第2話 謎多き依頼

「ここのはず……ですが」


 王都のとある場所に着いたレイラは、周囲を見ながらそう呟く。

 彼女が来たのは人通りのない狭い路地裏であった。地面にはゴミが散らばっており、整備されていない。


 表通りこそ綺麗な王都であるが、このような汚い場所も多い。こういった所は治安も悪く強盗に遭うケースも少なくない。


「なぜ依頼人はこのような場所を……やはり『罠』でしょうか」


 依頼と偽って冒険者を呼び出し、襲撃する事件もある。

冒険者が身につける武具は一つで家が建つほど高値の物もある、もし襲撃が成功すればこれ以上美味しい仕事はない。


 護衛というありきたりでざっくりとした依頼内容、割高な報酬、そして怪しい場所への呼び出し。

 この依頼が罠である可能性は非常に高いように思えた。


 しかしレイラに帰る様子はない。

 罠であるなら返り討ちにするまで。傲慢な考えであるが、その傲慢さに釣り合った腕前を彼女は持っていた。


 腰に差した剣に手をかけ、路地裏を奥に進むレイラ。

 すると進行方向から一人の人物が姿を現す。


「……冒険者のレイラ・オルスティン殿とお見受けする。間違いないだろうか?」


 その人物は全身を外套で包んだ、大柄の男性であった。

 フードを目深に被っており、その顔はよく見えない。腰にはよく手入れされたブロードソードを差している。

 レイラは相手の佇まいを見て、その者が歴戦の猛者であることを見抜いていた。警戒レベルをグッと引き上げた彼女は、謎の男に返事をする。


「はい、私がレイラ・オルスティンです。あなたが依頼人ですね?」

「ああそうだ。あのような怪しい依頼を引き受けてもらい感謝する」


 怪しい自覚があったのか、とレイラは心の中でツッコミを入れる。

 相手の考えが読めず、困惑するレイラ。

すると男は自然な動作で腰に差した剣を抜き放ち、構える。そしてまっすぐレイラを見据えながら口を開く。


「申し訳ないが、少し手合わせ願いたい。"天剣"の二つ名の力を見せていただきたい」

「……これは私が依頼を受けるに相応しいかのテスト、と捉えて構いませんか?」

「ああ、そう捉えてもらって構わない」

「……分かりました。そういうことでしたら」


 男の返事を聞いたレイラは、剣を抜き構える。

 明らかに怪しい依頼。逃げ出すことも可能だが好奇心が勝った。


「いつでも来てください」

「感謝する」


レイラがそう答えた瞬間、男は地面を蹴り一瞬にして距離を詰めてくる。そして握った剣を振り上げ、その刀身をレイラめがけて振り下ろしてくる。


「――――っ!!」


レイラは男の想定外の速さに一瞬驚くが、高速で剣を振りなんとかその一撃を受け止める。


「さすがの反応速度だ。ならこちらも少し本気を出させていただく!」


 男はそう言うと何度もレイラに向け剣を打ちつけてくる。

 レイラはその剣閃を冷静に見切り、さばいていく。


(この剣、重い……っ!)


 レイラは速さでこそ勝っていたが、相手の方が剣の威力は上であった。

 殺意こそ感じないがその剣撃は力強く、正確。久しぶりの強敵を前にしてレイラは高揚し、自然に笑みがこぼれる。


「どうした! 受けるだけか!?」

「ご冗談を。次はこちらの番です……!」


 レイラは深く集中すると、剣の速度を上げる。

 力で劣るなら速度で、それでも足りないなら技で。レイラは自分より力の強い相手だろうと負けるつもりはなかった。


「はああああっ!!」


 目にも留まらぬ速さで放たれる斬撃の雨。

 男はかろうじて剣でそれをさばくが、徐々に押され始める。


「ぐ……まさかここまで速いとは!」

「隙ありっ!」


 レイラは男の隙を突き、鋭い蹴りを腹部に放つ。

 その強烈な一撃を食らった男は顔を歪め、動きが僅かに止まる。レイラはその一瞬の硬直の間に剣を男の首元に押し当てる。


「私の勝ち、ですね」

「ああ……そうみたいだな」


 男は観念したようにそう言うと、手にしていた剣を地面に落とし、両手を上にあげて降伏する。その口元には余裕が見て取れる、いったいなにが目的だったのかと疑問に思いながら、レイラはその剣先でフードを上に弾き男の顔を晒す。


 フードの下から現れたのは、精悍な顔をした男性だった。

 歳は二十代後半くらいであろうか。肌は浅黒く、首は太い。かなり鍛えられた戦士のように見える。


「私の名前はガーラン・エイガス。王国騎士をしている」

「騎士? なぜこの国の騎士が冒険者に依頼を?」


 相手が騎士と知り、レイラは一旦剣を収める。嘘の可能性がないわけではないが、目の前の男が嘘をつくような器用な人物には見えなかった。

 ガーランはその質問に答えるのを少しためらう様子を見せたが、少しすると意を決したように話し始める。


「今回の件は王国の者に知られてはいけないのだ、ゆえに外部の者を頼らなければならなかった。聞けばお主は腕が立つ上に口も固いそうではないか」

「なるほど……それであのような真似を」


 レイラは得心する。

 護衛相手は王国関係者。人づてに聞いた評価だけで依頼するわけにはいかなかったのだろう。

 そしてどうやら自分はそのテストに合格したようだ。


「試すような真似をして申し訳なかった。報酬は上乗せさせてもらおう」

「それは別に構いませんが……そろそろ護衛相手を聞かせていただけませんか?」


 レイラが尋ねると、ガーランは真剣な表情で自分が使えている者の名を口にする。


「護衛してほしい方は二人。この国の王妃、イザベル様とその息子であり第三王子のテオドルフ殿下だ」

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