第11話 二度目の取引

「こちらです」

「は、はい」


 屋敷の中を案内されるベスティア商会の二人。

 ローランは目立たないようにちらちらと、アンは呆気にとられたように周囲を見回す。


 このような短期間で屋敷が立つなどあり得ない。もしかしたら豪華なのは外観だけで、他はハリボテなのかと思ったが、そんなことはなかった。


(このような建物、短期間で建てられるはずがありません。となるとやはり殿下の『ギフト』による力……。まさかこれほどとは思いませんでした……!)


 ローランはごくりと喉を鳴らす。

 建物を作るのは武器を作るのとはわけが違う。外の門や城壁もその力によるとすれば、これはもう神業の域だ。街一つ簡単に生み出してしまう力、敵に回したらと思うとローランは恐ろしくて身震いする、


早めに面識を持ち、取引相手になれたことをローランは心の中で女神に感謝した。


「どうぞ座ってください」


 大きくて高そうなテーブルのある部屋に、ローランたちは案内された。

 どうやらそこが応接室のようだ。


 テーブルと同じく高そうな椅子に、ローランたちは腰をかける。


「わ、先輩。これフカフカですよ!」

「……お願いですから静かにしてください」


 脳天気な後輩にローランは頭を痛くする。

 テオドルフがこの程度のことで機嫌を悪くするとは考えていないが、それでももう少し真剣に向き合ってほしかった。

 しかし経験が浅く、脳天気な性格をしているアンに、そんな気持ちは伝わらなかった。


「馬車の移動で疲れましたよね。甘い飲み物でもいかがでしょうか」


 そうテオドルフが言うと、メイドの一人が透明なグラスにオレンジ色の液体を注ぎ始める。

 キラキラと輝くその液体からは豊潤な香りが漂う。


(前に来た時、メイドは一人だったはず。いったいどこで増やしたのでしょう。動きは素人に見えませんし……)


 思考を巡らせるローラン。

 飲み物を注ぐ彼女、アイシャの所作はローランが勘違いするほど様になっていた。


 しかしそれは長年の経験ではなく、レイラの超スパルタ指導による賜物だった。毎日筋肉痛になるまでメイドの所作を叩き込まれている。

 特に客前での所作は徹底的に教えられたので、ローランの目をごまかす程度には習得していた。

掃除、料理などはまだまだ一流に程遠いが、それを習得する日は遠くないとレイラは考えていた。


「今朝採れたオレンジで作りましたジュースです。どうぞ、お召し上がりください」

「はい。いただきます」


 出されたオレンジジュースを口にする。

 するとその瞬間、口の中にオレンジの香りが爆発・・する。まるで果物そのものを口の中に突っ込まれたようにローランは感じた。

 甘みは強いが、しつこくなくそれでいて後味爽やか。まるで人の思い描く理想の飲み物を具現化したような、そんな味であった。


 味見をするだけにとどめるはずが、気づけばローランはそれを一気飲みしてしまっていた。


「ごくごく……ふう。なんと凄まじい……。テオドルフ様、ぜひこれも商会うちで取り扱いを……」

「こ、これすっごく美味しいですっっ!! あの、おかわりいただいてもいいですか!?」


 ローランの言葉をかき消しながら、アンがおかわりを催促する。

 するとアイシャは可愛らしい笑みを浮かべながら「はい。もちろん」とおかわりを注ぐ。


「ごく、ごく……ぷはっ! 私こんなに美味しい飲み物初めてです! 感動です! いやー先輩が凄い作物が取れると言ってましたがここまでとは思いませんでした!」

「あなたいい加減に……」

「構いませんよ。喜んでいただけて嬉しいです」


 暴走する後輩を止めようとするローランだが、テオドルフはそれを制する。

 テオドルフはおもてなしを素直に喜んでもらえて嬉しかったのだ。


「オレンジもたくさん用意してあります。どうぞ持っていってください」

「ありがとうございますテオドルフ様。前回いただいた作物ですが、全て好評でした。ぜひ今回も色々と取引させていただけますと助かります」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 そう言ってテオドルフは、細かい価格についての取引を始める。

 彼の提示した金額は、今ローランが動かすことのできる額のギリギリをついた金額であった。これ以上大きくしたら流石に「それは」と言いたくなるギリギリ、テオドルフはそこを突いた。


 しかしローランも若手の中で有力株ホープとされる、腕のある商人。ギリギリを突かれてもそれを跳ねのけてもっと有利な条件を引き出す話術を持っている。

 だがそれも立場が平等であればこそ。今この場はテオドルフが支配していた。

大きく発展した街、豪華な屋敷、そして差し出された飲み物。それら全てがテオドルフの価値を底上げする。

 ほんの少しでも心象を悪くしたくない、そんな気持ちがローランの心を支配してしまうのも無理はないだろう。


「ええ、ぜひこの条件でやらせていただければと思います」


 ローランはにっこりと笑みを浮かべながらテオドルフの条件をまるごと飲む。

 金の工面、販売経路の確保。もろもろを考えるともう少し欲しいところではあったが、それよりも今は関係性を維持することを最優先にしたのだ。


 二人は固く握手をして、契約を成立させる。


「ふう……」


 緊張でカラカラになった喉をジュースで潤すローラン。

 ひとまず山場は乗り切った。彼はほっと肩をなでおろす。


「そういえばローランさん。避難している人たちの情報をいただきありがとうございます。おかげで領民を増やすことができました」

「いえ、喜んでいただけたのでしたら幸いです。これからもそういった情報が手に入りましたらテオドルフ様にいち早くお伝えいたします」


 などと商売に関係のない話を続ける二人。

 しばらくそう話していると、突然屋敷の外からカンカンカン! と鐘を叩くような音が響いてくる。


「きゃあ!?」

「な、なんですか……?」


 突然のことに焦った表情を浮かべるアンとローラン。

 一方テオドルフは慌てず真剣な表情をする。


「……どうやら魔物がここに来ているみたいです」

「なんですって!?」

「安心してください。ここの防衛マニュアルは既にできています。レイラ、行くよ」

「はい」


 後ろに控えていたレイラと共に、テオドルフは外に出る準備をする。

 すると、


「テオドルフ様。私も同行してもよろしいでしょうか」


 このまま屋敷にいるのが一番安全だと分かりつつも、ローランは同行を申し出る。

 危険を冒してでも、この領地の力がどれほどのものなのか、この目で確認しておきたかったのだ。

 テオドルフは少し考えると、頷いてそれを承諾する。


「分かりました。でも危険だと思ったらすぐに逃げてくださいね」

「はい、ありがとうございます」


 こうして一行は鐘の音がした、村の東部へと向かうのだった。

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