第19話(晴田コウ)

 019(晴田コウ)



 やっぱり、高槻の推理は痺れる。



 俺がずっと一緒にいたのに分からなかった彼女たちのことを、昨日の一幕だけで看破してしまうなんて。

 本当に、この憧れをどうしようか。果たして、俺は高槻に追い付くことが出来るのだろうか。この男のように努力を積み重ねることができるだろうか。



 しかし、考えるだけ無駄なことはすぐにわかったからやめた。それに、俺には高槻が認めてくれた別の才能がある。他者を寄せ付けないような恵まれたモノを幾つも持っている。



 ならば、俺は俺にしか出来ないことを見つけよう。彼とは違う道を選ぼう。



 悲しみは、すべてここに置いていく。今度は俺が誰かにあげられるように、俺の力を使うと決めたのだから。



「それじゃ、駅へ行こうよ。昼飯の時間もとっくに過ぎちゃってるしさ、みんなで食べようぜ」

「いや、俺はもう少しここにいるよ」



 俺は、カイトの申し出を断った。決してこの場所にしがみついていたいワケではない。気不味くて四人といっしょに居たくないワケでもない。ただ、彼女たちを救うための方法を俺一人で考えるためだ。



 こんなに静かに考えごとが出来る場所もそうそうないだろう。ここまでお膳立てしてくれた高槻の想いを無駄にしないよう、晴田コウの力を存分に振るわなくちゃいけないから。



「そうか」



 返事をしたのは高槻だった。



 彼は軽く手をあげるとすぐに踵を返して歩いていった。あいつ、俺のことも探っていたっぽいしミキたちにも何か頼まれていただろうに、その目的は終わったのだろうか。



 まぁ、終わったから離れたんだろう。あいつが、自分のやるべきことを途中で投げ出すワケがないしな。



「じゃあ、先に行ってるね。道が危ないから、帰るときは気を付けるんだよ?」

「大丈夫だよ、ミチル」

「ねぇ、コウ。また今度遊びにでもいこうよ。子供会のときの友達も呼んだりしてさ」

「それいいな。俺、ボートでコウと戦いたいよ。今ならきっと負けたりしないぜ」

「分かった、楽しみにしてる」



 四人を見送り、縁側に腰掛ける。ギィ……と軋んだ腐りかけの木材を気にするほど、今の俺に余裕なんてない。何せ、今までに経験したことない『意識的な人助け』をやらかそうというのだ。



 緊張、するに決まってる。まったく、鈍感なままでいられたのならこんな想いを抱かなくて済んだというのに。



「……ふぅ」



 随分と長い間考え込んで、俺はようやく立ち上がった。腕時計を見ると、時刻は既に15時を回っている。昼下がりに山へ吹く風は冷たい。静寂に耳が慣れて喧騒は痛そうだけど、そろそろ俺も戻らなくては。



 俺の真剣、ここで見せなければ俺は一生自分を誇れなくなるから。



「……え?」



 駅前に辿り着いて、俺は目を疑った。



「こ、コウ。やっと、見つけた……っ」



 なぜなら、そこには目を赤く充血させ、息を切らし疲れ切った様子の青山ミキが、今にも壊れそうな表情で立っていたからだ。



「な、なんでここに――」

「ごめんね! あ、あたし、頭よくないから全然コウの行きそうな場所とか分かんなくて。だから、入寺体験を受け入れてるお寺を一つずつ総当りするしかなくて!」



 ……真剣な彼女を試すようなマネをした罪悪感が、突如として込み上げてきた。



「み、みんなはどこ? 途中で別れちゃったから、多分とっくにコウと一緒だと思ってたんだけど。あたし、昨日スマホの充電するのも忘れちゃって。だから、えっと。みんなと連絡取れなくて、その――」



 支離滅裂な彼女の言葉が、必死だった気持ちを何よりも伝えてくれている。

 


