第15話
015
月曜日、つまり学校の日。
登校中、俺は月野の『待ってて』という言葉について考えていた。
なぜなら、頑張ってる奴の足を引っ張る人間が心の底からムカつく俺が、そのクソ人間になることだけは避けねばならないからだ。
その縛りを遵守して山川の依頼を達成するためには、争いの現場に足を運ばず、しかし当人たちだけで問題を解決させる手段が必要にになる。
まるで、キャンバスも無いのに絵を描けと言われているような気分だ。その為に出来るトンチの効いた解決方法とは、果たしてなんだろうか。
……それにしても。
最近は何かを考えたり思い出したりするたびに月野がノイズとなって困っている気がする。せめてあいつがいなければ、もう少しくらいはスンナリといくモノを。
放っておけないってのは、本当に久しぶりの感覚だ。決定的ではない、しかし他の奴とは明らかに違う。この理不尽にも似た正体不明の感情に、敢えてありがちな言葉を当てはめるのなら。
「『気になる』。そういう顔をしてますなぁ」
……いつの間にか駅前まで来ていたらしい。
気が付かないくらい考え込むなんて、まるで卵の殻を被った雛のようにバカ丸出しな自分がおかしかった。目の前で笑っているのは、まごうことなく月野ミチル本人だ。
「おはよう、シンジくん。今日はなに考えてるの?」
心を見透かされたのかと思ったが、普通に気になっただけらしい。まぁ、お前までサオリみたいになったら困るし。ちょっとおバカなくらいがちょうどいいだろう。
「シンジくん?」
「あぁ。おはよう、月野。ちょうどお前のことを考えてたよ」
「……あ、あああ朝っぱらから口説かないでくれる!? 困っちゃうよ!?」
「ちげぇよ。昨日の泣きそうな
言うと、月野は肩を落として深い溜息をついた。そこまで露骨にガッカリされると、ラブコメっぽいセリフを言ってやらなかった俺が悪いみたいじゃねぇか。
「どういう意味?」
「お前が傷を負うことで問題を解決する方法を俺は否定しない。しかし、傷を負うこと自体が目的になることは問題を解決に導かないんだ」
月野は、驚いた表情を浮かべると半歩後ろに下がり俺と目が合わないよう隠れた。
「……でも、それでクラスが平和になるならいいんじゃない?」
「ダメだ」
どうして?
その理由を、月野は聞いてこなかった。きっと、俺も俺で明確な答えを持ち合わせていなかったから、彼女の甘さに助けられたと言ったところだ。
チャンス到来。ツッコまれるより先に、別の話をしてしまおう。
「なぁ、月野。お前はこの問題をどうしたいんだ?」
「どうって、どういう意味?」
「保留したいのか、忘れたいのか、すり替えたいのか、消失させたいのか、解決したいのか。想定できる結末はいくらでもあるだろ」
立ち止まると、彼女は俺の右肩にコツンと額をぶつけ、慌てて方向を変えると再び後ろについた。どうしても目を合わせるのは嫌みたいだ。
「……綺麗事かもしれないけど、やっぱり私はみんなと仲良くしていたい。クラスからキモいって思われないような、もっと正しい形がきっとあると思うの」
「なら、仲良しに戻るという目的に対して、お前が犠牲になることは適切な方法といえるのか?」
少し寒くなったからアイロンをかけておいたブレザーの裾を、月野はギュッと握って黙り込んだ。一体どんな表情をしているのだろう。怯えていたり、恐れていたり、そういった感情は伝わってこない。
「ごめん、シンジくん。私、間違ってたかも」
「そうか」
「んふふ。というか、ありえなくない? 待っててって言ったのに、まだ相談もしてないうちから勝手に私のことを考えて勝手に助けちゃうなんて。最早キモいを通り越してキモキモいだよ」
「普通、キモさを通り越したらカッコよくなったりするんじゃねぇの?」
聞くと、今度はちゃんと肩を叩かれたから立ち止まって振り向く。しかし、彼女は「んふふ」と小さな笑い声だけをここに残して、俺が振り向いた方向の死角へとスルリと抜け出しホームの先端の方へ向かった。
