第6話 末っ子

 ルーナさんと9頭の子どもフェンリルたちは、あっさりと村の人たちに受け入れられた。

 そもそも村の人たちはフェンリルというものをあまり深く知らないから、珍しい狼くらいにしか思っていなさそうだった。


 まあでもそれくらいに思ってくれていたほうが自然に付き合えるだろうから、無理に訂正はしなかった。ルーナさんも「これくらいが気楽でよい」って言ってたしね。


「フェンリルちゃんたち! ご飯ですよー!」


 アイシャさんが大きな声でそう言うと、子どもフェンリルたちが物凄いスピードで集まってくる。

 そしてお皿によそわれた新鮮な野菜をガツガツと食べ始める。ルーナさんの言っていた通り凄い食欲だ。


「わ! わ! まだありますから慌てないで!」

「わんっ!」


 アイシャもすっかりフェンリルたちに懐かれたみたいで、じゃれつかれている。

 村の雰囲気も来る前より明るくなっているしいいことづくめだ。


 まあ一点だけ気になることはあるけど……


「…………」


 側頭部に突き刺さる視線。

 頭を動かさずに視線だけそっちに移すと、そこには物陰からこちらをじっと見つめている子どもフェンリルの姿があった。

 アイシャの出しているご飯にがっついているフェンリルは8頭。残りの1頭があの子だ。他の子よりも少しだけ小柄なあの子は、出会った時も僕から一歩引いた位置にいた。


「村の人とも距離を取っているみたいだけど大丈夫かな」

「あいつは昔からああなのだ。困ったものだ」

「わっ!?」


 突然横から誰かの声がして、僕は飛び退く。

 そこにいたのはルーナさんだった。いつからいたんだろう。前からいましたみたいな感じで平然と僕の横に立っていた。

 さすが狼、気配を消すのが上手うま過ぎる。


「昔からというのはどういうことですか?」

「あの子は9頭の兄弟で一番下の子なのだ。瘴気に侵され弱っていた私の姉は、あの子を産んで数日後に息を引き取った。フェンリルは長い時をかけて子育てをするが……あの子はほんの数日しか母の愛を受けられなかった」


 そう語るルーナさんの目には深い悲しみが感じられた。

 きっと子どもたちだけじゃなく、彼女もまだ完全にお姉さんの死を乗り越えられていないんだろう。


「我は精一杯母としての役目を果たそうとした。しかしいくら頑張っても完全に代わりにはなれぬ。あの子はとても『臆病』になってしまった。本当は人間に興味があるが、その一歩が踏み出せない。だからあの子はああして遠くから見ることしかできぬのだ」

「そうだったんですね……」


 ちらちらとこっちを見てくるあの子は、確かにこっちに興味があるように見える。

 まだ子どもだから遊びたい盛りなんだろうね。


「テオドルフ。これはもしよければの話なのだが……」

「はい、任せてください。あの子と友達になれるよう頑張ってみます」


 そう答えるとルーナさんは驚いたように大きく目を開く。


「あれ、違いましたか?」

「いや……違わんよ。ここに来てくれたのがお主で本当によかった」


 そう言ってルーナさんは僕の頬を優しくなでる。

 僕を見つめるその目は母親のように優しかった。


「あの子はかけっこが好きだ。仲良くなるならそれが手っ取り早い」

「分かりました。どこまでできるか分かりませんが、やってみますね」


 僕はそう言ってフェンリルの子にゆっくり近づき始める。

 するとその子はびくっと体を震わせると僕から距離を取り、また物陰からひょこっと顔を出す。


 完全に怖がっているなら姿が見えなくなるまで逃げるはず。やっぱりあの子も遊びたいんだ。

 あの子と僕の距離はそこそこ離れているけど、声は届くはず。僕はその子に声を投げかける。


「ねえ、かけっこしようよ。僕が追いかけるから逃げて。場所はこの村周辺ね」

「…………わうっ」


 短くそう返事をしたフェンリルは、ダッと背中を向けて駆け出す。

 どうやらこっちの意図は伝わったようだ。


「よし、やるぞ……!」


 フェンリルを追いかけ、僕も走り始める。

 身体能力はかなり低かった僕だけど、今はそこそこ強くなっている。


 これはおそらくゴブリンキングを倒したおかげだ。この世界ではモンスターを倒すと、その生命力を取り込み強くなることができる。ゲームでいうと経験値みたいなものだ。

 もちろんだからといってフェンリルに追いつけるほどの走力はないけど、僕には自動製作オートクラフトの力もある。この力はかけっこでも有利に働くはずだ。


 僕は走りながら作戦を考え始めるのだった。

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