第6話 湖畔の町、アークレイ

 グレイウルフを退け、移動を再開する一行。

そして途中休憩を挟みながら進むこと数時間。一行を乗せた馬車は目的地のとある町にたどり着いた。


「ここがアークレイ……いい場所ですね」


 王都の南西にある、弓のような形をした大きな湖。そのすぐ側にこの町は存在する。

 湖がそばにある意外はなんの変哲もない、ごく普通の町。刺激こそないがそこに住む人たちは平和で穏やかな生活を送っていた。


「ここがイザベラ様の故郷なのですね」


 再びの襲撃に備え馬車の上に立っていたレイラは、馬車の隣に降り御者台に座るガーランに尋ねる。

 ガーランは時折すれ違う町民に笑顔で会釈をしながらレイラの質問に答える。


「ああ、体の弱いイザベラ様はこの街でほとんどの時を過ごされた。空気は美味しくて飯も美味い。いいところだ」


 そう語るガーランだが、その顔は少し暗い。

 いったいどうしたのだろう。気になるレイラだったが彼女がそれを尋ねるより早く馬車は目的の建物に着いてしまう。


 そこはこの小さな町では一際目立つ、大きな屋敷であった。

 イザベラが育ったその屋敷は、湖一帯を治めるルシアン・ヴァルモンド伯爵の邸宅であり、イザベラはルシアンの娘であった。

 現国王であいテオドルフの父親のガウスは、この屋敷でイザベラと出会いそして婚姻するに至ったのだ。


「ここから先へ私たちだけで参ります。お二人は休んでいてください」

「かしこまりました。なにかありましたらお呼びください」


 そう言ってイザベラは息子のテオドルフを連れ、屋敷の中に入っていく。

 残されたガーランとレイラは湖のよく見える場所で一息つく。


(……平和、ですね)


 目の前に広がる湖を見ながら、レイラはそんなことを考える。

 思えば家を飛び出してから、彼女は戦いの毎日であった。依頼を受け、モンスターや盗賊と戦うだけの日々。そこに楽しさはなく、日に日に心が荒んでいった。

 こうして心穏やかな時間を過ごせたのは、久しぶりであった。


「このようなところが故郷であるのならば、帰りたくなるのも頷けます」

「ほう、レイラ殿はあまり故郷が好きではないのか?」

「……そうですね。あまりいい思い出はありません。あそこでは剣の腕のみが全てでした。愛情のようなものは与えられず、ひたすら血の滲むような訓練を受けさせられましたからね」


 剣を極めること自体は嫌いではなかった。しかしそれだけをし続けるというのは苦痛でしかない。レイラはそのような日々に嫌気が差し、家を飛び出した。

 家を出るには当主である父を超える必要があったが、彼女は正々堂々と父を倒し正門から出た。

当主を倒した者は次の当主になることもできたが、レイラはその座に興味はなかった。


「とはいえ結局家を出てもやっていることは出る前とほぼ変わりません。私にはやはりこの道しかないのでしょうか」

「まだそう決めるのは早いだろう。レイラ殿であれば自分が夢中になれるものを見つけられるだろう」

「……ありがとうございます。そうなるといいんですけどね」


 レイラは雄大な自然を見ながらため息をつく。

 とても自分にそのようなものが見つかる気はしなかった。


「そういえばなぜイザベラ様はお忍びでここに来られたのですか? 里帰りくらいでしたら堂々とできるのでは?」


 話すことがなくなったレイラは、気になったことを尋ねる。

 あまり王族のことに深く首を突っ込む気はない。ただの世間話として尋ねただけであった。話せないのであればそれ以上聞くつもりはなかった。


 その質問に対するガーランの答えは、意外なものであった。


「……イザベラ様は、もう長くない。こうして歩けているだけでも、奇跡のようなものなのだ」

「なんですって……!?」


 予想だにしないその返事に、レイラは動揺する。

 イザベラは確かに線が細い。病弱にも見える。しかしとてももうすぐ亡くなるようには見えなかった。


「イザベラ様が罹った病は珍しいものらしい。多くの医者や魔法使いに診てもらったが、誰も治すことはできなかった。医者いわく持ってあと半年らしい」

「そのようなことが……」


 レイラは悲痛な表情を浮かべる。

 まだイザベラと知り合って短いが、レイラはイザベラの死を悲しむほど、彼女のことが好きになっていた。


「国王陛下はこのことを知っているのですか?」

「無論だ。ゆえに陛下はイザベラ様の外出を禁じている。だがイザベラ様は最後にどうしても育ったこの地に来たいと申された。なので陛下が王都から離れている隙を突き、ここにやって来たのだ」

「なるほど、そのような理由があったのですね……」


 レイラは今回の依頼に、ようやく得心がいった。

 自分がこっそり外出していることを国王に知られない為に、自分のような外部の者が護衛に選ばれたのだ。


「しかし本当に外出して良かったのですか? 護衛がいるとはいえ、外には危険が溢れております」

「……私とてできることなら王都で安静にしていてほしかった。しかし最期の頼みだと頭を下げられては断ることもできない。それにイザベラ様がテオドルフ殿下と過ごせた時間は短い。親子が共に外出することができる最後の機会を、誰が止めることができようか」

「そう……ですね」


 レイラは己の浅い質問を恥じた。

 ガーランは全てを承知の上で、今回の任務に当たっている。自分のような事情を知らない者が口を挟む余地などなかったのだ、と。


「――――と、少し話しすぎたな。この話は他言無用で頼むぞ」

「はい、もちろんです。しかしこのような大事な話、私にしてしまってよかったのですか?」

「大丈夫だ。聞かれたら答えていいとイザベラ様から言われている」

「……そうなのですか?」

「ああ。イザベラ様はレイラ殿のことがすっかり気に入られたようだ」


 ガーランの言葉を聞いたレイラは、心がじんわりと温かくなるのを感じた。

 人に信頼されるとはこのような気持ちなのかと、レイラは嬉しくなった。


「む、どうやら話が終わったようだ。そろそろ中に入るとしよう」


 屋敷から出てきた使用人が自分たちを探していることに気が付き、ガーランは言う。積もる話はひとまず終わったようだ。


「それではもう一日だけではあるが、よろしく頼むレイラ殿」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 二人は頷き合うと、屋敷に向かって歩を進めるのであった。

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