第4話

 004



「なんで、あんたがあたしたちのグループに参加するのよ。あり得ないわ」

「仕方ないだろ。つーか、当日は勝手にやらせてもらうからデートの邪魔にはならねぇよ」

「ちょ、ちょっと怖過ぎますよ。何を企んでるんですか?」

「何も企んでない。なぁ、遊佐」

「ぼ、ボクに話をふらないでよっ! 怖いなぁ!」



 そんなワケで、翌日の特別ホームルーム。



 月野と晴田はハラハラしているようで、互い顔を見合わせて目で会話をしているらしい。踏み込み過ぎだと心配するのは分かるけど、こうしないと接点のない3人と会話するキッカケも出来ないから仕方ないのだ。



 多少は強引な方法を使わないと、偶然すらも引き込めない。凡人の現実ってマジで理不尽だからさ、こうして種をまかないと目的を達成することなんて不可能なんだぜ。



「ねぇ、コウ! こんな奴と一緒に行くなんてあたしイヤよ! なんとかして!?」

「いや、新海先生はグループに男子が一人っていうのはどうなのかと思ってたらしくてさ。高槻が入ってくれると、俺的にも実は助かるんだ」



 流石ハーレムヒロイン、晴田の言うことは全肯定だ。ヤイヤイと罵声を響かせていたのに彼の一言でスンと大人しくなっている。自分の言うことをこれだけ聞かせられるなら、さぞ気持ちのいいことだろう。



「ところで月野、お前はどうするんだ? 他のクラスの友達と行くのか?」



 小声で聞いたが、しかし月野はプイっと顔を逸らすと俺が持ってきたるるぶ京都を広げてチラチラとこちらの様子を伺い始めた。ジトっとした目が不機嫌を伝えているも、理由を察してやるほど余裕もない。



「感じ悪ぃな」



 ヒロインズに意識を戻そうとした瞬間、スマホがブブブと揺れた。授業中だが、今はみんなが検索エンジンを使うため机に置いてるし、先生に怒られることもない。連絡の確認くらいなら自然だろう。



『なまえ』



 いや、カケルいねぇじゃん。



『サオリのことはサオリって呼んでるのに』



 ダルいな、こいつ。



「ミチル、決まってんのかよ」

「んふふ、決まってないよ。シンジくん」



 背筋がゾワリとするやり取りだったが、ヒロインズが晴田に気を取られていてくれて助かった。こんなの、誰かにイジラれたら俺は自分のキモさで死ぬ。



 ただ、それしか無い俺は恥ずかしくても口を動かさなければならない。これ以上キモくならないよう、ボリュームを最低にまで落としてコソリと彼女の耳元で言った。



「俺と来いよ、ハーレムの端っこでポツンとしてても暇だろ」

「うんっ」



 最後の瞬間、遊佐が俺たちの会話に気が付いたようだったが特に反応を示すこともなかった。急に名前呼びにされていれば、おまけに相手が月野――。



 ……じゃなかった。



 ミチルならば、周囲が意味深長に不快感を覚えても不思議じゃないというのに。



 妙な感覚だ。



 処罰を受けていないところを見るに、どうやら教師陣にミチルの犯行が伝わっていないようだし。もしかすると、俺が想像しているよりも遥かに大胆なことを、みんなの前で宣言していたのかもしれないな。



 別に、探ろうとは思わねぇけどさ。



 ……。



「ねぇ、高槻」

「なんだよ、遊佐」

「この後、少しいいかな。ボク、ちょっとお話があるんだよ」



 ホームルームが終わりどこから手を付けるべきかと思案していると、ラッキーなことに相手の方からアクションを仕掛けてくれたから、俺は彼女とともに中休みに非常階段の踊り場へ向かった。