「私、別の方法を考えてみるよ。一人で考えたいから、シンジくんはここで電車に乗ってね」
「あぁ、分かった」
ナチュラルに俺が一緒に登校したがってることにしようとした傲慢には、この際目を瞑るとしよう。
「そうだよ。私、みんなのこと嫌いじゃないんだよ。憎んでなんていないし、ましてやシンジくんみたいに舐め腐りたいとは少しだって思ってないんだ」
「そうかい」
「だから、待っててね。シンジくん」
お節介だった気がしないでもない。けれど、出来事の前後を考えるならば前提だけは共有する必要があると思ったのだ。
言い訳をこじつけるならば、俺が提言したのはコペルニクス的転回というか、QOL的な器用に生きる考え方についてというか。
とにかく、方法に対する口出しはしていないのだからギリギリセーフのラインと言えるだろう。『魚を釣る方法』ではなく『魚を釣りに行く方法』を教えたといえば分かりやすいだろうか。
……誰に言い訳してんだか、バカバカしい。
「ふぅ」
それはさておき、俺は俺で動くために、実のところ本件において一人だけ俺が直接対決しても文句の出ないであろう人物に心当たりがあった。
しかし、誰なのかは分からない。心当たりがあって正体不明というのもおかしな話だが、なぜならそれは俺と月野を第二倉庫へ閉じ込めた犯人だからだ。
仮に容疑者Zとでも呼称しておこう。こいつを探すことが差し当たって今の俺に出来る唯一の行動だが、見つけたとしても何を聞くべきかが分かっていない。
分からないから、俺は思考を一時的にポーズして遠い場所に目を向けた。
「……いいね」
車窓からの景色は、いつの間にか紅葉を始めた山々が美しくなっている。まだ緑の残るまだらな山渓から三つの小川が流れて湖に合流し、そして一つの大川となった水が海へと旅するこの土地は、実は登山家たちの間では評判のスポットであるようだ。
やはり、俺はこの街の景色が好きだ。町家から離れればすぐ田舎、このくらいのバランスがちょうどいい。
……ところで。
みなさんは、なぜ紅葉を見ることを紅葉狩りと呼ぶのかご存知だろうか。
あの言葉の由来は、どうやら平安時代に遡るようで。身分により安易な理由で宮廷から外出することができない貴族たちが、『狩り』という高尚な言葉を借りて美しい景色の中を自由気ままに散歩する理由にしたそうな。
つまり、貴族というルールが作り出した風流な言葉遊び。それこそが、紅葉を狩るという奇天烈な発想の語源なのだ。
「……そうか、ルールだ。集団には、必ずルールが存在する」
ならば、あのハーレムに存在していたルールとはなんだろう。みんなで平等に晴田を好きでいて、みんなで欲求不満を分け合って、それで満足するために課されたルールとはなんだったのだろう。
異次元の話すぎて、思考する材料の無い今はいくら脳みそ捏ねくり回したって答えが出ないことは明らかだ。ならば、あのヒロインズに触れないようルールを探り、その裏をかいて策を練るのがいいだろう。
「何にせよ、ハーレムを観察していた奴を探さねぇと」
憎たらしいことに、あの三人、まぁ月野を含めれば四人だが。揃いも揃ってみんな美人だ。ということは、男子高校生の最大分母であろう面食いな男をあたっていけば、いずれそういう人間に出会えたりするのだろうけど。
しかし、それはあまりにも俺らしくない。そもそも、手当たり次第に探るには体力も時間も足りない。
第一、少なくとも頭脳と口先を使ってここまで来たのだから、実績のある方法に徹した方が効率もいい気がするのが素直な感想なのだ。
何か、手掛かりはないものか。
「……あ」
いやいや、何人もいるじゃないか。きっと、ずっとハーレムを眺めていたであろう連中。直接の面識はないが、既に俺のことをご存知であろう、廊下からいつも覗いていた月野のファン的なサムシングたちが。
試しにそこから探ってみよう。俺たちを閉じ込めた人間を知ってる可能性も、一番高いだろうしさ。
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