第3話 邂逅

「イザベル王妃と……テオドルフ殿下」


 レイラはその二人の名前を反芻する。

 王妃と王子の名前だ。当然聞いたことはある


 しかし二人はめったに人前に姿を現さない、レイラは二人の顔を見たことはなかった。


「なぜ王族の護衛の依頼を私にしたのですか? 護衛なら王国の兵士を使えばよいでしょう」

「今回の件は『お忍び』なのだ。ゆえにイザベル様は最低限の人数で速やかに事を行いたいとおっしゃっていた。もし兵士を集めれば人の目を集めてしまうからな」


 なるほど、とレイラはひとまず納得する。

 王族の護衛となれば集められる兵士の数は十人を超えてしまうだろう。そうなってはどう動いても目立ってしまう。それを避けるため腕利きの者、それも外部の者を探していたというわけだ。


「……事情は分かりました。それで王妃殿下はどこに向かわれるのでしょうか。確か殿下は病弱でめったに外に出ることがないはずですが」

「目的地は王都南西の町『レニッツァ』だ。あそこはイザベル様の故郷なのだ。そこで二泊した後、王都に帰る。それだけだ」


 レニッツァは大きな湖の側にある、静かな町だ。

 王都から馬車で半日ほどでつく距離にある。


 ただの帰郷なのか、それとも別の目的があるのか……と、考えるレイラだがその思考を振り払う。今考えても答えは出ない、興味があるのであれば踏み込むのみ。


「分かりました、仕事を承ります」

「そうか、感謝する」


 ガーランはそう言うと、わずかに頬をほころばせる。

 今までは気の張った表情をしていたが、おそらくこれが彼の本来の表情なのだろう。


「出発の日時は追って連絡する。それまで王都に留まっていてくれ」

「分かりました。お待ちしてます」


 レイラはそう言って、この日はガーランと分かれるのであった。


◇ ◇ ◇


 それから四日後の深夜。

 レイラは一人で王都南にある門の外に立っていた。


「少し、冷えますね」


 はあ、と手に息を吹きかける。

 白い息が手の中にたまり、そして空気に溶けていく。


 昼は騒がしい王都だが、夜になると静寂が支配する。人通りはなく、馬車も通らない。レイラはそんな中一人でそれを待っていた。


「……来ましたね」


 王都方面から、一台の馬車がこちらにやってくる。

 派手さはないがしっかりとした造りをした馬車だ。きっといい値段がするんだろうとレイラは推測する。


 馬車は門を越え、レイラの前に来ると停まる。


「待たせてすまない。レイラ殿」


 馬車前部にある御者台の上からガーランが声をかけてくる。

 どうやら彼は馬を操る御者兼護衛のようだ。人数は本当に必要最低限まで絞られているらしい。


「いえ、私も先ほど着いたばかりですので。ところで私も御者台に乗ればいいのでしょうか?」


 馬車の中には王妃と王子が乗っている。ただの護衛である彼女もそこに乗れるとは思えない。

 ならば後は御者台しか残っていないのだが、ガーランに席を詰める様子は見られない。


「そうする予定だったのだがな。イザベラ様がぜひレイラ殿と話がしたいと言っておられるのだ」

「王妃殿下が……?」


 なぜ自分と、とレイラが首を傾げると馬車の扉が開く。

 そして中から長い黒髪の綺麗な女性が姿を現す。

 線が細い、病弱そうな女性だ。しかしながらもその足取りはしっかりしており、目にも力強さを感じる。


 その女性、イザベラはレイラに視線を留めると、嬉しそうに笑みを浮かべ近づいてくる。


「貴女がレイラさんですね。会えるのを楽しみにしておりました」

「光栄です、王妃殿下。このレイラ・オルスティン、命をかけて護衛を務めさせていただきます」


 フレンドリーに接してくるイザベラに一瞬戸惑うレイラだが、すぐに平静を取り戻し挨拶をする。レイラはイザベラからとても王族とは思えない親しみやすさを感じた。

 無礼な態度を取らないよう気をつけけなければ、レイラは心のなかでそう誓う。


「ほら、テオドルフも出てきて挨拶しなさい。恥ずかしがってないで」

「う、うん」


 イザベラが呼ぶと、馬車の中から幼い声が返ってくる。

 そして馬車の中から、小さな少年が現れる。彼こそまだ十歳の時のテオドルフだった。


 おどおどとしながらレイラの前にやってくるテオドルフ。彼は少し恥ずかしそうにしながら「よ、よろしくお願いします」とレイラに話しかける。


 まるで女の子のような、可愛らしい彼の姿を見たレイラは、まるで胸を大口径の銃弾で撃ち抜かれたかのような衝撃を覚えていた。


(な……なにが起きているのですか!? なぜ私の胸はこんなにも痛く苦しい!? まさかなにかの精神魔法!? いや、そのようなものをかける素振りはなかった。いったいなにが……!)


 初めて覚える感情に困惑するレイラ。そんな彼女を見てテオドルフは不思議そうに首を傾げる。

 こうして今後、長い付き合いになる二人は邂逅を果たすのであった。

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