第6話 ①

 006



 河口の上の高い道から見下ろすと、海岸では予想通りボート部が休憩をしていた。設置された浮島に男女が密集している。まず間違いなく俺の人生にはあり得ない景色で、それなりに見応えがあった。



 フレームに捉えて『青春』と名付ければ、SNSでなかなかにバズりそうだ。



「それで、サオリの案ってのは?」

「普通に呼び出すよ」

「普通ってなんだよ」

「あの子、中学時代の同級生だから。再会したフリすれば余裕でしょう?」

「そうだったのか。お前、何気に友達多いんだな」

「違う。友達が多いのはシズクの方、あたしはその中の一人ってだけ」



 女にしては随分とドライな意見だと思った。孤独を自覚することが怖くない女って、何だかかっこよく見えて反応に困る。



 ……つーか、さっき内緒にしたのは俺に深読みさせるためかよ。狡猾な奴め。



「シンジは砂浜の方で待ってて、あそこに誘導してあげる」

「ありがとう」

「んふふ。なんか、アンダーテイカーになったみたいで面白いなぁ。あたしも自分の学校で人助けごっこしてみようかなぁ」

「『ごっこ』でも、救われる人がいるなら意義はあるんじゃないか?」



 すると、サオリはガラにも無く言い淀んで露骨な上目遣いをした。



「そう考えて、シンジは人を助けてるの?」

「違う、自分が勝ち組だと思ってイキってる奴をナメ腐るのが好きなだけ」

「……あははっ! 今のシンジだったら絶対に惚れ直さなくて安心した!」



 一度別れてスマホを見ると、未だに抜け出せていないのか月野からの通話が6件、メッセージが11通届いていた。それくらい、自分で切り抜けてくれないと困るってのに。



『雲井と付き合ってるのを知ってると言えば終わるだろ』



 メッセージを送ると、数十秒後に月野から電話が掛かってきた。どうやら解放されたみたいだな。



「酷いよ、なんで教えてくれなかったの」



 抑揚のないイジけた声は、かなり庇護欲を掻き立てるモノだった。こいつの場合、使いこなしているのか天然なのか分からないが、俺は考えて使っている方が好みだ。



「月野ならそれくらい思いつくと思ってたんだけど、もしかして買い被ってたか?」



 一瞬の間。



「……い、いや。ほら、思いついてたけどさぁ。なんていうか、もっと波風立たない方法を考えててさぁ」

「なんで二度と会わねぇ人間に気を遣わなきゃならねぇんだよ、バカ」

「ぐぅ……っ」

「とりあえずおつかれ。こっち来るか? それとも、今日は帰るか?」

「疲れたから帰る、あとは任せたよ」



 通話を切ると、すぐさま『絶対にお礼して』とメッセージが入った。そもそも、晴田とヒロインズを救う依頼をしてきたのは月野なのに、なぜ俺が礼をしなければならないのかよく分からなかった。



 まぁ、いいか。悪いことをしたと思わないでもないしな。



「おまたせ」

「……サオリ、この冴えない男がウチのファン? 観戦してるとこ、見たこと無いケド」



 いきなり一言多いぞ、こら。



「西城高校2年、高槻シンジです。雲井さん、今回は急な呼び出しに応じて頂きありがとうございます」

「彼はね、この辺を散歩してて偶然シズクの競技姿を見たんだって。それ以来、ストーカー気味に影から応援してるんだってよ」

「うげっ、キモっ」



 別に俺がキモいのは否定しないが。サオリ、その設定から自然に尋問へ持っていくのは無理がないか。おい。



(お手並み拝見!)



 何なんだ、あの憎たらしいサムズアップは。なまじっかあいつの内心を察してしまうから、何を考えているのか分かって更にムカつくぜ。



「……あぁ、雲井さん。先に謝っておかなきゃいけないんですけど」

「なに?」

「すいません。俺、別にあなたのファンじゃないです。全部この女の嘘っぱちです」

「はぁ!?」



 雲居はさっきまでの小悪魔なのか機嫌が悪いだけなのか判別つかないお高めな仏頂面を取り下げて、サオリの肩をポカポカと叩いた。



「なにそれ! ウチ、ファンとか出来てメッチャ嬉しいって思っちゃったんですケド! こんな陰キャでも応援してくれるなら最高とか思っちゃったんですケド!?」



 ……流石、分かりやすくかわいい。ミーハー受けが凄そうだ。



「なんだよ、シンジぃ。もう少しくらい遊んでくれてもよかったのにぃ」

「遊ぶってなに!? ホント! あいっかわらずクソ性格悪いわね! つーか、サオリが会いに来るなんて絶対におかしいと思ってたのよ!」



 まぁ、さっきみたいな寒くなるくらいドライなことを言う女が、わざわざ時間削って昔のクラスメートに会いに来るなんてあり得ないわな。俺を恨み続けた中学時代を知っているなら尚更だろう。



