第3話 二人目のメイド

「レイラさん。この服、小さくないですか……?」

「それしかサイズがないので、今はそれで我慢してください」

「うう、分かりました……」


 レイラに要望をばっさりと切り捨てられ、アイシャさんは恥ずかしそうに納得する。

 確かにサイズが小さくていかがわしい服みたいになっている。見ているこっちもなんだか恥ずかしくなってくるよ。


「あの、アイシャさん。別にメイドを無理してやらなくても大丈夫ですからね。僕は領主として当然のことをしただけですので。無理して恩を返そうとしているなら大丈夫です」


 一時の感情でやってもお互いいい結果にはならないと思うので、そう説得する。

 だけどアイシャさんはふるふると首を横に振ってそれを断る。


「それは違うよテオくん。私はレイラさんに誘われて嬉しかったの。私もテオくんを支えることがしたいって思っていたから」


 アイシャさんは真剣な表情でそう言う。

 その目は嘘をついているようには見えない。


「私はレイラさんみたいに強いわけでも、テオくんみたいに特別な力を持っているわけでもない。だからせめて、生活だけでもサポートしたいの! 家事のスキルだけならお母さんに叩き込まれたから少し自信あるし、邪魔に思ったら解雇していいから……お願い!」


 アイシャさんはそう言って勢いよく頭を下げる。

 まさかそこまで強い気持ちでメイドになったなんて。


「彼女のメイドスキルの高さは私も認めるところです、まだ粗はありますが……2週間ほどお時間をいただければお城で働けるレベルにまで引き上げます」


 レイラが人を褒めるなんて珍しい。

 ということはアイシャさんのポテンシャルは本物ということだ。


 アイシャさんがいい人だっていうことは知っている、断る理由はないね。


「分かりました。それではこれからお願いしますアイシャさん」

「……ほんとっ!? ありがとテオくん、私頑張るね」


 アイシャさんは眩しい笑顔をしながら僕の手をぎゅっと握ってくる。

 レイラのスキンシップはだいぶ耐性がついてきたけど、他の人に触れられるとまだドキドキしてしまう。


「あ。でもこれからはテオ様って呼ばなきゃだよね。それともご主人さま?」

「今まで通りでいいですよ。いきなり距離が離れたら寂しいですし」

「テオくんがそう言うなら……分かった。じゃあ今まで通りに接するね」

「はい。よろしくお願いしますね」


 こうしてアイシャさんが新しくメイドとなった。

 これからもっと賑やかになりそうだ。


 ……と、そう思っていると繋いでいる手を遮るようにレイラが間に割り込んでくる。

 そしてジッとアイシャさんのことを見つめて口を開く。


「テオ様が許可したことです、馴れ馴れしく呼ぶことは見逃しましょう。しかし過度なスキンシップは許可しません。主従の枠組みの範疇で接しなさい」

「は、はい」


 レイラの圧に押されて、アイシャさんはこくこくと首を縦に振る。

 そんなこと釘を差さなくてもアイシャさんはレイラみたいにベタベタしてこないと思うんだけどなあ。


「当然夜一緒に寝ることも許しません。テオ様を起こすのも私の役目です」

「一緒に寝るって……そんなことしてたんですか!? ずるいです!」


 アイシャさんの言葉にレイラは「ふふん」とドヤ顔をかます。こんな風に感情を分かりやすく表に出すのは珍しい。

 それにしても僕と寝てもいいことなんてないと思うんだけど、なにをそんなに騒いでいるんだろう。もしかしたら暖かくて気持ちいのかもしれない。自分じゃ分からないけど。


「それでは今日は掃除と料理を中心に教えましょう。まずは……ん?」


 仕事モードに入ったレイラがアイシャさんに物を教えようとするけど、レイラはなにかに気づいたように窓から外を見る。


「どうしたの?」

「外が騒がしい……なにかあったようですね」

「外が?」


 僕は気になって家から出る。

 すると確かに悲鳴のようなものが聞こえた。


 もしかしてモンスター!? 僕は気になり声のする方へダッシュする。


「資材は……あるね。なんとかなるはずだ」


 次元収納インベントリの中に収納されている物は自分で把握できるようになっている。

 鉄はまだ少ないけど、木材と石はたくさんある。これらを組み合わせれば大型のモンスターともやりあえるはずだ。


 当然自分が強いなんて思っていないので戦うのは最後の手段。まずは状況の確認が最優先事項だ。


「テオ様!」


 走っていると村人の一人がこっちに焦った様子で向かってくる。

 よほど急いで走ったのか息が荒い。


「なにがあったんですか?」

「お、狼です! 大きな狼がやって来たんです!」

「狼? それはモンスターですか?」

「ただの狼じゃなかったのでおそらく……。すぐにゴーム殿が来たんですが、戦ってくれなくて……」

「ゴームが戦わなかった?」


 おかしい。ゴームには村の人を守るよう命じてある。モンスターが現れたなら戦うはずだ。

 僕はその人に「分かりました、後は任せてください」と言って。先に進む。


 そして村の端っこまで走った僕は、ついにその狼を見つける。

 美しい銀色の毛をした、大きな狼だ。その狼は対峙しているゴームから視線を外し僕を捉えると、大きな口を開いて言葉を発する。


「来たかテオドルフ! 待っておったぞ!」


 狼は嬉しそうにそう喋ると、ボン! と姿を変える。

 そして美しい女性の姿になると、目にもとまらぬ速さで僕のもとに駆け寄ってきて抱きついてくる。


「元気してたか! ん、ん? また頼もしくなったんじゃないか? 死線を超えたか?」

「ちょ、みんな見てますからやめてくださいよルーナさん・・・・・!」


 大きな耳と尻尾を生やしたその女性はルーナさん。

 昨日ここにやってきた伝説の狼、フェンリルの一人だ。


 ルーナさんは薄い布を一枚羽織っているだけなので、肌の露出が激しい。当然そんな状態で大型犬のごときじゃれつかれ方をされたら柔らかいものが色々当たる。非常にドキドキして教育に悪い。


「どうしたんですか今日は?」

「言ったであろう? もっとよい礼をすると。今日はそれをしに来たのだ」


 ルーナさんは野菜をおすそ分けしたお礼にオリハルコンと神狼フェンリルの加護をくれた。

 正直それだけでも貰い過ぎなのでこれ以上貰うのは申し訳ない気がする。でもお礼の中身はちょっと気になってしまう。断るにしても内容は聞いておこうかな。


「そ、そのお礼ってなんですか?」

「ふふ、欲しがりさんだなテオドルフは。いいだろう、さっそくあげるとしよう」


 そう言ってルーナさんはその綺麗な顔をゆっくりこちらに近づけてくる。

 透き通った綺麗な瞳をしているな……などとのんきなことを考えていると、もう彼女の顔は目の前まで近づいてきていた。

 あと少しで唇同士が触れ合ってしまう、そう気づいた次の瞬間、僕たちの間を切り裂くように斬撃が放たれる。


「離れなさいッ!」


 その一撃を放ったのはレイラだった。

 ルーナさんはレイラの剣閃を「おっと」と躱す。そしてその隙をつき僕を抱きかかえルーナさんから距離を取る。


「泥棒猫……いえ泥棒狼でしょうか。テオ様のく、くくくちびるを奪おうなど不届き千万。万死に値します」

「ほう、面白い。やってみるがいい」


 バチバチに火花を散らし合う二人。

 いったいどうしてこうなっちゃったんだ……。

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