第7話 招待

 翌日の夕方。

 湖の町アークレイを昼頃に発っていた一行は、無事王都に到着していた。


 帰りの道中はモンスターや野盗に襲われることもなく非常に快適なものだった。これにて依頼完了……幾多の死線をくぐり抜けてきたレイラにとっては、造作もない仕事であった。


「ありがとうございます、レイラさん。貴女のおかげで快適な旅でした」

「とんでもありませんイザベラ様。私の方こそよくしていただき、ありがとうございます。イザベラ様と過ごした二日間は、私にとって忘れられぬ思い出となりました」


 レイラの言葉は本心であった。

 今まで他人と深く接したことのない彼女にとって、この二日間は非常によい思い出となった。過ごした時間は短いがレイラはイザベラとテオドルフのことを大切に思うようになっていた。


「テオドルフ様もありがとうございました。機会があればまたお会いしましょう」

「あ、えと、はい……」


 ぐいっと距離を詰めながら手を握ってくるレイラに戸惑いながらも、テオドルフは返事をする。謎の圧は怖かったが、今回の旅でテオドルフもレイラのことを信頼するようになっていた。


「じゃあまた遠出することがあったら、お願いしますね」

「はい、ぜひ。どのような依頼も蹴って駆けつけます」

「た、頼もしいけど近いです」


 くっつくのではないかと思うくらい接近するレイラの顔をテオドルフは手で押し返す。

 そんな仲睦まじい二人の様子を見て、あらあらと楽しそうにイザベラは微笑む。あまり城の外に出ず、友人の少ない息子に仲良く話せる知人ができたのが喜ばしかった。

 それにレイラの反応を見るに、もしかしたら二人は親密な関係になるかもしれない。レイラのことが気に入ったイザベラは、そうなってくれたら嬉しいなと思う反面……同時に悲しくもあった。

 なぜならそうなった未来を、自分はこの目で見ることができないからだ。

 ゆえにお節介を焼ける機会は限られている。イザベラは「そうだ」と手をぽんと叩いてある提案をする。


「二週間後、お城でパーティがあるんです。よかったらレイラさんも出席しません?」

「っ!? し、しかし二週間後のパーティと言いますと、ガウス陛下の誕生祭ですよね? そのような催しに私が参加してもよろしいのでしょうか?」


 国王の誕生祭は盛大に行われる。王都中がお祭り騒ぎになり、市民も大いに楽しむが、王城の中に入れるのは一部の貴族だけだ。

 レイラの家は剣の名門であり、その当主であれば参加できるほどの権力がある。しかし今のレイラは家を捨てた身。とてもじゃないが参加資格はない。


「私の招待枠にすれば大丈夫。ね、ガーラン」

「……善処します」


 少し渋い顔をしながらもガーランは言う。

 どうやら困難ではあるようだが、招くことは不可能ではないみたいだ。


「ガーランもこう言ってるしいいでしょう? きっと楽しいわよ」

「……かしこまりました。ではそのご招待、謹んで受けさせていただきます」

「ふふ、楽しみにしているわね」


 嬉しそうに笑うイザベラを見て、レイラは少し恥ずかしそうに目を伏せる。

 この人と話していると、まるで自分が幼子に戻ったような気分になる。レイラはそう思った。


「それでは準備ができたら招待状を送ります。少しだけ待っていてくださいね」

「はい。分かりました」


 レイラはそう言うとイザベラとテオドルフに頭を下げ、ガーランにも会釈した後、その場を後にする。


「……まさかこのようなことになるとは」


 まだオルスティン家にいた時、何度かパーティに参加したことはあった。

 しかしそれらは彼女にとって退屈なだけのものであり、一度も楽しいと感じたことはなかった。


 だが今回に限ってはその日が楽しみになっていた。またあの二人に会うことができる、それだけでレイラの胸は温かくなった。


「ふふ、楽しみですね……」


 誰に言うでもなくそう呟いたレイラは、いつもより軽い足取りで帰路につくのだった。


◆ ◆ ◆


 王都に帰ってから一週間後。

 レイラはいつも通り冒険者ギルドに姿を現していた。


「なにかいい依頼はないでしょうか……?」


 一週間後には国王誕生祭が控えているので時間のかかりそうな依頼は避けているが、すぐに終わりそうなものは受けていた。

 クエストボードに貼られている依頼を吟味する彼女を見て、冒険者たちは酒を飲む手を止め、ひそひそと話す。


「……やっぱり前より雰囲気が優しくなったよな?」

「この前なんか受付嬢と話しながら少し笑ってたぜ?」

「可憐だ……」

「いったいなにがあったんだ?」


 イザベラとの一件以来、彼女の刺々しさは前よりもだいぶ減っていた。

 そのせいでただでさえ高かった人気は更に上がり、前は尻込みしていた者も彼女に話しかけるようになっていた。


「あの、レイラさん。良かったらこの後一緒にご飯でも」

「申し訳ありませんがお断りいたします」


 しかし物腰が柔らかくなったとはいえ、ガードが硬いところは変わっていなかった。話しかけた全員が轟沈し、食事に行ける者すらいなかった。


「はあ……早く一週間後にならないでしょうか」


 そんな振られた男たちの気持ちなど露知らず、レイラはパーティのことを考える。レイラはまた二人に会えることが楽しみで仕方がなかった。


(そういえばまだ招待状が来ていませんね、いつ来るのでしょうか)


 貼られた依頼を見ながらそのようなことを考えていると、少し離れたところから受付嬢が彼女の事を呼ぶ。


「レイラさん! 少しよろしいでしょうか?」

「はい、どうしましたか?」


 カウンターに向かうと、受付嬢が一枚の紙を取り出してカウンターの上に置く。


「実はレイラさん宛にまた指名の依頼が入ってまして。今日の夜にこの指定の場所に来てほしいそうなんです。前回と同じく依頼人は匿名なのですが……どうしましょうか?」

「行きます」


 受付嬢の言葉に、レイラはノータイムで返事をする。

 前に護衛の依頼が来た時も今回と同じような形で依頼がされた。これもガーランが出したものと見ていいだろう。

 わざわざこのような形にしないでも、町で直接声をかけてくれればいいのに……と思わなくもないが、向こうにも色々事情があるのだろうとレイラはそれ以上考えることはしなかった。


「かしこまりました。それでは指定された時間と場所が書かれているこの紙をお渡ししますね」

「はい、ありがとうございます」


 レイラはその紙を受け取ると、優しい笑みを浮かべる。

 その表情は女性である受付嬢が見てもドキッとしてしまうほど、綺麗で魅力的なものだった。


「それでは失礼します」


 レイラはその紙をポケットにしまうと、来た時よりも軽い足取りで冒険者ギルドを後にするのだった。

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