第16話
どうやら埼玉に同じ地名があるっぽいので、舞台の名前を『町谷』から『町家』に変更しました。
――――――――――
016
部室棟の奥の奥。普通に学校生活を送っていれば3年間足を踏み入れなかったであろう、非常口の緑色ががカチカチと点滅する不気味なエリアに、ユラリと佇むようその部屋はあった。
「うわ、スゲェな」
思わず呟いてしまったのは、小窓を隠すカーテンの隙間から、少しだけ覗き見える部室の壁にビッチリとアイドルポスターが張り巡らされていたからだ。まるで音楽室の肖像画だ、ベートーベンよろしく深夜に笑ったりするんじゃないだろうな。
……それはそれで、部屋の主は喜ぶのだろうか。一瞬だけ妄想して、その気味の悪さに身を震わせてから俺は扉をノックした。
昼休みが始まってすぐ、日差しが暖かい頃の出来事だった。
「……お前、高槻シンジだな。その顔はよく知っているぞ」
恐らく、歓迎されていないのだろう。
現れた低い声の主は、モサモサ頭と巨大な体にXXLサイズのシャツを着た如何にもオタクって感じの男だった。こう言っては何だけど、直感的に彼とは仲良くなれそうだと思った。
「あんたのネクタイ、俺と同じ2年だな。名前を聞いてもいいか?」
「……E組、岸本」
「岸本か、よろしく。俺は、知ってるなら別にいいか」
気が向いたから握手を求めると、岸本はスラックスでゴシゴシと手を拭いて俺の手をおっかなびっくり握った。しきりに目線を気にして、なんだか可愛げのある奴だ。
「中、入っていいか?」
「やめとけ、汚いぞ」
「構わない、少し話を聞かせて欲しいんだ。ここに月野ミチルのファンがいるって聞いてな」
「えぇ!? ミチルちゃん!?」
月野の名前を出した瞬間、中からやたらとテンションの高い女の声が響く。その声の主は岸本が挟まっていた扉をガラリと開くと、俺の体を押し退けて廊下へ飛び出した。
「どこどこどこどこどこどこ!? ミチルちゃんどこ!? どこにいるの!?」
「お、落ち着いて。青海先輩」
「ミチルちゃんはどこにいるの!? あっ! テメーは高槻シンジっ!! 何しに来たんだこらぁ!? あぁん!?」
なんだこの生き物は、見た目に反してガラが悪過ぎだろ。
「岸本、彼女は?」
「か、彼女は三年の青海カナコ先輩。多分、お前が話したい相手は小生じゃなくて彼女だよ。高槻シンジ」
言われ、改めて青海先輩の姿をよく観察することにした。
丸い眼鏡と三つ編みが妙にステレオタイプの委員長を連想させる、小柄な体躯と比べてなぜか太ももだけがアンバランスにムッチリしている女子生徒。
……これが月野の熱狂的なファンの一人か。
言われてみれば、確かに教室前で何度かニアミスした顔だ。失念していたが、岸本みたいに目立つ奴が見に来ていたなら俺が知らないハズないもんな。
「すいません、青海先輩。少し、話をさせていただきたいのですが」
「却下!! 高槻シンジ!! あんたの話だけは絶対に聞かないからねっ!? 却下却下却下!! ダメ〜っ!!」
……。
「実はですね、月野の弟が俺の友達なんですよ」
「なんですって!? ショタ過ぎて声をかけられなかったカケルくんが!? あの子もマッジでかわいいよね!?」
その発言は流石に一線超えてるだろ。
「こ、ここに彼から送られてきたパジャマ姿の月野の写真があります。見たいですか?」
「その写真を置いてけぇ! 置いてけぇ! なぁ! 置いてけよ!!」
もうやだ、この人怖い。
「ひとまず、話だけでもさせてもらえますか? 写真はあげますから」
「……まぁ、話だけだかんね! 情報は教えてあげないかんね!」
しかし、ここにきてまさかの強烈な新キャラ登場である。
ぶっちゃけた話、既に出会っている何者かが実はファンであってスムーズに情報収集できる方がありがたかったのだが。暗黙の了解を破られたみたいで少し不服な気分だ。
俺はパイプ椅子に座って岸本が出してくれたお茶に口をつけると、ひしめき合うアイドルポスターを改めて見渡した。部屋に顔写真があると、見られているみたいで落ち着かないな。
「それで、高槻シンジ。話って?」
どうやら、プンスカしている青海先輩の代わりに岸本が相手を務めてくれるようだ。彼が落ち着いた奴で助かる。
「単刀直入に聞きます。先日、青海先輩は俺と月野を閉じ込めた人間を見ましたか?」
「……なんで、私にそれを聞くのよ」
食いついた。意外とあっさりしているというか、隙のある性格というか。
「単純な話です。扉が倒れる音を聞ける場所へ、既に守衛さんを連れてきてくれた人間がいたから。あれは、あなたの差し金ですね? 時間差は、まぁあなたなりの葛藤があったのでしょう」
あそこは大声すら届かない場所だから、みんなが役割通りの場所にいれば扉の倒れる音も聞こえてないハズ。ならば、既にこちらへ来ていた者が音を聞いたというのが自然だ。
「待てよ高槻シンジ。なぜ、それが青海先輩だって分かるんだ?」
ぶっちゃけた話、教室の前にいた1年を捕まえて話の出処を順々に遡ってきたからなんだけど。ここである程度の実力を示しておかないと、岸本や青海先輩の興味を引くことが出来ないと直感した。
……ちょうどいい機会だ。鵜飼さんのレッスン、物事の前後を考える練習としてそれっぽい推理でも立ててみるか。
「逆に聞くけどよ、岸本。なぜ、お前は俺たちが閉じ込められたことを知ってたんだ?」
青海先輩と岸本は『しまった』という顔で互いに顔を見合わせた。こいつら、さてはかなり仲が良いな?
