第14話
014
学校に行ってまずやったことは、担任の新海へ謝ることだった。
「黙って遅れてすいませんでした」
「無事だったから許す」
話の分かるおっさんだ。
この無駄に悪さに理解がある性格を察するに、きっと先生も昔は不良だったのだろう。何だか俺とは違う世界の空気を吸って生きてきた人種だって、俺が陰キャだからこそ直感的に分かる。
それに、不良と陰キャって実は内面が似ているからな。上手くいってる連中は、タバコ吸ったり喧嘩したりしねぇだろ。
「失礼します」
時間は、三時限目が終わった昼休み。俺は楽しげにランチタイムを楽しむクラスメイトの何人かに挨拶をして、ラップで包んだおにぎりを机に置いてから自分の席に座った。
「重役出勤だな、シンジ」
「たまにはいいだろ」
隣の席の関口と少しばかり話をしてからふとハーレムに目を向ける。すると、晴田は弁当を摘みながらハーレムwith山川たちでトランプで勝負をしていた。
今日はババ抜きみたいだ。晴田と単純な運の勝負をしても無駄だって分かってるだろうに。
「……あれ」
ヒロインズの中に月野の姿がない。
あいつ、どこへ行ったんだ?単純に席を外しているだけだろうか。それともバカは風邪を引かないってのが通説なのに、もしかして病欠でもしてるのだろうか。
そう思って彼女の机に目を向ける。フックには、スクールバッグが掛かっていない。まさか告白が嫌でズル休みしたのだろうか。ここまで来てバックレなんて絶対に許さねぇぞ。
……。
俺は、ラインで一言「大丈夫か?」と月野へ連絡した。
返事はすぐだった。スマホの画面を暗くするより先に、レスポンスが入ったのだ。
『大丈夫じゃない』
それを見て、俺は自分が学校に来なかった事にした。幸い新海は午後から出張だという。関口さえ誤魔化せば、周りはきっと幻を見たって事で納得してくれるだろう。
「すまん、やっぱ帰る」
「そうか、なんも見てなかったことにしてやるよ」
礼を言っておにぎりをしまい、鞄を持つととんぼ返りで地元へ。途中のスーパーマーケットで買い物を済ませ、昨日の夜に月野と別れるハズだった別れ道で足を止めた。
――ピンポンパンポンポロロン。
マヌケな通話を繋げるサウンドから耳を離し、待つこと5秒ほど。月野は、電話に出ると挨拶もせずに黙っていた。
「お前んち、どこだ?」
「……え?」
「お前んちの近くまで来てる、見舞いするから場所を教えろ」
「は、はぁ!? いや! ちょっと待っ……。けほ、けっほ……」
どうやら、マジで体調が悪いらしい。タイミングがいいやら、悪いやら。
「具合が良くなりそうなモンを買ったんだ。それに、お前に聞きてぇこともある。家に入れろ」
「……だ、だってパジャマだよ? 髪もボサボサだし」
「いいから、具合い悪いんだろ? お袋さんがいるなら、これ渡して帰るよ」
「……いない、けどさ。……けほっ」
「ほら、早く」
すると、月野は渋々といった様子で住所を教えてくれた。それは、たったの100メートルほど先の一軒家。視界の中にあった建物の場所だった。
あいつ、いい家住んでるな。
「よぉ」
「……うん」
「なんか食ったか?」
「……うぅん」
「じゃあ、うどん買ってきたから湯がいてやるよ。卵とほうれん草、あと調味料を貰うぞ」
「……多分あるけど、何も食べたくないよ」
「バカ、何も食わないで治るかよ。黙って食え」
制服のセーターを脱ぐと勝手に鍋へ水を張って湯を沸かし、そこに二玉のうどんを入れてグラグラと茹でた。ほうれん草とかきたまのうどん。ツユは関西風に仕上げ、薬味にネギを添えて完成だ。
「……ふ、ふふ。シンジくんも食べるんだ」
「許してくれ、今日は何も食べてないんだよ」
「……別にいいけどさ。普通、女の子の家に来て勝手にうどん作る?」
「お前、まだ俺のことを普通だと思ってんのかよ。熱でおかしくなってるんじゃねぇか?」
「……ばか」
月野は、テーブルに運ぼうと両手にうどんの入った丼を持った俺の背中へ、何も言わず抱きついた。
寝汗とシャンプーの混じった、妙に鼻腔を擽る女の匂いがした。
「あぶねぇな、おい」
「……うるさい、黙ってて」
「こんなことして何になるんだよ」
「……うるさいって。なんで、来たのよ」
月野は、泣いていた。
心細かったのだろうか。それとも分かっているクセにこんな事を無神経にする俺に腹を立てたからだろうか。まさか、泣くほど辛くて立っていられないレベルで苦しいのか?
