第9話
009
「どうしたの? コウくん。急に呼び出したりして」
「いや、ちょっとな」
昼休み。
ようやくランチタイムが訪れたファニーな雰囲気を劈くように、月野は『通話しといて!繋いだままコウくんと話するから!』と強引に告げて教室の外に出ていった。
今日には俺が逆に知りたくないような親密な会話も増えてくるだろうし、選択肢だって最初からマニュアルに記してあるのだから俺はいらないだろうに。
ならば逆説的に、何か異常事態が発生していると思うべきか。こんな狭い空間に同じくして俺の認知出来ていない事件が発生していたなんて、学級とはなんと不思議な場所だろうか。
……というか、お前ら授業に集中しろよ。俺はさっきの時間で新しい英単語を三つも覚えたんだぞ。
「最近、クラスの連中がおかしくないか?」
「おかしいって、なにが?」
「……高槻の奴が俺に文句を言った日から、露骨に
ほう。
興味深い会話の向こう側に喧騒はない。恐らく人気の少ない校舎裏、第二倉庫のあたりにいるのだろう。
「誂うって、どんなことされるの?」
「も、モノを投げられたり。浮気者とか根性無しとか、そういう手紙がロッカーに投函されていたり。挙句の果てコンドームが机の中に入ってたんだ」
……ふふ。
イジメられてんじゃん。ウケる。
「とはいえ」
正直なところ予想していた展開の一つだ。
完璧で住む世界が違うと思ってた晴田が実は弱い部分も持つ人間だって気が付いて、ならば急げと妬み嫉みを晴らす迷惑度100%の嫌がらせを何者かが始めたってところだろう。
冷静に考えてみれば天才なら反感くらい買うでしょみたいな。それだけなら、まぁ実害を被って可哀想だと思わなくもないが。
あいつの場合は鼻にかかるような言い草とか、話者を相手にしない無機質な対応とか、いわゆる同性の友達がいない要因が出来事に直接作用していて『当たり前』という感想しか出てこなかった。
要するに、無自覚ハーレムなんてのは晴田が勉強の出来て喧嘩の強い超人だからこそ許されてた関係だから。そりゃ何者でもないパンピーの俺に負けちまったら、普通の反応になるに決まってる。
……しかし、それとこれとはまた別問題。イジメなんてバカ丸出しだと言わせてもらおうか。
俺自身弱者のストレス発散には一定の理解があるモノの、容疑者Xには『よくやった』よりも『そんなことしてる暇があったら自分がカッコよくなる努力をしろ』と助言してやりたい気持ちの方が強い。
無駄に時間を浪費してられるほど、きっと青春って長くないだろうに。
「先生に言ったほうがいいんじゃないかな」
「言えるワケないだろ? 犯人だって分からないし。もしかしたら、ミチルや他のみんなにも迷惑がかかるかもしれない」
断言するが、それはない。
なぜなら、本気でダメージを与えたいのなら最初からヒロインズをイジメた方が効果的なのにXはそうしなかったから。
俺がXなら晴田にコンドームなんて渡さず、ヒロインの内三人の机にピルを入れて残った一人に容疑をふっかける。
その方が明らかに晴田の無力感を煽ってイラつかせられるし、ならばXだって思いついた上で今回の方法を選んだハズだ。
……これは、少し帰納的推理が過ぎるだろうか。
まぁ、とにかくあり得ないってことだけ伝わればそれでいいのだよ。陰キャにも陰キャにだけ働く無駄な直感ってのがあるんだぜ。
「なら、どうして私に?」
「ミチルにしか相談できない。ミチルは、あの高槻をやっつけられる女だから」
「私なら、何とか出来ると思うの?」
「どうしていいのか分からないんだよ、お願いだよ……」
こんな形で達成度を知ることになるとは思わなかったが、我ながら震えてくるくらいに完璧ではないか。
ここまで計画通りに物事が進んだことなど俺の人生において他にないだろう。軍師策に溺れるというが、これだけ気持ちよければ策自体の虜になるのも頷けるってくらいに気持ちがいい。
よかったな、月野。お前は間違いなく晴田と付き合えるよ。
「……あれ?」
こいつ、相談しようとしてもどうせ俺がシカトするから証拠を突き付けてきたのか?口で説明するより証拠を見せようって、ついこの前まで惚れてるだけだった女が実行したっていうのか?
だとしたら、月野の成長速度はとんでもない代物だ。たけのこをも凌駕している。
俺は早速一杯食わされて溺れてしまったことを自覚して、割と浅めのため息をついた。
「晴田がねぇ」
改めてクラスの中を見渡す。ここは、何の変哲もないどこにでもありそうな普通の学級だ。
ハーレムがイチャついてないだけで、こうも当たり前の世界が広がっているのか。数日前まで恥知らず共がキャーキャー騒ぎながらラブコメをやっていたというのが嘘みたいに、何もない非日常な日常がここにある。
しかし、あそこで無邪気に笑い合っている奴がイジメをしてるかもしれない。あそこでボーっとしスマホをイジってる奴がイジメをしてるかもしれない。もしかすると体の弱い女子生徒が加害者かもしれないし、明日には俺がターゲットになるかもしれない。
そう思うと、途端にドロドロとしたカーテンのようなモノが視界を覆った気がした。この気持ち悪くて吐きそうな感覚は、嘗て俺が巻き込まれたあの日のモノと酷似している。
そして例え本人たちに被害がなくとも、更に苛烈さを増した嫌がらせが、晴田が傷つくことが、奴を愛する月野のストレスになり得るんじゃないだろうか。そうなった時、果たして月野はまともな精神を保っていられるのだろうか。
……終わってるね、本当に。
(シンジくん、どうすればいいの? 私なんかじゃ、どうにもならないよ)
(クク、知らねぇよ。ザマァみろと伝えてくれや)
それだけ呟くと通話を切って席を立った。月野め、せいぜい泣きつかれて甘えられる束の間の優越感でも楽しんでおくんだな。
俺は、保健委員の長峰に『保健室へ行く』と告げて教室を出た。
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