第8話
008
「おはよ。地元が一緒なのに、なんで今まで会わなかったんだろうね?」
「朝っぱらからこんな事言いたくねぇんだけどさぁ、お前マジでなに考えてんだ?」
「いいこと。これ、サンドイッチ。わざわざ作ってきたんだよ、一つどうぞ」
「なんだ、毒見か?」
「うん、コウくんに食べてもらうための毒見。マズかったら食べさせられないでしょ?」
攻略2日目。
そういうことなら仕方ないと思い、俺は電車に乗り込む前に月野が差し出したサンドイッチを一つ摘んだ。
ハムとレタスにマヨネーズとマスタードのソースを塗ったオーソドックスなサンドイッチ。こんなの、マズく作る方が難しいだろうに。
「どう? おいしい?」
「あぁ、うまいよ。これ、勝手に作ってきたワケじゃないんだろ?」
「うん。昨日ね、ケーキ屋さんで言われたんだよ。私の作ったお弁当食べたいって」
「そうかい。まぁ、男子高校生的に昼飯はもっとガッツリしてる方がいいと思うけどな」
「……いけない、ちょっとミステイクだったかなぁ」
なにワケ分かんねぇこと言ってんだ、俺を晴田みたいな鈍感と一緒にするんじゃねぇよ。
「まぁ、お前が義理堅いのは分かったよ。でも、こういうのはマジであいつの気を逆撫でするだけでなんの役にも立たねぇからさ。やめてくれ」
「うん。それでね、実は明日見たい映画が公開されるんだ。お礼に奢ってあげるから、一緒に行こうよ」
「『うん』じゃなくてさ。明後日、お前は晴田に告白して成功するんだよ。見たいならあいつとデートしてこい」
「なに? せっかくこの私が奢ってあげるって言ってるのに。これでも、私って結構人気者なんだよ? 知らないの?」
こいつ、なんか誤魔化そうとしてないか? せっかく上手くいきかけてるのに、わざわざ状況をぶっ壊すような行動しやがって。俺は月野を気に入って力を貸してるんだから、篭絡する必要なんてねぇっつーのに。
「お前なぁ、そんなに恩返しする気マンマンって態度を取れるのに。なんで今まで晴田に分らせるガツガツしたアプローチしなかったんだよ」
「……そ、それはさ。……ほら」
一瞬の静寂、学校と反対方向へ向かう電車がゆっくりと発車していく。
「好きな人には、いいカッコしたくてガツガツ出来ないじゃん。どうするの? 私が性欲塗れのエロ女だと思われたら。責任取れる?」
「エロ女はエロ女でいいだろ、一途に好きな男で発散すりゃいい。きっと分かってくれる」
「あれぇ? シンジくんって、もしかして一途なんて価値観を尊んじゃう性格なワケ?」
「だったらなんだよ」
言うと月野は高らかに笑った。クラスでは見かけたことのない、無邪気で誂うような笑顔だ。
「あっはは! 似合わない! シンジくんが一途に恋するなんて! あはは!」
「何が面白いんだよ。お前、晴田にも同じこと言えんのか?」
「……え?」
「一人の女だけをずっと好きでいて、相手が喜んでくれるように尽くして。カノジョが喜んだ姿を見るだけで自分がここにいていいんだって思えるような生活を求めて。それのどこに笑われる要素があるのか俺には分かんねぇ」
真剣が伝わったのか、月野は徐々に笑顔を曇らせて上目遣いに俺を見た。
「だ、だって。小学生の時、サオリちゃんとあんなことがあったんだよ? 裏切られて、辛かったでしょ?」
「辛かったよ。でも、それは俺が勝手に好きになって勝手に傷付いただけだ。あいつは悪くねぇよ」
「……それ、自分にも言うんだね」
さっきまでのバカにした態度はどこへ行ったのやら。妙にしおらしい仕草を見せたから、彼女の無自覚で生まれた罪悪感を拭うために仕方なくもう一つのサンドイッチを手に取った。
「つーかさ、仮に俺が裏切られたんだとしても、あいつとの恋愛が裏切りの種だったって後悔したとしても。だからといって次に惚れた女を真剣に想わなくていい理由にはならないだろ」
「そ、そんなのおかしいよ。また裏切られるかもしれないんだよ? シンジくん以外、みんな恋愛を斜に見てるかもしれないんだよ!?」
