第12話(月野ミチル)
012(月野ミチル)
「カケル、今日はどこ行ってたの? お姉ちゃんより遅く帰ってきたらダメでしょ?」
「ごめんね、新しく出来た友達と一緒に遊んでたんだよ」
「新しい友達? 転校生でも来たの?」
「違う、お姉ちゃんの友達のシンジだよ。ぜんざい作ってくれた」
「……はぇ?」
夜、珍しく一緒にお風呂に入ることになったからカケルを叱ってやろうと思ったのだけれど、弟が口にした名前は想像もしてなかった人のモノだった。
きっと、仕事が終わったからって先に帰ったんだと思ってたけど、知らない内にカケルと友達になっているだなんて。ハッキリ言って、意味が分からなすぎて言葉に詰まる。
「シンジって面白いね。僕、本当にお兄ちゃんが出来たみたいで楽しかった。冷蔵庫にはミルクコーヒーしか入ってなかったけどね。んふふ」
「ふ、ふぅん。なに話したの?」
どこで出会ったのか気になるけど、それよりも家に入ったのと呼び捨てなのが羨ましかった。シンジくん、もしかして子供好きなのかな。『ガキは嫌いだ』みたいなキャラが似合うのに。
「えっとねぇ。僕の学校の話とか、恋バナとか」
「恋バナ!?」
「うん。でも、男は女に恋バナをしないんだよ。お姉ちゃんには教えてあげない」
「なんで!? ていうか、あんた好きな子いるの!?」
「内緒。男は男にしかそういう
「う、うわぁ……」
これ絶対にシンジくんの受け売りじゃん。彼の口調がちょっと移っちゃってるし、弟があんなふうになったらお姉ちゃん本当に困っちゃうよぉ。
「……ねぇ、お姉ちゃん」
「なに?」
「おっぱい、マジでちっちゃいね」
私は、なにも言わずにカケルの頭を桶で引っ叩いた。カコン! といい音が鳴って、カケルはお湯の中に沈み静かになった。
「そーゆーこと、絶対に言っちゃダメなんだからね」
「な、なんでよ……」
「なんでって、気にしてるからに決まってるでしょ? バカじゃないの?」
「でも、大丈夫だと思うよ……」
「はぁ? なんで?」
「それは言えない、男のお約束だから……」
この子、さてはシンジくんと何か話したわね。小学生一年生とおっぱいの話で盛り上がるなんて、本当にバカなんだから。
「言いなさいよ」
「言えない。ていうか、お姉ちゃんがそれ知ってどうするの? 好きな相手が巨乳好きだったら、どうせ諦める理由にしちゃうじゃん」
「ぐぬ……っ」
我が弟ながら、本当に頭がキレる奴だと思う。シンジくんに出会って更に磨きがかかったのなら、姉としての威厳が失われて立場が危ぶまれちゃう。
「お、お姉ちゃんは好きな相手が巨乳好きでも諦めないもん。変な心配はいらないんだから」
「嘘だね。だって、お姉ちゃんが本当にそんな性格なら手に入れてるハズじゃん」
「なにを?」
「シンジを」
……鏡を見ると、私の顔が真っ赤に染まっていた。恥ずかしいから、のぼせてしまったことにしておこう。
「な、なんでシンジくんが出てくるのよ」
「お姉ちゃんのスマホでゲームしたとき、写真を見たもん。普通、好きじゃない男なんてトーサツしないでしょ」
「み、見たの!? いや、盗撮じゃない! あれは盗撮じゃないから!」
「でも、シンジは『カケルの姉ちゃんやべぇな』って言ってたよ。キョカ取ってないんでしょ?」
「はああああっ!? あ、あんた、それシンジくんに喋ったの!?」
「うん。だって、そうしないとお姉ちゃんの弟って分かんないかと思って」
――カコン!
息を切らして、湯に沈んだカケルの肩を持ち上げブンブンと体を振った。そういうところだけ小学一年生なのズル過ぎない!?
「なんでそんな酷いことするの!? 意味分かんないんだけど!! ねぇ!! お姉ちゃん悪いことした!?」
「じ、じでない……」
「だったらやめてよ! 変態だと思われるじゃん!」
「いや、お姉ちゃんは変態でしょ……」
「変態じゃない! というか! 普通だから! あんたも大きくなれば私の気持ち分かるから!」
「お、女の気持ちは何歳になってもどうせ分からないってシンジが言ってたよ……」
「あぁん! もうっ! ここにいないのに論破してこないでよっ!! バカシンジっ!!」
なにを言って良いのかわからなかったから、私はお湯の中に潜ってブクブクと息を吐いた。息が苦しくなってお湯の上に出ると、カケルはアホ面をぶら下げて私を見ていた。
「なにしてんの?」
「……ほっといてよ」
「ふぅん。それで、シンジのぜんざいがおいしくてさぁ。僕、お豆がおいしいって思ったの初めてだったよ」
お料理食べたんだ、羨ましい。
「あとね、お姉ちゃんが作ってくれたシンジのおうどんはシンジのおうどんじゃなくてお姉ちゃんのおうどんだって言ってたよ」
「あれれ。同じように作ったハズだけど、作り方間違えたのかな」
「よく分かんないけど、今度シンジの家に行って教えてもらったら? 僕、場所知ってるよ?」
「……高校生にもなると、男の子の家に勝手に遊びに行ったり出来なくなるんだよ」
「ふぅん、面倒くさいね」
……確かに、この上なく面倒くさい。カケルがいれば許してくれるって分かってるんだから、なにも考えず甘えてしまえばいいのに。私、シンジくんのことを言えないくらい面倒くさい女だ。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫じゃない。今日は、色々あったから」
「落ち込んでるのは、お姉ちゃんが悪いことしたから?」
珍しくお風呂に入ってきたと思ったけど、この子ったら。
「……分からない。でも、やっぱり裏切ってるのかもしれない」
「ふぅん。なら、シンジに相談すれば?」
「出来ないよ、シンジくんの仕事は終わったんだもん。あとは私たちの問題なの」
「でも、シンジなら何とかしてくれるよ? 今までも、ずっとそうだったんでしょ?」
「……ここで彼を頼ったら、私は
カケルは、落ち込む姿を見兼ねたのか頭を撫でてくれた。前にもこんなことがあった。こんな小さい弟に慰められるなんて、私って本当に情けない女だ。
「……どうしよう」
お風呂からあがって少しくらいは考えようと思ったけど、なんだか今日は疲れたし、思い浮かばないから大人しく寝ることにした。
私にはシンジくんのような勇気も
凄く、憂鬱だ。
「そうだ、お姉ちゃん」
「……なに、まだ何かあるの?」
「シンジ、お姉ちゃんのことミチルって言ってたよ。一回だけだけど」
「は、はぁ!?」
「おやすみ〜」
あのクソガキ、気になることだけ言って消えるなんて本当にムカつく。どうして、気になることを更に増やしていくかなぁ。
「ばか」
これから先、学校では何が起きるのだろう。コウくんが前を向いたことで、みんなはどう思うのだろう。その時、私には何が出来るのだろう。
「……おやすみ」
夢の中でいいから、ミチルって呼んで勇気づけて欲しいって思った。
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