第4話

 004



 芒商業は、最寄り駅から川伝いに緩やかな上り坂をいった先に建っている。多くの生徒を抱えるだけあって、校舎もウチの高校とは比べ物にならないくらいデカい。



 そして今、俺たちは付近の丘の上にある公園にいる。ここに風谷を呼び出して、雲井の情報を集める算段だ。



「立派な校舎だね」

「けど、偏差値はウチが勝ってる。質実剛健だ」

「んふふ、そういうところは張り合うんだ」

「当たり前だろ。秀雲学園は私立だからな、実質俺たちの西城高校がナンバーワンだよ」

「シンジくんって別に勉強が出来るワケじゃないし、お金もないから公立しか無理だもんね」



 校舎の裏から直接繋がる船着き場を見下ろすと、ウェットスーツとライフジャケットを着た何人かの生徒がたむろしていた。例のボート部の部員たちだろう。



 その中に、遠目でも分かる明るい色でボブカットの髪型をした調査ファイルで見た顔の女子部員が一人。あいつが雲井シズクで間違いないだろう。



「……なんか、隣の男の子と距離近いね」

「あぁ」

「付き合ってるのかな」

「まぁ、そういうこともあるかもな」

「夏休みの間に、風谷くんとは別れてたのかな」



 月野、その答えをまっ先に導くお前のピュアさには目頭を熱くせざるを得ねぇよ。



「浮気っつーか、二股っつーか。本当に晴田を裏切っていたのなら、そっちの方がありえるんじゃねぇの?」



 何なら、実は俺の推測もそっち方面に傾き出してる。



「えぇ……。シンジくん、自分は一途なのになんで他の人のことはエグい方向に考えるかなぁ」

「可能性の話だ。それよりも、今は風谷と話して情報を集めねぇと。呼び出した建前もあるだろ」

「う、うん。ちゃんと、通話は繋いでおいてね」

「分かってる。つーか、髪切ったからイヤホン隠れなくねぇか?」

「隠れるよ。実は、スプレーでちょっと上げてるから。……ほら」

「便利な道具だ」



 そして、俺は丘の反対側にあるベンチに座りワイヤレスイヤホンを右耳に突っ込むと、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』の文庫本を捲った。



 自称読書家のクセにこんな有名作を読んでいない理由は、単に図書室の品揃えと図書館の貸出状況の関係だ。タダで読めない作品を、俺は高確率で知らないのだ。



「うぇーい! おつかれ! 久しぶりだね!」



 何分か経って、風谷が現れた。ゴクリと生唾を飲む音が月野の緊張を俺に伝える。



「お疲れさま、風谷くん。元気だった?」

「いやぁ、ミチルちゃんにフラレて元気なかったよぉ。なに? なんで連絡くれたの? この前の男とは別れた?」

「いや、別に付き合ってるワケじゃないよ。ただの友達。風谷くんのこと断ったのは、みんなと一緒にいて気まずかったからだよ」

「あぁ、そうだよね。ごめんね〜。俺さぁ、ミチルちゃんのこと見て一発で惚れちゃったからさぁ。全然気を遣えてなかったよぉ〜」



 スゲェな、俺も一発であんたが住む世界の違う人種だってことが分かったよ。



「それで、本題なんだけどね」

「なになに? もしかして俺に気があったりする?」

「その、雲井シズクさんのことを聞きたいの。彼女、風谷くんと同じ生徒会だって聞いたから」

「は、はぁ? なんでシズク? え? どゆこと?」



 オーバーリアクション、ラインの文面通りの口調でちょっとだけ関心。こういうのが好きな女だって一定数いるだろうし、本人は何の悪気もなくやっているのだろう。



「私の友達がね、雲井さんのことを気になってるみたいで。でも、私は芒商業に知り合いがいなくて、風谷くんしか頼れなかったの」

「あぁ、そういうこと。まぁ、別にいいよ。知ってることなら教えてあげる」



 冷めきってんな。上手く言葉にする気もないけど、こういう男女の関係が俺は嫌だ。



(よし、じゃあ質問していこうか。準備はいいか?)