俺は、いったんサイドテーブルに丼を置いて月野の体を両手で優しく離した。多分、全部だって分かったからだ。
「早く治して告ってもらわねぇとさ、俺の仕事が終わらねぇから」
「……そう言うと思ったよ」
俺は、再び丼を持ちリビングから出て階段を
……成長したとは思ったが、まさかバカでなくなったから風邪を引いたとでも言うんじゃないだろうな。
「自分で食えるか?」
「……無理」
「なら、ほら」
うどんを冷まして、彼女の口元へ。明らかに訝しみ、そしてイジケたようなジトッとした目を向けてからゆっくりと口を開いた。
ニ本だけ啜って、モグモグと噛んで飲み込む。その間に、俺は自分の分のうどんを二度啜って汁を一口飲んだ。
「……ワザとやってるでしょ」
「受け取り方は任せる」
「……こんな事して、私が何も感じないと思うの?」
「それでも、俺は約束を果たすだけだ」
「……酷いよ」
なんと言えばいいのか分からなくて、だから俺は何も言わなかった。月野がうどんを飲み込むたびに麺を持ち上げて。たまに、レンゲでかき玉とほうれん草を運んでやった。
完食したのは、すっかりうどんが冷めてしまった頃。疲れたのだろう、彼女は枕に頭を置くと横向きになって細い目で俺を見た。
「お前、実はサオリちゃんにも相談してただろ」
「……うん」
「さっき会ったんだ。俺も学校サボっててさ、偶然だった」
「……うん」
「それで、昼休みに教室に入ったらお前がいなかったから。告白をバックレたのかと思って、心配しちまってよ」
「……うん」
月野は、いつの間にか掛け布団から右手だけを出して俺へ向けていた。熱で染めた頬と潤んだ瞳が切なくて、仕方なく左手を被せる。
握り返して絡められたのは、弱々しい人差し指だけだった。
「……私ね、知ってたんだ」
「なにを?」
「……シンジくんは、ただお願いされたから助けてくれてたってこと」
「最初っからそう言ってただろ」
「……でもさ、やっぱり勘ぐっちゃうじゃん。この人、私のこと好きなのかな? って。だって、好きでもない異性のこと、普通は真剣に助けたりなんてしないもん」
「そういうモノか?」
「……そうだよ」
荒い息を聞いて、俺は傍にあったスポーツドリンクを飲ませてやった。もしかして、死んだりしねぇだろうな。
ふと、人差し指に少しだけ力が加えられた。俺はその熱を感じても、握り返してやることはしなかった。
「……ねぇ、シンジくん」
「ん?」
「……私がコウくんと付き合ったら、シンジくんは嬉しい?」
嬉しいとか、嬉しくないとか。そういうことじゃないだろって。
物事には1と0の間にもたくさんの選択肢があって。良いか悪いかの二つから選ぶなんて人間的に難し過ぎるワケで。そもそも、どうして俺がそんな質問に答えなきゃいけないんだって。
……なんて。
思い浮かんだのは、すべてが俺の嫌いな事なかれ主義的の言い訳だった。あれだけ晴田を批判したのに、当事者になってみれば保留したがるなんて本当に愚かだ。
ならば、俺だけは絶対に答えなければいけない。月野の問いから、決して逃げてはならないのだ。
「あぁ」
「……本当に?」
「もちろんだ。俺は、そのつもりでお前に力を貸した」
責任。
それは、悲しい過去を持つ月野ミチルをこっ酷くフること。本当に体調が悪くて辛くて心細くて、誰か傍にいて欲しい時に突き放すことだった。
「……シンジくんが私に聞きたかったことって、なぁに?」
月野は、逃げた。
縋るように重ねた手に力を込めるも、あまりにも弱くて引き止めるだけの意味を持っていない青ざめたような体温。俺が手を離しても、名残惜しそうに形を握ったままで痛々しかった。
聞けねぇよ、ばかやろう。
「いや、もういいんだ。リンゴはお袋さんにスってもらえ。栄養ドリンク、飲んでから寝ろよ」
だから、さよならだ。
俺たちは、関わるべきじゃなかった。
「……うん」
そして、俺は月野の部屋から出ていった。
スマホを見ると、知らないユーザーからラインが一件。バナーを開くまでもなく差出人が分かったから、俺は既読を付けずにスマホを鞄の中へ放り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます