第6話
006
昼。
俺は予想通り晴田に声を掛けられていた。プライドの高いこいつが、勝負を負けっぱなしで終わらせるなどあり得ないから容易に想像出来た展開だ。
しかし周りをヒロインズに囲わせているのか、勝手に彼女たちが囲っているのかは分からないが、この期に及んで奴に一人で戦う度胸はないらしい。
臆病なのか周囲に興味がないのか。いずれにせよ、俺の持ってないモノを全部持ってて本当に羨ましい奴だな。
「この前の悪口を彼女たちに詫びてくれ、お前は間違ってる」
「詫びろって、どれのことだ? 無駄な努力してるバカだって言ったことか? それとも、本気で手に入れる努力をしない怠惰なアホだって言ったことか?」
「そういう事のすべてだ! お前は! 彼女たちを傷つけたッ!」
相変わらず5W1Hの足りてない感情論だ。こいつの発言は一見耳あたりがよくて筋が通っていそうだが、その実中身はスカスカで何一つ相手を説得する気になっていない。
ズバリ当ててやる。晴田が本当にやりたいことは、俺と同じように敵を説き伏せて自分が気持ちよくなることだ。
だから、あっさり意見が揺らぐ芯の弱い奴だったり、傷付いている弱い奴だったり、自分よりも筋の通っていないアホ相手には大きな効果がある。そこに、女を追加してやってもいいかな。
言ってみれば、証拠と動機を重視する俺の弁論が通用しない相手に晴田は強いのだ。人を惹きつけたり魅了する言葉が、決して正論ではないことをこいつは才能で知っているのだ。よくある三竦み、ジャンケンポンの関係と言って差し支えないだろう。
ここに関して、実のところ俺は正誤を唱えるつもりはない。剣士は剣を、魔法使いは魔法を。得意な武器で戦うことこそが闘争の原則であり、ともすれば弁論だって勝つための手段に様式美は存在しないからだ。
もちろん、俺の好みの方法はあるのだが。少なくともこの計画に俺の正しさを持ち込む気概はさらさら無ぇのだよ。
「フェアじゃねぇなぁ」
「……なに?」
「だって、事実じゃねぇか。他の連中の気持ちも考えず、クラスの中でイチャイチャしてるの。そこの部分が迷惑だって話から始まってるのに、お前らに何のお咎めもなく俺だけ謝るのはおかしいだろ」
「そういう問題じゃない!」
「そういう問題だろ。まったく、わざわざ呼び出してまで頭悪いこと宣うんじゃあねぇよ」
言い過ぎだ。
俺の返事は決して賢いモノではない。奴に女がついている以上、他に誰もいないこの場所で客観的な判断を下すのは彼女たちなのだから。
奴に惚れている女の目の前で必要以上にコキ下ろして。そんなの、理論だ証拠だ言う前に心象で悪者になるに決まってる。
というか、ダメだろ。いくら相手がバカだとはいえ同じ男としてこれ以上男のプライドを踏みにじるようなマネは。
「高槻……っ」
「名前だけ呼んだって仕方ねぇよ、もう少し考えてから喋れや」
個人的には、戦争と恋愛にも超えちゃいけない一線はあると思う。そして、俺は分かっていてそいつを超えるクソ野郎だ。ナチュラルでないぶん、厄介で逃れられないから月野は俺を仲間に引き入れたのだろう。
終わってるね、どこまでも。
「ふざけないでよ!」
そして、そんな騒ぎを聞きつけたヤジウマに問題の核を考察する上等な思考なんて無いことも知っている。批判されている奴を悪だと思い込み、気に食わないフレーズだけを意識に留めて、彼らは見事に正義ごっこをやってのけるのだ。
素晴らしいね。俺はそういう民主的なやり方が大嫌いだよ。
「あんた、絶対に許さないから! コウはあたしたちの為に言ってくれてるの! あんたみたいな自己中な奴とは違うの!!」
しかしながら、つまりここを裁けるのはヒロインズの誰かであって、同時に晴田攻略の糸口はここにある。第三者という立場を利用することこそが、客観的な正義を得る一番の方法なのだ。
「……もう、止めようよ。みんな」
「み、ミチルちゃん?」
泣いた赤鬼って童話があるだろ。今から起きる茶番は、言ってみればあれの応用だよ。
「コウくん、私たちが悪いよ」
「ミチル、なにを!」
「ごめんね、シンジくん。変なことに巻き込んじゃって」
ヒロインズは、味方の裏切りに言葉を失っている。しかし中でも最もショックを受けているのは、他でもない晴田だった。
もちろん、見せ場はここからだ。是非とも刮目していただきたいね。
「なんで、そんな事言うんだよ。ミチル」
「仕方ないよ、相手は子供なんだもん。私たちまで同じ目線に立ったら、同じステージにいると思われちゃう」
瞬間、晴田は我に返ったようだ。『喧嘩は同じレベルの者同士でしか発生しない』という格言くらいは知っていたらしい。