「それでなくてもヒントはあったんだ。まず、月野は常備品だけじゃ足りなくなった道具を第二倉庫へ取りに来ていた。普段は一クラスで使っても足りる常備品が足りなくなるワケだから、別のクラスも体育館を使っていたと考えるのが自然だ」
「う、うん」
「授業の内容を先に知れば生徒の興味を削ぐ都合上、同じ学年ってことはないだろう。更に、使いっぱしりを寄越すなら下の学年が自然。この時点で同室していたのは三年の女子に絞られる。体育は、男女別だからな」
一拍置くために、岸本が淹れてくれた緑茶を一口。
「あとはクラスと青海先輩についてだが、そこについては推理する必要がなかった。なぜなら、俺がこの場所へ来た理由もこれと同じモノが2年B組にあったからだ」
言いながら、パソコンデスクに平積みされていたモノの一つを取った。
「部活紹介冊子?」
「あぁ。こいつを見るまで知らなかったが、アイドル研究部なんてマドンナのおっかけにはお誂え向きなクラブだろ。部長の名前は青海カナコ。
「ぐぬ……っ!」
「つまり、あの日体育館にいた3年生の女子。加えて月野の熱狂的なファンである可能性を持つ生徒。そいつこそが月野を尾行したのだと考えたため、該当した青海先輩が怪しいと結論付けました。以上です」
それを聞いて、青海先輩は野犬のようにグルルと唸り「ワン!」と吠えてから、顔を真っ赤にしてテーブルを叩き勢いよく立ち上がった。
「きぃ……っ!! 岸本! なんなんだこいつはぁ!? なんか言え! なんか言ってやっつけろ!」
「ひぇ……っ。な、なら高槻シンジ! なんで青海先輩が月野ミチルを閉じ込めたと考えないんだ!?」
「ここへ来た時に確証を得た。さっきみたいな反応を見せるくらい月野を好きな人が、あいつを傷つけて喜ぶワケがない」
「は……っ!」
「そして、見た通り先輩が嫌ってるのは俺だ。憎しみがあるなら俺へ向けるに決まってるだろ。彼女は例え俺だけをを閉じ込めることはしても、月野と二人同時に閉じ込めることはありえない」
すると、青海先輩は「ぎゃあ!!」と叫んでから真ん中のテーブルに突っ伏してばたんきゅうと沈んだ。さっきの異議で一緒に立ち上がった時だろう、呆気に取られた岸本の腹のボタンが一つ無くなっている。
「納得、してもらえました?」
青海先輩が勢いで倒さないよう持ち上げたお茶を飲んで、静かにコップをテーブルに置いた。
「……教えるわよ」
「えぇ?」
「どうせバレるから先に見たことを教えるって言ってんの! んもぅ! だからあんたなんて会いたくなかったのに!」
「すいません」
どうやら気に入ってくれたみたいだ。
既にある結果へ後から道筋をこじつけるなんて前代未聞だろうけど、目立った矛盾もなく上手く行ったのなら万事オッケーってことで。
「いや、本当に驚いた。どうりで噂になるワケだ」
「噂?」
「あぁ、『2年の高槻シンジは必ず真実を暴くから、
思っていたよりもずっと不本意な噂が流れているようだったが、しかし岸本ならば俺が先送りにした例の容疑者Yの正体も知ってるかもしれないと思った。
「その噂の出処、わかるか?」
「いや、クラスの男子たちが話してたのをコッソリ盗み聞きしただけ。小生、教室には友達いないから」
普通の奴ら、安心してくれ。
これは岸本の心の叫び的カミングアウトではなく陰キャ特有の自虐ネタだ。むしろ進展、彼が少し俺に興味を持ってくれたと考えるべき状況なのだよ。
「そうか、残念だ」
「悪いな、役に立たなくて」
「気にしないでくれよ。それにしても、ウチの学校の生徒はもう少し頭のいい連中だと思ってたけど。意味の分からん噂はやめて欲しいぜ」
「頭がいいからこそ、疚しいことがあってお前に近づかないようにする戒めなんじゃないか?」
「おお、それいいね。俺の天邪鬼な血が騒ぐ」
「ふ、ふひ。小生、男に褒められても何も嬉しくないに決まってますぞ」
分かりやすく喜ぶ岸本を見て、なぜ彼が青海先輩に可愛がられているのかがよく分かった。きっとこの二人は俺が関わってはいけない善い人たちだ。用事だけ済ませたらとっとと消えることにしよう。
「それで、青海先輩。俺たちを閉じ込めたのは誰だったんですか?」
「……一応聞くけどさ、高槻。あんた、本当は分かってるんじゃないの? それを暴くことで、何がしたいの?」
「晴田コウを救います」
なんの迷いも無く口から出た言葉。大嫌いなあいつの行く末を心配するなんて、俺もとうとうヤキが回ったのかもしれない。
「ミチルちゃんは、西城高校のスーパーアイドルなんだかんね?」
「覚えておきます」
「あんたみたいな男が独り占めしていい女の子じゃないんだかんね?」
「留意しておきます」
「……なら、教えてあげる。第二倉庫に鍵を掛けたのは――」
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