第3話 ②

「それで、カケル。俺になんの用だ?」

「え!? どういうこと!?」

「ばぁか、小一の思惑を見透かせないほど節穴じゃねぇよ。それに、お前には前に一杯食わされて対等だと思ってるからな」

「ありゃりゃ。お姉ちゃん、バレてたよ。下手にごまかさない方がいいかも」



 袋に入ったシャツをハンガーに掛けて吊るし踵を返す。膝の中に座っていたカケルをギュッと抱き締めると、月野はジトっとした目で俺を見つめた。



「……こ、コウくんのこと聞いたよ。もちろん、みんなには内緒にしてあるって」

「そうか。まぁ、そういうことだから。悪いけどハーレムに入れてもらうぞ。せっかく最強の観光ルートを考えたのに、無駄になっちまってガッカリだよ」

「なんで、そういう大切なことは教えてくれないの?」



 それは、俺が思っていた反応とは違った。何だか切なげで、カケルを抱き締める力も徐々に強くなっているように思える。



「お前じゃ役に立たねぇからだよ」

「……でも、頼って欲しいな」

「なら、もっと腕を磨くことだな。俺は俺をヨイショさせる為の女なんて隣には置かない」



 シャツを広げ終わり、今度は沸いた湯を急須に注いで茶を淹れる。婆ちゃんが貰ってきた謎の湯呑みがたくさんあるから、コップに困るようなことはない。



「そんな言い方――」

「お前、まだ俺のことを分かってないんだな。それでよくヒロインズの説得に成功したもんだ、まぐれ当たりを成果だと思わない方がいい」



 月野の目の前に座ると、彼女から抜け出してきたカケルが心配そうに俺の隣りに座った。お前どんだけモテ要素を盛り込んでるんだよ。男にまで好かれちまったら困るのはお前だぞ。



「な、なにそれ!? なんでそんなにかわいくないことばっかり言うの!?」

「事実を言ってるだけだ。お前は役に立たない、暇な時間で自由に京都観光を楽しんでいるがいいさ」



 カケルの頭をなでて、茶を一口。彼も俺の真似をして湯呑みを啜ったが、熱くて飲めなかったようだ。



「ねぇ、シンジ」

「ん、なんだ? カケル」

「次の人助け、そんなに難しいの?」



 その言葉で、月野はポカンと口を開けるとそのままの表情で固まった。なんなら、俺も数瞬ながら紡ぐ言葉が思い浮かばなかったほどの発言だった。



「どうしてそう思う?」

「だって、どう聞いてもお姉ちゃんを巻き込まないようにしてるもん。シンジは、そんなに怖いことをいうお兄ちゃんじゃないよ」



 しまった、こいつはヤバいくらい頭のキレるガキなんだった。サオリにも似たメタ読みのスキルは、やはり俺とは違う天性の才能だ。



 頭を振って、湯呑みをちゃぶ台に置き一息。窓の向こうから、遠い船の汽笛の残響が聞こえた。



「……あのハーレムを木っ端微塵に破壊することになった。俺は、その手助けをする」

「そ、それって――」

「あぁ。青山、榛名、遊佐のトラウマを探って現実を突きつけること。言うなれば俺の役割はテロル。ただ暴いて、それを救うのは晴田の仕事だ」

「ダメだよ! だって、教室の中でミキちゃんが崩れかけたのを見たでしょ!? 私が止めなかったら、どうなってたのかなんて分かってるでしょ!?」

「あのときは晴田がいなかった。でも、今度は違う」

「そうじゃない!!」



 その表情は、これまでのどの瞬間よりもずっと真剣だった。宿った迫力が、月野の透き通った瞳を光らせ異能のように感じてしまう。



「どうして、私の自己犠牲を止めたのに、自分は傷付いて人のためになろうとするの……?」

「今までと同じだろ、俺の人助けは自己肯定の活動じゃんか」

「違うよ! だって、この人助けにシンジくんよりも強い人はいない!!」



 あのとき脳裏をよぎった言い負かされる予感。まさか、こんなに早くそのときが訪れるとは思わなかった。



「勝ち組だと思ってる相手をやっつける。それは別にいいよ、全然否定しようとは思わない。けれど、それならみんながシンジくんに助けを求めている今回で、あなたは一体誰を悪者にするつもりなの?」



 果たして、いつの間に月野はこんなに強くなってたんだろうか。それとも、カケルのように最初から才能を持っていたのに、過去によって自分に蓋をしていただけなのだろうか。



「私のこと、頼ってよ。今までずっと助けてくれたんだから、私は誰かを助けるシンジくんの力になりたいよ……っ!」



 ……本当に、天才って嫌になる。



 俺がこれだけ積み上げてきたモノを、全部あっさり超えていくんだから。



「いいのか? 月野」

「な、なにが?」

「彼女たちの過去を知って、お前は自分だけ内緒でいられるのか? それでいて、せっかく丸く収まった関係でいられると思ってるのか?」

「分かってる。、私が逃げるワケにはいかない」



 迷いのない言葉だった。



 俺は再び湯呑みへ茶を注いで、月野の透き通った瞳を静かに見る。美しいと素直に思ったが、以前のように照れてしまわなかった自分が不思議だ。



 いい女になったな、お前。



「……まぁ、ずっと一緒にいたお前だからこそ気付けることも多いだろう。月野、力を貸してくれ」

「う、うん!!」



 こうして、俺は覚醒しつつある天才を一人仲間にした。そんな様子を見ていたカケルが、ようやく温くなった茶を飲んで思わぬ言葉を口にする。



「ところで、月野ってどっちの?」

「はぁ? いや、分かるだろ。お前の姉ちゃんのことだよ」

「分かんないよ。お姉ちゃんのことなのか、僕のことなのか」



 おい、なんだよ月野。そのニヤけたような困り顔は。そんな腑抜けたツラで俺を見るんじゃない。お前を仲間に引き入れたこと、早速後悔しそうじゃないかよ。



「なぁ、ミチル」

「ほ、ほぇ……っ」



 だから、そのアホ面をやめろというのに。



「帰ったら、弟にもう少しバカになるよう教育しておいてくれ」



 言って、俺はカケルのデコを人差し指でツンと弾いた。生意気なシタリ顔だ。もしかしなくても、既に俺より頭がキレるのかもしれない。

 加えて幼さゆえの無頓着と躊躇の無さ、女子に教えられるほどの運動神経、どう転んでも最強のルックスが確約されている将来。



 まるで怪物だ。



 まさか、月野の目的とは別にお姉ちゃん大好きな弟にまで真の目的があったとは。またしても一杯食わされて、俺は自分に自信を無くしそうだった。



 ……まぁ。



 今の俺は、別に負けるのが嫌ってワケでもねぇけどさ。



「んふふ、分かったよ」

「それじゃ、今日はもう帰れ。カケルが寝る時間だろ」

「そうだね。ご飯ありがとう、本当においしかったよ」

「ごちそうさまでした。ありがとう、シンジ」

「お粗末さん。また、二人で食いに来い」



 こうして、夜は終わった。



 差し当たって、誰から話を聞いていこうか。全員の好感度が『最低』を割って『最悪』にまで到達しているだろうし初っ端から鬼門だ。



 しかし、作戦決行の修学旅行まであと3日で時間がない。出来る限り、切り札級のカードを手に入れられるよう努力してみよう。

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