キーボードのかな表示に変えてみろ」
「えぇ? パッと言われても分かんないよ。えっと、スマホスマホ」
言いながら、ポチポチとスマホを弄る月野。キーボードの画像を検索して割り当てているのだろう。
「……あぁ、『シマナカコ』。でも、二人なんだよ? 一人分しかないじゃん」
「だから、二人の名前なんだろ」
「シマ先輩とナカコ先輩ってこと?」
「それだとバレたときに困るだろ。これは二人の共通名で、且つダブルミーニングになってるんだ」
「えぇ?」と呟いて頭を捻る月野。共通する名前という部分にピンときていないようだが、種が割れればなんてことない。
彼女たちは、わざわざこんな面倒な事件を起こして自分たちの悪事を隠そうとするアイデアの持ち主だ。そんなネタ、普段から妄想していない人間が簡単に思いつくワケがない。ユーモアは降って湧いてくるモノじゃないからな。
「わかんない!」
キャンキャンと吠える子犬のような月野を横目に、実行委員に並ぶよう指示されたから俺は借り物競争の列へ並んで自分の番を待ち続けた。なぜやりたくないことをやるために行列で待たなければならないのか、なんて形而上学的な疑問で緊張を誤魔化しているうちに――。
やがて、スタート。
他の走者たちがとっとと封筒に辿り着いたあとで、俺はヘロヘロになりながら最後の一つを手に取りピリリと開ける。既に大差がついている。せめてビリにはなりたくない、あまり難しいお題じゃなければいいのだが。
『漫画研究部員』
どうやら、今年は観衆の前で酷い無様を晒さずに済みそうだ。
俺は迷わず実況席の白いテントへ向かうと、マイクを握る二人の先輩にお題の封筒を見せた。
――――――――――
しばらく休載します。概要は活動報告を参照してください。
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