第3話 ①
003
こんな話を聞いたことがある。
昆虫のノミは体長の200倍もの高さを飛ぶことが出来る。しかし、このノミを飛び越えられるサイズの瓶の中へ入れて蓋を閉めると、さっきまでは飛び越えられたハズのノミたちが蓋を開けても瓶から飛び出せない程度のジャンプしか出来なくなるというのだ。
俺は、これを聞いて『環境が人を作る』という格言を思い出した。人に限らず、生き物とは環境と思い込みにより自らが持っている能力に限界を作ってしまうのが世の中の常なのだろう。
そういう意味で言えば、何者にも縛られていない俺がどこまでも理想を目指して生きていられるのは当然のことだったのかもしれない。
鵜飼さんが言っていた通り、恵まれている恵まれていないなんてのはモノの見方でしかなかった。人生において重要なのは、自分がどんなモノに味方するかだったのだ。
……皮肉だな。
親に捨てられて借金まみれで虚弱体質なクソザコの俺が、実はこの世界で最も恵まれた環境に生きていると言えてしまうなんて。ならば、この世界で最も不幸せなのは、両親がいて金に困らなくて才能のある人間なのかもしれない。
本当に、ふざけた話だよ。
「はははっ、相変わらずシンジの話はおもしれぇなぁ。お前は若いのに不思議な説得力があっていいねぇ」
「恐縮です。コーラ、飲ませてもらいますね」
夜。
いつも店に遊びに来てくれる塚地さんは、今日も俺の話を肴に酒を飲んで酔っ払うと満足そうにして千鳥足で帰っていった。開店してから三時間、今日は彼しかお客が入っていない閑古鳥のなく日だった。
「帰っていいぞ」
「分かりました、おつかれさまです」
そんなワケで、俺はバイトを半分しか働けず早上がりすることになってしまった。
街にも人通りが少ないようで、立ち寄ったスーパーの値引き商品も上等なモノが多く残されている。寒くなってきたし作り置きしても問題ないだろうと考えた俺は、なるべく新鮮でうまそうな食品をまとめ買いした。
いい買い物をしたとホクホク気分で、ネギの刺さった買い物袋をぶら下げて家まで帰る途中。ヴヴヴと震えたスマホをポケットから取り出して見ると、またしても意外な人物から電話が掛かってきていた。
「よぉ、カケル。元気か?」
「うん、元気だよ。シンジは?」
「元気100倍だ、さっき顔を取り替えてきたばっかりなんだよ」
「んふふ。何それ、意味分かんない」
はて、このネタは小学一年生には通用しないのだろうか。彼らの世代の流行り、少しくらい調べてみた方がいいだろうか。
「それで、どうしたんだ?」
「えっとね、今日はお父さんとお母さんが家にいないんだよ」
「ほぉ、それは寂しいな」
返事をしたのが、ちょうど例の別れ道。ふと目を向けると窓から覗いているカケルの姿が見えたから手を振った。彼も気が付いたのだろう、嬉しそうに振り返して笑っている。
「それでね。僕、またシンジのご飯食べたいなって思ったの」
「あぁ、そういうことか。いいぞ、ちゃんとかーちゃんに連絡しておくんだぞ」
「やった! それじゃ、準備したらお姉ちゃんと一緒に行くね! なんか適当にお肉とか持ってくよ! シンジお金ないから!」
そして、電話を切るとバタン! と窓を閉めてカケルは部屋の中へ走っていった。本当、何をするにも楽しそうでかわいい奴だな。
「しかし、あいつら姉弟は本当に俺の貧乏を弄るのが好きだな」
呟くと、何だか無性に悔しくなってきた。貧乏貧乏言いやがって、この世界で一番恵まれてるハズの俺がまるで哀れな人間みたいじゃないか。
「……よし、目にものを見せてやる」
カケルに『1時間後に来い、食材は持ってこなくていい』と連絡して料理を開始。しかし、待ち切れなかったのかすぐに手ブラの二人が俺の家にやってきた。
扉を開ける。入ってくるなり、匂いを嗅いだカケルは「わぁ!」と驚いて鍋の中を覗き込んだ。
「ご、ごめんね。シンジくん。急に、こんな話になっちゃって」
「構わない。腕によりをかけるから、是非とも楽しんでいってくれ」
「んふふ、ありがとう」
食材の下準備は終わっている。
まずはアジを捌いて刺し身に。次に鍋と炊飯器を働かせ四種の野菜の揚げ浸しとだし巻き卵を仕上げる。更に牛蒡をたっぷり入れた肉豆腐を炊いて。最後に出来上がった筍ご飯とイワシのつみれ汁を椀に盛った。
都合1時間、約束を果たせて満足だ。
「ひえぇ」
隣で見ていた月野は、俺の料理スキルに恐れ慄き腰を抜かしていた。カケルにうどんの話を聞いたときも思ったが、こいつさては料理が下手くそだな?
「さて、いただきます」
「いただきます!」
「い、いただきます」
食事中、月野姉弟が大袈裟なリアクションを取るだけで特に中身のある話は無い。
だが、食事中に難しい話や能書きをコク奴が俺は嫌いだから結構だ。うまいうまい言いながら食ってるのを見るのが、作る側としては一番嬉しいんだよ。
「うわ! おいひい!」
「んふふ! これもおいひい!」
しかし、本当にビックリするくらい揃った同じリアクションだ。血の繋がりとはこんなに特徴を似通わせるモノかと、俺は甘辛く味の染みた豆腐を摘みながら思った。
「シンジ、このピリ辛の漬物は?」
「それは市販のヤツ」
そんなワケで、俺は皿を洗うと満腹の腹を抱えて姉弟でイチャつく二人に一瞥をくれると洋服ダンスの中を見た。修学旅行用に、新しいシャツを下ろしておこうと思ったからだ。
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