「その時はその時だ。こんな俺にも、カッコいいこととカッコ悪いことってのがある。むしろ、そんな俺を好きになってくれたんだってもっと愛する理由にしねぇと失礼じゃねぇかよ」
「だから、シンジくんの中では一途なのがカッコいいってことなの?」
「そうだ」
青臭いと言って人はきっと笑うだろう。恋愛とは実に残酷でどれだけ真剣に愛しても簡単に裏切られるんだって事も事実だろう。高校生にもなっておとぎ話のハッピーエンドを願うだなんてバカバカしいと蔑むだろう。
俺自身が、そんな事実を理解しているのが悪魔の証明なのだろう。
「けれど、それでも俺は一途でピュアな恋愛を信じてる」
だって、この世界には確かに慎ましくても温かくて幸せな家庭がある。みんなが幸せにいられる空間が存在している。ならば、無責任に離れ離れになってしまった俺の父と母だって、出会った頃はきっとそうだったハズなんだ。
……ただ、二人は不幸にもどこかで間違ってしまっただけ。
失われただけで、最初から存在しないワケじゃない。人は忘れる生き物だから仕方のないことなんだ。幼い俺を捨てたのだって、大人にも耐えられない事情ってのがあったハズだ。
その証拠に、俺がいる。
両親は絶対に愛し合ってた。ちゃんと好き合ってた。本気で互いを思い合ってた。そうじゃなきゃ、俺が生まれていいハズがない。それだけは絶対に間違ってるハズがないんだよ。そうじゃねぇとおかしいんだよ。
何度でも言ってやる。俺は、絶対に間違ってねぇ。
「だから、信じてんだ。それがこの世界で一番幸せだってこともな」
「……シンジくん」
「月野はどうなんだ?」
思わず聞いてしまった。
ハーレムを容認していたのに、みんなで仲良く惚れてるという気持ちの悪い関係に落ち着いていたのに。
何が原因かは知らないが、ちゃんと独り占めして付き合ってみたくなったり。そうかと思えばこの状況で俺の言う事を聞かなかったり。
例えば、月野が晴田の恋人になったとしても、晴田が他の女の告白を拒むとどうして確信出来るだろうか。
知らないところでそっちとも付き合っていたり、或いはやっぱり『こいつもカノジョってことで』みたいに今のサークルが復活するかもしれない。
今日までのあいつを見ていれば、確かに俺の考えつかないイカれた事をしてもおかしくない。むしろ、多くを手に入れられるならば大抵の男はそうしたいって思うのだろう。女を思うがままに操れるなら、そうするのが当たり前なのだろう。
故に、たった一人になれるのは数日で、そこに序列があったとしてもやっぱり多くの女の一人になるかもしれない。好き勝手に体と情緒を弄ばれて、最後には無責任にスットボケられるかもしれない。
「それでも信じたから、晴田を手に入れようと思ったんじゃねぇのか?」
月野ミチルは、分かりやすい女に見えてその実すべてがチグハグで雲のように掴みどころがない。本当の彼女は、一体どこにいるのだろうか。何を信じて、恋愛に身を投じようと思ったのだろうか。
俺には、少しだって分からなかった。
「……ごめん。ちょっと、答えられない」
「そうかい」
だろうな。
人間、そう簡単に自分の弱点なんて曝け出せない。ましてや、たった2、3日前に話し始めた俺が相手じゃ打ち明けるほうがおかしい。それこそ、親や友達に相談してまともな意見を受け入れるべきなんじゃねぇのかって俺も思ってる。
語ったついでに、ちょっと聞いてみただけだよ。深い意味はない。
「ほら、そろそろ電車が来ちまう。6両目だぞ、間違えるなよ」
言いながら、俺は少しだけ調べた月野の過去を思い出して『仕方ない』と結論付けた。過去によって俺がネジ曲がったのと同様、少しだけ俺に似ている彼女の過去に何かがあったのは自然なことだ。
……まぁ。
俺がこいつの過去の出来事の断片を知ってるのはさ。それも仕方ないことだって思ってくれよ。
だって、月野が本当に助けるべき女なのか。そこんところの確証が、どうしても欲しかっただけなんだ。
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