「スマホの電池が切れる前、高槻からの『晴田のことをもっと分かってやれ』ってラインを見てさ。……前に、コウが『いい夢を見た』って話してくれたでしょ?」



 それは、まだ高槻と関わり合う前のふとした呟きだった。言われるまで、俺は少しも覚えていなかったのに。



「昔の、楽しかった頃の夢って言ってたのを思い出したのよ。だから、今じゃなくて10年前の京都についてお巡りさんに聞いてみた。それに、嵐山のことをよく知ってたみたいだったし。だから、でも、えっと。肝心のお寺の場所はスマホが無くて調べられなくて……」



 そこまで言って、ミキは俺の手を取った。



「どうしたの? なにか辛いことがあったのなら、あたしでよかったら聞くわよ?」



 なぜ、彼女は俺を見つけられたのだろう。その疑問だけが、頭の中をグルグルと回る。しかし、ふとした時に強い風が吹いて、ミキの金髪を横に靡かせた。



「やっぱり、ミチルじゃないとダメかな――」



 俺は、ミキが言葉を言い終わる前に彼女を遮った。どうしても、我慢できなかったのだ。



「なんで……っ。なんで、そんなに優しくするんだよ……っ」

「え……?」

「俺は! お前たちを試したんだぞ!? こんなところに隠れて、見つけられなかったら終わらせようなんて考えてたんだぞ!? そんなことくらいわかってるだろ!?」

「……うん」

「だったら! なんで怒らないんだよ!?」



 本当に、俺は何回間違えるのだろう。傷を負うということは、すべてを捨てることではなかった。高槻はそれを知っていたから、俺に『もう少し待て』と言ったのではないか。



 俺は、そんなことも分からずに決断すれば高槻に追いつけると思い込んで、みんなを平等に傷つけることが正しいと一人で暴走していた! 不平等に傷つけることが怖くて、心の何処かで高槻が最初に来ることを望んでいたのだ!



 なんで! なんで、俺は――。



「誰を選べばいいのか分からないくらい、あたしたちを大切に思ってくれてたんでしょう?」



 ……困惑が脳を支配する中、その声は今までのどの瞬間よりもよく響いた。



「分かってたわよ。だって、あたしはコウのことを見てたもの」

「わか……っ! 分かってたなら! そんなのは絶対に許せないモノだろ!?」

「試されてまでもここにいようって、そう決めたのはあたしよ。あなたが辛いなら、今度はあたしも一緒に悩んであげる。ミチルや高槻みたいに、解決に導いてあげることは出来ないけど。でも――」



 そして。



「あたしは、それだけの恩をあなたに感じてる。例え、歪な形をしているのだとしても」



 ……俺は、ずっと側にあったモノを初めて直視した。



「ごめん……っ。俺が、俺が悪かった……っ。ごめん……っ」

「……大丈夫よ」

「本当に、ごめん……っ。ずっと、俺が悪かったんだ……っ。どうして、俺は……っ」



 今までの出来事を思い出して、また涙が止まらなかった。あまつさえ、彼女を試すようなことをして。他にやり方があったのなら、絶対にそれを選んだのに。俺には何もかもが足りなくて、正しい答えを導くことが出来なかった。



 こんなにも真剣な彼女たちに対して、誠実でない態度と鈍感な意識で接していたんだと本当の意味で知ってしまった。何一つ積み上げて来なかった俺は、自分が情けなくて仕方ない。



「だから……っ」

「いいのよ。だって、コウはコウだもの」



 この後悔を払拭するには、きっと彼女たちの想いを真摯に受け止める他ないのだろう。俺はこれから二人もの不幸せな女の子を生み出してしまうが、それでも守るべきモノが、すべてを壊してでも手に入れるべきモノが、青山ミキだったのだと今なら言える。



 だって、今ここにあるのは一人にすべてあげるモノだ。



「……俺で、いいのか? こんなに情けない男でも、認めてくれるのか?」



 ここが、俺の終わりと始まり。一体どうすれば、彼女たちに罪を償えるのかは分からないけど。何をするべきなのか、どれだけ贖うべきなのか。俺はまた深く深く悩むのだろうけれど。



「あなた以外にいないよ」



 ハーレムがくたばったことだけは、俺の涙が確かに知らせている。



「……ありがとう、ミキ」



 俺と高槻の違い。完璧に理解したけれど、それを自分で言葉にできるほど俺はまだ大人ではなかった。

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