くたばれハーレム
第1話(月野ミチル)
001(月野ミチル)
高槻シンジが、学校を辞めた。
衝撃のニュースは、ただでさえ退学者のいない西城高校を瞬く間に駆け巡った。どうやら、私が思っていた以上に彼に助けられた生徒は多かったらしい。
自主退学は掲示板に貼られるワケでもないから誰づてに伝わったかは分からないけれど、彼が消えた翌日には何人かの1年生と3年生の生徒も中休みの時間に顔を出していた。
「高槻くん、なんで辞めちゃったの?」
今山川くんと話しているのは、体育祭の時に面識を持ったポニーテールの先輩だ。漫研部員であるシマナカコの一人、正確には彼女は中野先輩という。
「すいません、それが俺たちにも分からなくて。先生ですら何も理由を聞かされていないってことなんです。ただ、休みの間に学生証を返しに来てそれっきりだとか」
山川くんと東出くんは、そんな対応で朝から忙しそうだった。
一方で、当然のことながら彼にやっつけられ恨んでいた人も多数存在していた。もうお節介なクソヤローを気にしなくて済むだなんて、SNSのタイムラインに書き込む人もいる。これから先、生徒間の問題が起きた時はどうするのだろう。
抜け落ちた箇所は自然に埋まるモノだなんて、俺が入学する前だって解決する奴がいたハズだなんて、シンジくんはあっけらかんと言うのだろうか。
……私には、とてもそうは思えなかった。
「だ、大丈夫? ミチル」
そんな中で、私は青くなって戸惑うことしか出来ないでいる。
強くなったと思っていた心は、どうやらシンジくんの支えがあってこその代物だったようだ。このあまりにも脆弱で弱い気持ちを、何とかして表に出さないようにするので精一杯だ。
「き、昨日、見に行ったら彼のお家が無くなってたの……」
「高槻の?」
ミキちゃんが言う。コウくんとココミちゃんとカナエちゃんはこの場所にはいない。彼らには、彼らのなすべきことがあるからだ。
「表札が無くて、ノックしても反応がなくて。だ、だから大家さんにも聞いてみたんだけど、修学旅行から戻ったあとの日曜にはもう退去したって」
「なにそれ、引越し業者は見なかったの? ご近所さんなんでしょ?」
「ううん、家具は全部ゴミ捨て場にあった。多分、大切なモノ以外は捨てていったんだと思う」
大切なモノ以外、すべて。
自分で口にして、吐き気を催す程に息が苦しくなった。シンジくんにとって、私は――。
「ふざけんじゃないわよ」
嫌なことを考えそうになったとき、ミキちゃんが小さく呟く。
「……え?」
「あいつ、なんでミチルを置いていったの!? なんの説明もしないで、煙みたいに痕跡も消して! あいつは残された人間の苦しみが分かるんじゃないの!? なのに、どうしてそんなに残酷なことをするワケ!?」
周囲の生徒たちの注目が集まり、ミキちゃんは顔を伏せた。
「……あたしだって、まだお礼を言ってないのに」
そう残し、自分の席に座った。
「月野、ちょっといいかな」
対応を終えて一休みの山川くんが、心配そうに私に言う。何とかしてみんなが思う私を演じようとしているのに、少しも笑顔が作れない。しかし、彼は違和感のあるであろう私を見ても特に難色も示さず静かに言った。
「な、なに?」
「あいつ、本当にヒントを残さなかったのかな。月野になら、何かを言ってたと思うんだけど」
分からない。彼はきっと、私が心から焦がれている言葉をくれようとしていた。あの日の優しい瞳に嘘はなかった。何より、シンジくんの生き方がそんな裏切りをするハズがないと語っていた。
なのに、最初から消えるつもりだったなんて。あれが嘘だったのなら、私はもう何も――。
「違う。突発的な理由だったからこそ、日常会話にヒントがあると思ったんだよ。本当に最初から計画していたのなら、あいつは月野を二度と立ち上がれないくらい傷つけられたハズだ」
……冷静に考えてみれば、山川くんの言う通りだ。
私がまだ、心を壊さずにギリギリを保っている。これこそが、シンジくんの裏切りではない何よりの証明。彼が本気で私を裏切ろうとしていたのなら、私が正気で生きていられるハズがないのだ。
なんで、こんな簡単なことに気づかなかったんだろう。本当に、私ってバカだ。
「少し質問を変えよう。修学旅行中、シンジは何を考えて行動していたと思う?」
「それは、コウくんのことなんじゃ――」
そこまで言いかけて、気が付いた。彼が一番気にしていたのは、大将さんへのお土産だったのではないだろうか。
なぜなら、シンジくんにとって頼まれることはいつものこと。この旅行で自発的にやると決めたことはそれ一つだったからだ。
「バイト先で何かあったのかも。別れるとき、『お土産を渡しに行くから先に帰ってろ』って言ってた」
「なら、放課後に見に行ってみようよ。もしかしたら、何か分かるかもしれない」
「お店、多分ヨウコって居酒屋さんがウチの最寄り駅前のどこかにあるんだと思う。手伝ってくれるの?」
「手伝いじゃない、協力だよ。俺だってシンジの理由を知りたい」
山川くんは怒っているけれど、怒りの矛先は自分自身に向いているように思える。無意識だろうか、握り締めている拳は不甲斐なさを表しているようだった。
「あたしも行くわ、ひとこと言ってやらないと気がすまないんだから」
そんなワケで、私たちは3人で放課後に居酒屋『ヨウコ』を探すことになった。
……彼がいなくなったという現実が、私とシンジくんとってどれだけ深刻な問題なのかも知らずに。
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