(うぅ……、距離が近い……っ)

「え、なに?」

「うぅん! なんでもない!」



 どうやら、結構な至近距離で話をしているようだ。下手すれば、肩を抱かれているのかもしれない。



 知らん男に触れられるのはさぞ辛いだろうが、どんな形であれ必ず傷を受けるのが俺の人助けだ。晴田とヒロインズを救うのなら、絶対に存在していなきゃならない役割があるのだから。



 痛みに慣れろ、月野。骨は拾ってやる。



(好みのタイプ)

「雲井さんの好きなタイプってどんな人かな」

「面白い男かな、退屈しない奴が好きだって聞いたよ。因みに、俺はミチルちゃんみたいな人〜」

(嫌いなタイプ)

「ま、前の男の愚痴とか聞いてないかな。失敗しないように、ちゃんと知っておきたいみたいで」



 ナイスなアドリブだが、そこまで具体的に聞こうとするのは悪手なんじゃねぇかな。



「な、なんでシズクが俺に愚痴ってるって思ったの? 同じ生徒会ってだけだよ?」



 サリーアン課題の応用。



 風谷は月野を口説くために付き合っていることを隠しているのだから、関係を知らないハズの月野が知っていてはいけない知識だ。ツメの甘さは、実戦経験の無さってことか。



「えっと、それは……」

(副会長のあいつが頼るなら、会長の風谷だと思った)

「お、おぉ。んっとね、副会長の雲井さんが甘えられるのって会長の風谷くんだけだと思ったから。なにか聞いてない?」

「なるほど。まぁ、実はたくさん聞いてるよ。俺、こう見えてもモテるからさ」

「へ、へぇ。そうなんだ」

「でも、俺はミチルちゃんのことを選んだんだよ〜。だってブッチギリだもん。何がとは言わないけどさ〜」

「あり、がと。あはは」



 ……終わったら、少しくらい褒めてやるとしようか。



「あれ、ミチルちゃん調子悪い? もしかして生理?」

「カッチーン! あったまきたっ!」



 マズい、月野がキレた。



(落ち着け、月野。風谷のデリカシーの無さは俺が謝る。悪かった)

「なにが生理なのよ! なったこともないクセに簡単に言ってさ! 男ってそれ言えば女の気持ち分かってると思ってそうでマジムカつく!」

「み、ミチルちゃん?」

(月野、やめろ)

「というか、仮に生理だとしても周りに迷惑かけないように頑張ってるから! 不機嫌なのは他の理由があって――」

(違うことを俺は分かってる、それじゃ不満か?)

「どうしたの? ミチルちゃん?」



 ……。



「お、おほん。そう、ちょっと体調が悪くて。ごめんね、痛くてさ」

「そ、そっか。なんか、俺もちょっと変なこと言ったよ。ごめん」

「うぅん! 違うよ! でも、お薬だけ飲ませてね。……ゴクッ」



 計画のすべてが終わっちまうところだった。なんというか、絶対に分かり合えないことをイジるのは互いにやめような。



(愚痴の内容を聞いてみろ)

「それで、雲井さんはどんな愚痴を言ってたの?」

「あぁ。えーっと、初恋の男が優柔不断で男らしくないってんでさ。決断とか揉め事を解決できる男じゃないと無理になったって言ってた」

「お、面白い人が好きなんじゃなかったの?」

「カレシにする最低条件がそれなんじゃない? トラブルで頼れないと、男として見れないとか言ってたし」



 これは、晴田のことでいいのだろうか。確かに特徴は当てはまるが、ならば逆説的に二人は付き合ってたことになる。

 つまり、付き合ってる最中に雲井が他の男とラブホテルに行っていた確証が高まるワケで、晴田は完全な被害者になるワケか。



 釈然としねぇな。



(どんな奴だったか、深堀り出来ないか?)

「その、最初のカレシさんってどんな人だったのかな」

「カレシ? いや、そこのところは聞いてないけど。可哀想な奴だったからほっとけなかったって」



 なるほど。



「とりあえず、好きだった男は幼馴染みって話だよ。シズクと喧嘩するとさ、その男のいいところを持ち出して比べてくるんだ。『優しい』とか『話を聞いてくれる』とか。まったく、たまったもんじゃないよ」

(月野、ツッコむなよ)

(こいつ嫌い!)



 ここまでくれば、もはや決定的な気もするが。俺には、たった一つだけ拭いきれない不安が残っていた。もう一つくらいヒントがあれば筋を通せそうなのだが。



(子供時代のことを聞いてくれ、アルバムとか見てるだろ)

「子供の頃かぁ。シズクって昔は男っぽかったから、いつもかけっことかカンケリしてたんだってさ。あいつの男への抵抗感の無さって、そういう部分が由来してるんじゃないかなぁ〜」



 ……よし。



(充分だ、雲井を晴田の前に引きずり出す言葉を考えておく)

(グスン、疲れたよぉ)

(よくやった。それじゃ、時間もないし先行ってるぞ。お前も早く抜け出してこい)

「えぇ!? 嘘でしょ!? ちょっと待っ――」



 俺は、通話を切って駅へ向かって歩き出した。



 向かう先は、ボートが折り返す太平洋側の河口。そこでボート部が休憩しているのを何度か見たことがある。個別に話を聞きだせる絶好のポイントだろう。



 さて、第二フェーズだ。



 ウチのクラスの問題を解決するために他校の生徒を巻き込むって苦労が、晴田の主人公っぷりをよく表しているだなんて思った。

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