「俺から謝ります、すいませんでした」

「ふ、ふんっ! マジでムカつく! 早く用件を言えば! つーか死ねっ!」



 なぜ憎しみのベクトルが俺へ向いているのかは分からなかったが、これも陰キャ特有の虐めやすさ的なサムシングが働いたのだと思っておこう。



 慣れたモノだし、別に腹も立たない。そもそも、俺は頼む立場だ。



「単刀直入に聞きます。あなたは、晴田コウという男を覚えていますか?」

「……あ〜、懐かしいね。うん、覚えてるよ」



 案の定な反応だった。こういう女は小細工を弄しても返り討ちにあうだろうし、ズバッと斬り込んで逃げ道を塞いだ方がいいだろう。



「中学時代、彼と付き合ってましたか?」



 その時、雲井は優しく微笑んだ。嘘をつく唇の形をしていないと思った。



「うぅん、付き合ってな〜い」

「ならば、もう一つ聞きます」



 またしても、サオリの『バカ』という言葉が声を発していないのに聞こえてくる。しかし、雲井に猫を被っていられると俺の本領が発揮できないのも事実だ。



 頼むから嘘をついて俺の強みを発揮する材料をくれ。本番はむしろお前と晴田を会わせた後なのだから、こんなところで躓くワケにはいかないんだよ。



「なに? 早くして?」

「あなたは、晴田コウを騙したことがありましたか?」

「だ、騙す? なにそれ、人聞き悪くない?」



 ……食いついた。



「いいえ、勘違いしないでください。むしろ俺は尊敬の意を込めて聞いているんです」

「はぁ? ちょっと、マジで意味わかんないんだけど」



 とりあえず、話を聞いてもらって食い付きを深くしなければ。



「現在の晴田コウは、それはそれはモテる男に成長しています。成績優秀スポーツ万能、喧嘩が強く中性的な顔立ちでルックスも良し。そのクセ自己評価に疎くて女子からの庇護欲を煽るモテ属性。ざっと要素を上げるだけでも、かなりの化け物だと分かってもらえるでしょう」



 改めて羅列したら本当に化け物だな、マジに神様のオーダーメイドなんじゃねぇの?



「へ、へぇ。そうなんだ。てか、ヒゴヨク?」

「しかし、これは同じ男として本当に面白くありません。クラスの女子を独り占めにして、他の男子の恋愛を封殺しているんです。一人に絞らず宙ぶらりんな態度を示す彼の存在は、多感な年頃の一人として看過できない事態であると主張します」



 サオリの奴、笑いを堪えるのに必死って様子だ。多少大人っぽくなっても好奇心は相変わらずだな。



「でも、だからなんなワケ? ウチ関係なくない? てか、フーサツって?」

「いいえ、関係大ありです。雲井さん、俺はあの男に唯一土を付けたあなたに、もう一度だけ奴と会って俺たちを助けて欲しいのですよ」



 空気が弛緩した。



 やはり、こういう性格の人間は見え透いたお世辞にも素直に喜んでくれるらしい。かわいいと思われるために努力している女は、自分を褒められるのが大好きなのだ。



「あのさ、ツチを付けるってなに? あんたの話、さっきからムズ過ぎ」



 ……別に弛緩してなかった。



 いや、勘違いするな。俺はこういうおバカな女の子は好きだよ。ただ、向こうが絶対に俺を嫌いだから普段は近づかないだけ。



 相性は最悪だけどな。



「有り体に言えば、負かすということです。その一点において、俺はあなたを尊敬しています」

「ふ、ふぅん。そう、よく分かんないケド」



 今度こそ喜んでくれたらしい、話を続けよう。



「しかし、喜ばしいのは俺たちだけです。あなたの過去の行いによって彼のプライドは引き裂かれた。奴の無意識の女ったらしは、それ故の産物であると俺は考えます」



 そうだ。



 晴田が勝手に勘違いしていたのでなく、付き合っていたことを匂わす痕跡が意図的に消されていたのであれば、それはもう雲井が策を弄したからに他ならない。別の合理的な理由がない以上、当然の帰結と言えるだろう。



 風谷の話を根底に据えて仮定すれば、それなりに成り立つ推論もある。多少の無理筋も、話の中で辻褄を合わせればいい。



 さぁ、やろうか。

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