第9話 手紙

「これで最後、と」


 目の前に作られた階段を次元収納インベントリの中に収納し、僕は一息つく。

 これでシルクとの追いかけっこで作った物の数々は全て片付けることができた。


「あとはしまったものを素材に戻して……よし。これでいつでも再利用することができるね」


 僕は次元収納インベントリ内の物を素材に戻すことができるようになっていた。

 自動製作オートクラフトがゲームみたいな能力だけど、ゲームシステムみたいに決まりルールがガチガチに縛られた能力じゃない。使用者の想像力に依存している能力なんだ。


 僕ができると思ったことはできるようになり、無理だろうなと思ったことはいつまでもできない。柔軟な発想がないとその真価は発揮できないんだ。

 だから使っていく内に「あれもできそうだな」と思ったらなんでも試してみることにしている。一回成功すれば次からも上手くいくからね。


 とまあ自由な能力な自動製作オートクラフトだけど、もちろん不可能なことはある。

 それは希少な素材で作られた物の分解。オリハルコンのナイフや神金属ゴッドメタルで作られた神のくわはどう頑張っても元に戻せない。

 どうやら素材同士の結合力がかなり強いみたいだ。希少な素材の使用はこれからも慎重にならないと駄目だね。


「確か村の近くに鉱山もあったはず。鉱石はなにかと必要だからいつか行かないとね。あと領民ももっと増やしたいな。手先が器用な人も欲しいし……」


 必要なものを指折り数えながら家に帰る。

 やることは山盛りで大変だけど、楽しいから苦にならない。ここをもっと多くの人が快適住める領地にしたいな。


「ただいまー」

「お帰りなさいませテオ様。お待ちしておりました」


 家に帰るといつも通りレイラが出迎えてくれる。

 キス気絶事件があってからは少しだけ距離を置かれていたけど、半日もしたらいつも通りに戻っていた。心なしか僕を見る視線の湿度が上がっているような気がするけど……きっと気のせいだろう。


「テオ様が留守の間に、手紙が届きました。こちらです」

「手紙? 誰だろう」


 手紙を送ってくる人物の心当たりは少ない。

 父上や兄のニルスではないだろう。あの二人は僕に興味がないはずだからね。

 でも昔の知り合いは僕がここにいることを知らないだろう。となると考えられる候補は一つに絞られる。


「やっぱりローランさんだ」


 その手紙の封蝋ふうろうに描かれたシンボルを見て、僕は呟く。

 狐が走る姿のそのシンボルは、獣人で構成された商会、ベスティア商会のものだ。獣人は大雑把に分けて身体能力に秀でたものと、聴力や視力などの感覚に秀でたものに分類される。

 ベスティア商会にはそのどちらも所属しており、荷物運搬などは前者、交渉などは後者のタイプが担当しているという。

 かつては獣人差別が横行していて、まだ人間と獣人の間にはわだかまりが残っている。だから獣人は獣人同士で働いたほうがトラブルが少なくていいらしい。


 みんなで仲良くできればそれが一番いいと思うんだけど……まあそう上手くはいかないんだろう。異世界ここより文明が発達した地球ですら差別を消すことなどできなかったんだから。


「えーと……明後日にこの村に来てくれるんだって。前に頼んだものも色々用意してくれているみたい」


 ローランさんとはここに来たての頃に出会い、色々取引したことがある。

 ここで採れた野菜を気に入ってくれたので、また取引したいと言っていた。今はあの時よりもたくさん野菜があるので、いっぱい買い取ってもらおう。お金はたくさんあるにこしたことはないからね。


「お客人が来るのであればではお出迎えの準備をしなければいけませんね」

「そうだね。あの時より村もずっと大きくなっているから驚くだろうなあ」


 あの時はまだ家は一軒で、畑も小さかった。領民もレイラとゴームだけ、とても村と呼べる状態じゃなかった。

 だけど今はそこそこの大きさの村にはなっている。一週間もしない内にここまで発展していたらびっくりするだろう。


「あ、そうだ。せっかくだから明日もっと村を改造してお出迎えしたら驚いてもらえるかな? 大きな門とか作ったりしてさ」

「それはよいかもしれませんね。ここが発展すればするほど、テオ様の威光、素晴らしさを他の者も知ることになるでしょう」

「いや別に僕はすごくないけど……まあ乗り気ならいいや。それじゃ明日はみんなで村を改造しようか」

「はい。全身全霊でお手伝いさせていただきます」


 レイラは頼もしくそう言ってくれる。

 さ、明日は頑張るぞ。




「……さて。今日はもうやることがありませんし、加護を定着させる作業をしましょうか」

「え゛」


 レイラは座っている僕の肩を両手でがしっとつかむ。

 み、身動きが取れない。


「いやレイラ。もう加護は貰ってるよ。大丈夫大丈夫」


 鑑定で自分の体を見た結果、僕には新しく『剣聖の加護』が宿っていた。

 動体視力、身体能力の向上。武器使用能力の向上。更に経験値ボーナスとかなり有用な加護だった。これのおかげで、てんでダメだった剣の扱いも少しは良くなった。

 やっぱり加護の効果は凄い。


「ルーナが言っていたではありませんか。加護は定着するのに時間がかかると。私の加護がテオ様から離れてしまうのは困ります。それはすなわちテオ様の安全が脅かされるということ、それだけは絶対に避けなければなりません。私もテオ様の麗しく艷やかな唇を奪うことに罪悪感は感じます。それと同時にそれを侵す背徳感も……こほん、今のは気にしないでください。とにかく私に下心はなく純粋にテオ様の身を案じての行動だとご理解ください。もちろんテオ様と触れ合えることは至上の喜びではあります。しかしそれとこれとは話が別。決して私情でこのような暴挙に及んでいるのではありません。安心して下さい、痛くはしませんから。天井の模様を見ている間に終わります」

「長い! 聞ききれないよ!」


 超絶長い言い訳をレイラは淡々と口にする。

 彼女なりの照れ隠しなんだと思うけど、怖い。放って置いたら一日中言ってそうだ。


 まあでも彼女の言っていることも一理ある。

 加護を失ってしまうのは怖い。唇を重ねることでそれが防げるのであれば、それくらいはやるべきだ。すごく恥ずかしいけど、僕は覚悟を決める。


「えっと、その……優しくしてね?」


 上目遣いでそう言った途端、レイラの額から「ブチッ」となにかが切れるような音がする。

 なにか大切なもの、例えるならそう『理性』が壊れたような音。レイラは無表情で僕の目を見つめたまま口を開く。


「テオ様が悪いんですからね。一時間で終わらせようと思っていましたが、それでは済ませません」

「ひっ、んむっ!?」


 抱き寄せられて乱暴に唇を奪われる。そして加護を上書きするように、何度も唇を離しては重ねてくる。


(あ、頭がおかしくなる……)


 結局その日は彼女の宣言通り、中々解放してもらえなかった。

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