第10話 なんということでしょう
北の大地に続く道を進む、一台の馬車があった。
その馬車の側面に描かれているのは地を駆ける狐のエンブレム。それは獣人を中心に構成された商会、ベスティア商会のものであった。
通常馬車にこのようなエンブレムを描くことは少ない。
それは盗賊に自分の身柄を明かすような行為であり、特に商会がそれをすると「この馬車には金目の物がある確率が高いですよ」と盗賊に自己紹介するようなものだ。
しかしベスティア商会がそれをすると、盗賊は向こうから避けてくれる。
なぜなら彼らは仲間を重んじる。商会には報復部隊が存在し、運悪くベスティア商会を襲った盗賊は一つ残らず殲滅されている。
もちろんベスティア商会以上の戦力を持った盗賊集団は存在する。しかしそんな彼らからしてもベスティア商会は進んで戦いたくない厄介な集団なのだ。
「ローランさん。本当にこっちの道であってるんですか?」
御者台に座る獣人の女性が、不満そうに声を出す。茶色い髪と折れ耳がかわいらしい犬型の獣人だ。彼女もまたベスティア商会の者であった。
馬車は道とは呼べないような荒野を走っている。草木は枯れ初め、人の気配など一切ない。
彼らの向かう先は死の大地と呼ばれる場所。瘴気に侵されたその大地は、生命の存在を許容しない。
「合ってますよアン。もう少しですから頑張ってください」
先輩にそう言われ、彼の後輩である彼女は「はい……」と小さく呟く。
ベスティア商会は実力主義。先輩であり業績も高いローランにアンは頭が上がらなかった。
「本当にこっちに村なんてあるのかな? とても人が住める様な土地には見えないけど……」
北の大地に人が住めないのは常識である。
ローランが嘘をついているとは思えないが、到底信じられることではなかった。
「あ、なにか見えてきた。ローランさん、あれがそうですか?」
「どれどれ……ん?」
アンの指差す先を見たローランは不思議そうに声を出す。
それは彼の知っている場所の見た目とはずいぶん違っていた。
彼が来た時、まだ家は一軒しか立っておらずその横に小さな畑があるだけだった。
ローランはテオドルフを高く評価していた。まだ彼と分かれて一週間も経っていなかったが、彼の能力があれば、村と呼べるレベルにまで発展しているのではないかと思っていた。
だが実際の結果は……それ以上であった。
「そんな馬鹿な……!」
そこにあったのは立派な門であった。王国に存在するのと同じか、下手したらそれよりも立派で堅固なものであった。そしてその門から広がるように高い城壁が横に伸び、その村は囲われていた。
まるで要塞都市。とても数日前まで家が一軒立っていただけの場所には見えない。
「ローランさん!? これどういうことですか!?」
「わ、私だって分かりませんよ!」
想定外の事態に焦りを見せるローラン。
いつもは不敵な笑みを崩さず、取引相手を手球に取る彼だが、今は余裕は消え失せていた。先輩のそんな姿を見るのは初めてだったアンは、今がどれだけ異常事態なのかを察する。
「近づいていいんですよね?」
「門の上からこちらを見ている者がいます。今更逃げるわけにはいかないでしょう……」
門の上にはいくつも立派な砲台が見える。あれに背を向けて逃げる勇気はローランにはなかった。それにこちらから行くと手紙を送ったのだ。それを反故にしては義に反する。
商人は金と約束をなにより重んじるのだ。
「行ってください。大丈夫……なはずです」
「うう、なんでこんな目に」
涙目でアンは馬に指示を出し、前進する。
そして門の前に到着すると、綺麗な鎧に身を包んだ人物が馬車に近づいてくる。
「ベスティア商会の方々ですね。よくぞいらっしゃいました。テオドルフ様がお待ちです」
そう言うと門がギギ……とゆっくり開き始める。
門を開けているのは二体の大きなゴーレムだった。
一体はローランが以前見たことのある個体だが、もう一体の背中にナタを装備したゴーレムは初めて見る個体だった。
この短時間でまたあれほどのゴーレムを作ったのか? ローランは頭が痛くなりながら門の内側を観察し始める。
「はは、夢でも見ているんですかね……」
なんということでしょう。
かつて家が一軒だけ立っていたその場所には、立派な『街』ができていました。
匠の手により瘴気は取り除かれ、立派な家が何軒も立ち並んでいるではないでしょうか。
道は整備され、噴水から水が出て、公園では子どもたちが遊んでいるではありませんか。
「ろ、ローランさん」
「私になにを聞いても分かりませんよ。進んでください」
先輩につめたく言われ、アンは渋々馬車を進める。
門番に案内されついたのは、街の中でもひときわ大きい『屋敷』であった。二階建てのその建物は貴族でもそう住めないような立派な建物であった。
馬車がその屋敷の前につくと、扉が開き一人の少年が出てくる。
艷やかな黒髪に、整った顔立ち。そして13歳とは思えない落ち着いた雰囲気。その人物こそローランが会いに来たテオドルフ・フォルレアンその人だった。
「よくいらっしゃいました、ローランさん。さ、中へどうぞ」
「は、はい。ありがとうございます、テオドルフ様」
冷静を装うが、彼の背中は汗でびっしょりだった。
まるで魔王城にでも向かうような気持ちで、ローランたちはその屋敷の中に足を踏み入れるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます