そして彼らの物語は終わりを迎える

第1話

 001



 季節は秋真っ只中の10月。そろそろ、セーターだけでは少し寒いと感じるようになってきた今日この頃。



 西城高校の二年生は来週から修学旅行だが、俺は当然のように積立金を払っていないのでみんなと一緒に京都へ行くことが出来ない。

 いいなぁ、俺も京の都を探索してみたかったなぁ。と思いを馳せるも、金ばっかりは仕方ないので諦めるしかなかった。



 そんなワケで、現在の俺は図書館のロビーで見つけた『るるぶ京都』を立ったままパラパラと捲っている。ガキん時、ゲームを買えないからって古本屋で攻略本を読んでいた記憶が蘇るぜ。



「つーか、縁結びスポット多過ぎだろ」



 なんてことを考えていると、突然スマホがブブブと揺れた。ディスプレイに表示されたのは市外局番から始まる知らない番号。まるで覚えがなかったが、俺は図書館から出るとリダイアルした。



「はい、こちら西城高校です」



 なに?



「あの、2Bの高槻です。お電話頂いたようなのでかけ直しました」

「おお、高槻か。新海だ」



 それは、担任の新海からの連絡であった。特に呼び出されるような覚えはないのだが、担任からの連絡というのはどうしても不安な気持ちになるな。



 『なにか心当たりはないか?』なんて突っ込まれたら、先に謝ってしまう奴の気持ちも分かる。俺は、息を呑んで新海の言葉を待った。



「お前名義で、修学旅行の旅費が振り込まれたのを確認したぞ。よく頑張って貯金したな、期限ギリギリだけど間に合ってる」

「……え?」



 この男はなにを言っているんだと思ったが、すぐに俺は鵜飼さんの顔を思い出していた。

 確か中三の修学旅行の日が借金の返済日で、俺はあの人に「修学旅行に行ってみたかったです」と呟いたのを覚えていたからだ。



 というか、こんなふうに何も言わずポンと資金援助してくれるような大人を俺は他に知らない。あの人、今はどこで何をしてるんだろうか。



 ……礼くらい、言わせてくれってのに。



「でも、なんで学校で言ってくれなかったんだ? こういうことは、ちゃんと報告しないとダメだぞ」

「……いえ。その、はい。ありがとうございます」

「ありがとうとはおかしなヤツだな」

「そ、そうですね。すいません」

「うむ。入るグループは……。まぁ、他の生徒ならいざ知らず、お前は上手いことやるだろう。自分でなんとかしなさい」



 まさか、教師陣にまで浜辺が流したモンスター化している噂が広がってるんじゃないだろうな。流石に恥ずし過ぎるから、教育的観点から見た周囲との相対評価だと思っておこう。



「はい」

「ただし、悪いけどお前の宿泊する部屋は一人部屋だ。先生、頑張って頼んだんだけどな。同じホテルに別の学校も来ていて、既に部屋がいっぱいだったんだ」

「いえ、急なことなのに対応していただいてありがたいです。お手数おかけしました」

「構わない。それじゃあ用事は終わりだ。また明日な」

「はい、失礼します」



 ……。



「やった!」



 思わずガッツポーズを決めると、俺はるるぶをラックに戻し書士さんがピックアップしている棚からオススメ本を適当に借りて、初めての旅行に対するウキウキ気分のままバイト先へ向かった。



「そうだ、大将に休みを貰わないと」



 京都、マジで行ってみたかったんだよなぁ。寺とか神社を観光するのはもちろん、好物の甘味とお茶を本場で楽しめる機会などそうそうないからな。



 鵜飼さんのご厚意、ありがたく頂戴しておこう。



「――というワケで、来週はお休みください。お願いします」

「おう」



 仕事が終わってから大将に話すとあっさり了承してくれた。そして、レジをゴソゴソと弄ったかと思うと、上の棚から茶封筒を取り出しそこになにかを入れて俺に突き出した。



「使え」

「ん、なんですか? この3万」



 確認した金額は、お使いの金額にしてはデカすぎる。



「ボーナスだ」

「いや、なんでですか?」

「……」



 相変わらず、必要最低限以下の言葉しか発しない人だな。



 なんて考えているうちに、大将は既に眉間に皺を寄せて真剣な顔で包丁を研ぎ始めていた。

 こうなってしまうと絶対に口を開かない頑固なところがクソほど厄介であり、つまり俺は彼にこの金の理由を尋ねる機会を永遠に失ったワケなのだ。



 ……いや、何となく分かるけどさ。



 それにしても、なんで俺を可愛がってくれる男は不器用な人ばっかりなんだ。小遣いをくれるにしたって、もう少しくらい分かりやすくてもいいだろうに。



「ありがとうございます、大将。お土産買ってきますね」

「……ん」



 あれれ、返事をしてくれるなんて珍しい。どこか嬉しそうに見えるのは気の所為だろうか。どうせなら、一番喜びそうなモノを考えておきたいな。



「酒の発注は終わってます、明日のお使いはありますか?」



 大将は冷蔵庫に貼り付けてあったメモ用紙を指さした。要するに、これを買ってこいということだ。

 『醤油・黒糖』か。学校が終わったら買いに行くとしよう。食材は大将が買い重たいモノは俺が買う、いつも通りのオーダーだった。



「分かりました、お疲れ様です」



 そして、俺は暗い夜道をテクテクとボロアパートまで歩いた。一週間後がとても楽しみだ。



 ちゃんと眠って、授業に集中出来るといいのだが。

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