 屋上や校舎裏は、他の生徒に見つかって欲しくない俺のベストプレイスだからな。



「……今度の修学旅行で、手伝って欲しいことがあるんだ」

「なに?」

「ご、ごめん。いや、こんなことを言えた義理じゃないんだけど……」



 困っている遊佐は、自分が何をしているのかを理解しているように見えた。それなら、別に咎めるような気も起こらないが。



「なにを手伝えって?」

「う、うん。コウと恋人になりたい。その手伝いをして欲しい」



 さて、こいつはなんの冗談だろう。



 夏休み前にも似たようなことを何処かの誰かに言われたような気がしたな。いよいよ、俺のご意見番っぷりも板についてきてしまったようだ。



「俺はお前の好きな男にクソ恥かかせた男だぞ。そいつがどういう意味なのか分かってるのか?」

「分かってる。……って言ったら、多分嘘になると思う」

「なんだ、正直だな」



 ハッキリ言って、 別視点で見れば恵まれていないと分かってしまった遊佐を断る理由が無かった自分が、どうしようもなくおかしくて笑っただけなのだが。



 彼女は俺が見下していると思ったらしい。ビクついた目を向けて胸の前に弱く拳を握った。



「高槻は、どうしてミチルを助けたの?」

「努力してるからだ。俺は、勤勉な奴が好きなんだ」

「……やっぱり、ボクはそう見えないのかな」

「誰もそんなこと言ってねぇだろ。早とちりすんじゃねぇよ」

「え……っ?」

「今のお前は、あの時のミチルと同じように最初の一歩を踏んだんだ。そいつを継続すりゃ、勤勉って言えるだろ」



 というワケで俺は遊佐に力を貸すことになったのだが、彼女の冗談みたいな依頼は、やがて大きな事件が始まる片鱗でしか無かった。それどころか、また別の片鱗すら二つも残っていたのだ。



「高槻、あたしに力を貸してほしいの」



 ……あ?



「高槻さん。不躾なことを言いますが、どうか私に力を貸してください」



 次の中休み、次の次の中休みとヒロインズが個別に俺を呼び出して晴田との仲をどうにかしろと宣った。

 様子を見るに互いの動向は知らないようだが、どうやら彼女たちにとってミチルの本音の暴露は相当なカンフル剤となったらしい。



「そもそも、あんたが全部壊したんだからね。あんたに責任を取る理由があるに違いないわ。あと、また怖いこと言ったらどうせあたしは泣くわ。分かってるの?」



 なんだよ、その斬新過ぎる怒り方。



「高槻さん、私はあなたが大嫌いです。けれど、この状況であなたより信頼出来る人が他にいないことも分かっています。他ならぬ私の大好きなコウさんが、そしてが認めたあなたですから」



 こっちは、言葉とは裏腹に一回も目合わせねぇし。



「そうかい」



 こんがらがって非常に面倒くさい展開になってきたようだが、しかし逆に考えれば連中の目標を一本に纏めてすべてを一挙に解決出来る手っ取り早い状況になったと言えるのではないだろうか。



 などと言いつつ、俺もそこまで素直ではない。確認しておかなければ、例外を認められない項目が幾つかある。



「ミチルに協力を仰げばいいじゃねぇかよ」

「なに言ってんのよ。あの子はあの子で頑張ってるんだから、あたしが邪魔するワケにはいかないわ」



 ……へぇ。



「というか、あなたがそれを言いますか。本当にどうしようもなく酷い人ですね、高槻さん。一番酷いのは、どうせそれも知ってるってところですよ?」



 ……なるほど。



 どうやら、彼女たちは彼女たちなりにミチルを心配しているらしい。ならば、俺のリソースをわざわざ奪うような真似をすることは矛盾しているような気もするが。



 そこは、嫌っているのと同じくらい認められているのだと受け止めよう。遊佐がいいのだから、青山と榛名の想いを無碍にするワケにもいかないしな。



「それで、手伝いってのは何をすればいいんだ?」



 最も大事なことをそれぞれ聞いた三人の答えは、奇しくも一言一句変わらない示し合わせたような代物だった。



「二人のため、コウ(さん)にミチル(さん)を忘れさせてあげて欲しい」



 ……さて、これですべての要素が出揃った。



 俺がやるべきは、晴田が答えを出すために彼女たちの過去を知ること。そして、同時に彼女たちの為に晴田がミチルを忘れるために尽力することだ。



 もちろん、その後の結末に関しては責任を負うつもりは一切ない。三人のうち誰が、或いは三人がどういうふうに晴田と付き合ったって否定も肯定もしない。



 あくまでフェアに三人に力を貸してやる。互いの想いは知らせずに、同じ情報を同じように与えて公平に戦うステージを整えてやる。

 それぞれが出し抜こうとしていたのか、それとも彼女たちの中で秘密の協定が結ばれているのか知らないが、特に興味があるワケでもないし知ろうとも思わない。



 確かなことは、彼女たちが前に進もうとしているということと、俺に頼むだなんてバカげた傷を負うくらい真剣だということ。



「わかった」



 ならば、俺は俺にしか出来ないことをやるだけだ。どんな結末になろうと、どれだけ傷付く奴がいようと、その片棒を担ぐ自覚をしておくだけだ。



 ……大丈夫。



 今度こそは、必ず上手くやり遂げてみせる。歪な晴田とヒロインズが、後悔だけは残さないようにしてやるさ。


 

 そう誓って、俺はそれぞれとラインの交換をした。

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