第5話 襲撃者

 一行が乗る馬車を襲ったのは、森に住む魔物グレイウルフであった。

 灰色の毛を持つその狼たちは鋭い牙を持ち、鉄製の鎧であっても噛み砕くほどの力を持つ。


 連携能力も高く、グレイウルフは仲間とともに協力しあって狩りを行う。今回も十頭の群れで馬車を囲み、万全を期して狩りを開始した。

 男一人に女二人、そして美味しそうな子どもが一人。今回の狩りは簡単なものだろうとグレイウルフは思っていた。

 しかし彼らの自慢の鼻は性別と歳を見分けることはできても、その個人の持つ『強さ』までは見極めることはできなかった。


「――――はっ!!」


 鋭い剣閃がはしり、グレイウルフの体が空中で両断される。

 鮮血が辺りに散るが、グレイウルフを斬った者の体には当たらず地面を赤く染める。


 レイラは死骸となったグレイウルフから視線を外すと、剣をピッと振り刀身についた血を落とす。それを見た騎士のガーランは「凄いな」と声を漏らす。


「路地裏の時よりもずっと『速い』。あの時は本気ではなかったというわけか」

「それはお互い様でしょう。貴方もあの時はそれ・・を持っていませんでした」


 レイラはちらとガーランが持っているおおきなそれに目を向ける。

 ガーランが左手に持っていたのはぶ厚いタワーシールドであった。ガーランの巨躯を全て守るほどの大きさを誇るそれこそ、“鉄壁”の二つ名を持つ彼がもっとも信頼を置く武具であった。


「これを持ち歩くと目立つからな。あのような場では使えんよ」

「なるほど、確かに」


 盾は大きく、布を被せたとしてもかなり目立つ。

 人目が少ない場所を選んだとしても、完全に人目を避けるのは不可能だ。


「さて、世間話はこれくらいにしてとっとと終わらせようか」


 ガーランはそう言うと「ふんっ!」とタワーシールドを思い切りグレイウルフに叩きつける。

 強靭な足腰を持った彼の踏み込みは想像以上に速い。その速さに盾の重み、更に彼の筋力が加わったことでその一撃はとてつもない威力を発揮する。

 まともに食らったグレイウルフは十メートル近く吹き飛び、地面に倒れる。その光景を馬車の中から見ていたテオドルフは「まるで交通事故だ」と心のなかで思った。


「グウ……!」


 倒れる仲間を見て、一匹のグレイウルフが背を向けて逃げ出そうとする。

 それを見たレイラはそちらに目標を定める。


「逃がしません」


 逃げられてしまえば、仲間を連れて再び襲いに来る可能性がある。どれだけ仲間がいても負ける気はしなかったが、襲撃される回数は少ないにこしたことはない。

 レイラは一度剣を鞘に納め、集中する。そして勢いよく剣を抜き放ち高速の居合を放つ。


「オルスティン流剣術、飛鉄とびがね


 居合とともに放たれたのは、飛ぶ斬撃。

 高速で放たれたそれは逃げるグレイウルフの背中に命中し、その体をやすやすと斬り裂き命を奪った。

 この技は魔法を使えないレイラにとって貴重な飛び道具。それほど威力は高くないがグレイウルフ程度であれば一撃で命を奪うことができる。


「ルル……」


 逃げることすらできないと分かったグレイウルフは、悔しげに顔を歪める。

 このままでは餌にありつくどころか全滅だ。どうすればいいと考えたグレイウルフは、目標を変える。


「ガウッ!」


 グレイウルフが次の目標に定めたのは馬車だった。

 自分のいる位置からなら二人の戦士に追いつかれるより早く馬車にたどり着くことができる。そう考えたグレイウルフは戦士の相手を仲間に任せ、獲物の確保に動いた。


 その考えを察したグレイウルフはレイラとガーランを足止めするように動く。彼らの連携能力の高さにレイラは「ほう」と少し感心する。


「よい手です。ですが……」


 遅い、とレイラは心の中で呟く。

 人並み外れた速度で動ける彼女にとって、この程度の距離は誤差でしかなかった。グレイウルフが馬車に襲いかかるよりずっと早く、その首を落とすことができた。

 レイラは向かってきたグレイウルフを一刀のもとに両断したあと、馬車に向かうグレイウルフへ向かって移動しようとする。すると、


「がう!?」


 馬車に向かっていたグレイウルフが、突然その場で転倒・・した。

 今いる場所は特段転びやすい地形でもない。それなのになぜ。

 グレイウルフもなにが起きたのか分かってないようで混乱しながら起き上がろうとしている。


 ひとまずレイラは転んだグレイウルフに近づくと、その首を剣で斬り落とす。


「いったいなにが……ん?」


 グレイウルフが転んだ辺りを確認したレイラはあるものを確認する。

 それは地面にできた『でっぱり』。明らかに自然にできたものではない、綺麗な正方形のでっぱりが地面に生えていた。

 素材は石でできているように見える。どうやらグレイウルフはこれに転んでしまったようだ。


「なんでしょうこれは。魔法……にしては魔力を感じませんでしたね」


 首を傾げるレイラ。ふと馬車を見てみると、窓からこちらを覗いている人物の顔が見えた。

 第三王子テオドルフ。彼は馬車の中からレイラの方を見ていたが、レイラがこっちを見てきたことに気がつくと慌てたようにさっと窓から顔を外して隠れる。


「なんとかわいらし……ではなく、あの方がこれを? 十三歳になっていない殿下にはまだ力が宿っていないはずですが……」


 レイラは謎の力について考えようとするが、途中でそれを止める。


「私が詮索することではないですね。仕事に集中しましょう」


 どうせこの仕事が終わってしまえば、会うことはない。

 深入りすれば面倒事に巻き込まれてしまうかもしれない、それはレイラとしても避けたかった。


 近々王都から離れ他の国にも行こうと思っていたところだ。

 そうすればなにかやりたいことが見つかるかもしれない。前はそう思っていたが、最近は場所を変えた程度ではそのような物は見つからないのではないかと思っていた。


「レイラ殿! 今ので最後のようだ。ご苦労であった」

「はい……」


 楽しげに笑うガーランと対照的に、レイラの表情は固い。


「この仕事が終わったら……なにをすればいいんでしょうね」


 小さく呟かれたその言葉は、誰の耳にも届くことはなかった。

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