相手にしないというのはこの世界で最も相手をバカにする行動だ。一番残酷な方法とはシカトであり、要するに月野は一番残酷な方法でバカにしてやろうと迂遠な言葉で晴田に伝えたのだ。
そうしてプライドの高い晴田が手に入れたのは、格下の戯言を許してやる余裕。加えて、これ以上ぶん殴らないであげる優しさ。喧嘩において、これ以上のメリットなど探す方がアホなレベルだと確信して言える。
月野は、それに気づかせてくれた女となったのだ。
「言うじゃねぇかよ、お前」
「……っ」
おまけに、晴田からすれば月野のお願いを聞いてあげるというポイントも稼げてオイシイ。この計画は、幾つもの重要なファクターを含んだターニングポイントと言える。
即ち、月野がいれば自分に泥を塗った悪魔のような男も怖くない。プライドの高い晴田の心を優しく折るには、充分過ぎる証拠になるというワケだ。
喜べ、お前がいないと晴田はもうダメになる。想い人に必要とされる幸福を、死ぬほど噛みしめて小粋なダンスでも踊るがいいさ。
「わ、私たちが、大人になってあげないとさ。ほら、よ、弱い者イジメしてるみたいで可哀想だよ」
そうそう。ちゃんと台本を覚えてて偉い。
「私、もう……っ」
あれ、どうした?もう少しだぞ。
「私はもう、コウくんが傷ついてるところ見たくないよ。こんな、こんな……」
完璧ではないが、及第点には足りていた。
もう少しで終わる、最後は『こんなサイテーな男、放っておこう。関わるだけ時間の無駄だよ』だぞ。作戦は無事に終わってこそ、初めて意味を持つのだから。
「こんなサイテーな男、ほっとこ。私は、いつものコウくんがいいよ」
「み、ミチル……っ」
正直なところ、彼女のアドリブは俺が考えたセリフよりよかった。もっと言えば俺好みだった。
晴田の表情からも明らかに見直して惚れつつあるのがよく分かる。俺をこき下ろして分かってあげてるとアピールするよりも、真剣な気持ちを持ち出して説得し通すとは。
やっぱり、考えた言葉じゃ恋してる奴には勝てねぇな。
……しかし。
何とかして晴田の興味を引かないといけないのに月野は決定的に俺の悪口を言う事を拒む。グレーな中でも出来るだけフェアプレイに落ち着きたがる半端な部分が、俺と月野の最大な違いだと俺は思った。
月野の性格も調べておくんだった。考えてみれば、普通の女子高生が良心の呵責も無く冷酷に徹せられるワケがない。
「……あぁ、なるほど」
思わず呟いてしまったのはどこかで分かっていたからだ。俺に少し似ているお前が、俺みたいな本当の捻くれ者にならないようにしていたのか。
素直じゃないのは、俺もだな。
「な、なにがだ?」
「なんでもねぇよ。つーか、見逃してくれんのか?」
「……あぁ。お前と関わるとロクなことがないからな」
「そうかい、なら先に戻るぜ。俺はお前らの王様ごっこそれ自体に文句言う気はねぇからよ」
言って、鼻で笑い連中を追い越そうとした時。
「待て」
「あ?」
「殴り返せ、それでこの件は終わりだ」
……ははっ。
「なに言ってんだ、バーカ」
俺は最後まで他人の心配をしているふうに自らの責任を押し付け、被害者ヅラをこいて自分の保身に走る晴田に辟易として笑ってしまったよ。
だって、そうだろ?
女の青山ですら、手を出したことを正しいと信じて謝らないでいるのに。罪悪感を抑え例え咎められて罰を受けたとしても、俺を殴った事が絶対に間違ってないと前を向いて生きているのに。
……こんな気持ち、初めてだ。
俺は、腹の底から晴田コウが嫌いだった。
「な、なによ。その目。やめなさいよ……っ」
本気で人を軽蔑する目を見るのは初めてか、青山。
怯えるなよ。これで結構、俺はお前のことも尊敬してるんだぜ。好きな男の為に手ぇ出すなんてなかなか出来る事じゃねぇからな。
「別に。俺はか弱い男だからよ、お前が代わりにぶん殴っといてくれ」
「はぁ!?」
「じゃあな」
余計なことを言うから、せっかくの完璧な計画が崩れちまったじゃねぇかよ。ヒロインズの中に少しでも頭がまともな女がいたら雰囲気がガラッと変わりかねない。
しかし、まさかここまで責任感のない人類が存在しているとは。ましてや、そいつが美少女たちからモテまくるラッキーに恵まれるとか。
幾ら何でも理不尽過ぎるだろ、リアルワールド。もしかして、そういうしょうもなさが女の庇護欲を煽って『私がいないとダメ』と思わせてるのか?
ならば、曲がりなりにも一人きりで戦っている俺が誰からも好かれるワケがない。一人で辛い思いをして、一人で喜びを噛み締めている俺が惚れられるワケがない。
……いや。
一番の問題は、俺があの童話の赤鬼とは正反対の性格をしているってところか。
ケッ、しょーもねぇ。
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