第7話

 007



「今日、コウくんから放課後デートに誘ってくれたんだよ。あのやり取りの後、ラインで『放課後ヒマ?』って」

「そうか、予定通りだな」

「うん。『一日目、放課後E』のパターンだった。会話も概ねシンジくんの想像通り」

「町家繁華のケーキ屋に行ったのか?」

「そうだよ、おいしかった。シンジくんってさ、チョコレートケーキ好き?」



 このバカ女、まだ分かってねぇのか。



「……夜、寝る前に晴田に連絡しておけよ。何気ない会話も、晴田が自覚してる今こそ効果的だ」

「んもぅ、世間話も出来ないのかよぉ。ね〜ぇ〜」



 俺はとっとと通話を切って晴田の元カノとやらの情報をまとめていた。



 結論から言えば、付き合っていたかは限りなく怪しい。恋人と呼ぶにはあまりにもそれらしい証拠が見つからなかったからだ。



 幼馴染みってことでいつも一緒にいたのは間違いなさそうだが、かと言ってどちらかが告白した噂もないらしい。これは、二人をよく知る人間から直接聞いた話。



 何だかんだ言って告白って大切だ。もしも無かったのだとしたら、いつの間にか付き合ってるって感じた時にちゃんと事実を確認するべきだ。告白の素晴らしさ、どうしてみんな理解しようとしねぇんだろう。



 純愛派の俺としては、かなり理解に苦しむぜ。



「……ふぅ、目が痛い」



 それに、その辺のことに対して女は男よりもよっぽどシビアだからな。勝手に安心しきって関係に甘んじて、幼馴染みを引き留めておかなかったあいつが悪いとしか俺には言いようがない。



 とはいえ、それにしては証拠が少なすぎたのは気になった。少な過ぎたというのは、つまり付き合っていなかった証拠も少ないということなのだ。



 もしも誰かが意図的に削除したのなら、この件はまったく別の答えが浮かび上がって状況が変わってしまう。

 或いは、ミスディレクション的な叙述トリックがあるのだろうか。手元にある少ない資料では違和感ともいえないモヤモヤが募るのみだが。



「今はそこまで気にしてらんねぇし、興味もねぇな」



 というか、そんな事実を月野に突き付けさせるワケにはいかない。あいつが晴田に嫌われたら元も子もねぇよ。



 俺がやるべきは思い込みで勝手に寝取られた(暫定)と思ってる晴田を貶すことではなく、この情報をどうやって月野の恋愛に役立てるかというその一点だ。



「要するに、トラウマを忘れさせてあげればいい」



 晴田の根本的なコンプレックスは、客観的には『付き合っていたと思っていた勘違い(暫定)』だが、あいつの主観的には『残酷に裏切られた可哀想な自分』であるということを忘れてはならない。



 つまり、今でもあいつは好きになった女が既に付き合っていると思い込んでしまう可能性が高いということだ。

 そうなれば、下手に『付き合ってください』と月野に言わせても『なんで今更?』という不和が浮かんでくるだろう。



 ならば、月野の告白の言葉はたった一つ。



 『私たち、もう付き合ってるんだよね?』だ。



 これほど晴田にとって甘やかな言葉はない。嘗て、自分が待ち焦がれたセリフを貰えることほど報われる喜びもない。逆の立場になって考えれば、罠だと分かっていても飛び込みたくなる香りをを感じるだろう?



 そして、鈍感なあいつが興味を示すのは奴にとってクリティカルな物事だけだ。本当に厄介な性格をしているが、しかし逆に言えばそれを突くだけで常人の何倍も喜んでしまうという弱点でもある。



 良く言えば職人気質、悪く言えば発達障害。どっちの言葉を使うかはそれぞれの感性に任せるとして。俺の考察が正しければ、間違いなく月野の物語はハッピーエンドに向かうだろう。



 そんな自画自賛を享受して、俺は2日目からのマニュアルをバージョン1.02にアップデートしながら甘いミルクコーヒーを飲んだ。



 甘くて、甘ったるくて。口と胃の内側が萎みゴワつく甘さ。親も兄弟もいない俺を唯一甘やかしてくれるこいつが、俺は大好きで仕方ない。



 冷蔵庫にはまだまだストックがあるが、飲んでいいのは1日に一本だけ。死んでしまった婆ちゃんの言い付けだ。俺を育ててくれた人の言葉だから決して忘れるワケにはいかない、天涯孤独の俺を縛る数少ない約束の一つ。



「ふぅ」



 しかし、今回の件は退屈な生活のいい暇つぶしになったな。他人の恋愛を助けるのが、まさかここまで面白い事だとは。



 ……だが、面白いのはどうしてだ?



 人を俺の思いのままに動かしている優越感のせいか?それとも心の奥底に眠っていた奉仕の気持ちが活性化しているからか?或いは月野という迷える美少女を導いている達成感か?



 月野に頼られてその悩みを解消してやってる。そういう自覚はある。嫌いな男を自由にコキ下ろして必要以上に悪役を演じる自分がいる。そういう自覚もある。ただし、それ以上に満足感を与えている謎の要素の正体をどうしても掴めないでいるのだ。



 これ、一体なんだろう。俺は婆ちゃんが死んで一人になった日以来、初めて自分の心の内側を考えた。



 けれど、分からない。婆ちゃん、もしも婆ちゃんの知恵袋に答えが入っているのなら、今日の夢枕に化けて出てくれると嬉しいな。

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