第五章 過去編 国王誕生祭

第1話 冒険者レイラ・オルスティン

 ――――テオドルフが追放される、三年前。


 フォルニア王国の王都、フォーレイス。

 たくさんの人で賑わうその都に、大きく立派な建物が存在した。


 建物の前にある看板には『冒険者ギルド王都支部』の文字。

 ここは多くの戦士が所属する冒険者ギルドの建物であった。


 冒険者は依頼を受け、モンスターの退治や素材の採取などを行う、傭兵や便利屋のような職業だ。命を落とす危険な仕事も多いが、成功すれば報酬リターンも大きい。

 大きな家に生まれることができなかった者が、人生に一発逆転を起こすことを目標にして毎年ギルドの扉を叩いている。


 しかし冒険者として成功できるのは、ほんのひと握りしかいない。

 最低のEランクから始め、功績を積むことで冒険者たちは上のランクを目指すのだが、ほとんどの者はDランクで止まってしまう。

 Aランクになれる者など全体の1%以下、その上のSランクなど更に少ない。


 しかし今日この日、ギルドを訪れたその女性は、なんと二年・・という短さでSランクへと昇格していた。


「……」


 一つに結んだ銀色の髪を揺らしながら、その女性はギルドの中に足を踏み入れる。

 すると一階で酒を飲んでいた冒険者たちの目が、一斉にその女性に向けられる。


「おい、あれって……」

「ああ、『天剣』のレイラだ」

「恐ろしいほどの美人だな」

「あの細さでSランクかよ」

「おい、話しかけてみろよ」

「無茶言うなよ、誰ともパーティ組まないって聞いたぞ」


 Sランク冒険者、レイラ・オルスティン。

 "天剣"の二つ名を持つ彼女は、その名に恥じぬ卓越した剣技によって、高難度の依頼を次々と単騎で達成し名を挙げていた。


 彼女は一階の受付の前に行くと、手に持っていた麻袋をカウンターの上にドサッと置く。


「受けていた依頼を達成しました。確認してください」

「は、はいっ!」


 受付に立っていた二人の受付嬢の内の一人が麻袋の中身を確認する。

 その中にはドラゴンの鱗やハイオークの耳など、強力なモンスターたちの素材が大量に詰め込まれていた。


「急いで確認いたしますので、少々お時間をいただいてよろしいでしょうか?」

「分かりました。終わったら教えて下さい」


 そう言ってレイラは受付から一旦離れ依頼が書かれた紙が貼り付けられた掲示板へ向かう。

 すると受付嬢は緊張した面持ちで袋の中を確認し始める。もう一人いた受付嬢も隣からそれを覗き込む。


「うわ、凄い……これ全部一人で倒したの?」

「あんな美人さんなのに強いなんて凄いよね」

「でもちょっと怖いかも、睨まれたら私腰抜かしちゃうよ」

「ちょっと、あんまり大きい声で言うと聞こえちゃうよ」


 ひそひそと話す二人の受付嬢。

 レイラは他人と必要最低限の会話しかしなかった。ミステリアスでクールな彼女に興味を持つ人間は多く、


「こんにちはレイラさん。少しお時間いいかな」

「……」


 突然話しかけられ、レイラは振り返る。

 そこにいたのは高そうな装備を身にまとった冒険者の男性だった。首から下げている冒険者タグに書かれたランクは『A』。

 レイラほどではないが、彼も十分腕の立つ冒険者と言えよう。


「実は今度難しい依頼をやることになってね、腕の立つ仲間が欲しいんだ。次の予定が立ってないなら一緒にどうだい? 準備は全部こっちがやるし、報酬も多めに渡す。悪い条件ではないと思うんだけど」


 男はそう言いながらレイラの肢体を舐め回すように見る。

 依頼があるというのは嘘ではないが、彼にはそれ以外の目的もあった。レイラと仲を深めることで仲間以上の関係になろうとしていた。


 彼の失礼な視線に、レイラは僅かに眉をひそめる。


「結構です、私は一人で大丈夫ですので」


 バッサリと彼を言葉の刃で切り捨て、レイラは再び掲示板に視線を戻す。

 その様子を見ていた他の冒険者たちはくすくすと笑う。


「ぐ、う……!」


 大勢の目の前で恥をかいた男は羞恥に顔を歪ませる。

 こうなったら無理やりにでも言うことを聞かせてやる。そう思った彼はレイラの腕を掴もうとするが、その刹那銀色の閃光が弾ける。


「結構だと、そう申したはずです」


 いつの間にかレイラの持つ剣の刀身が、男の喉元に押し当てられていた。少しでも力を込めれば男の喉は切り裂かれてしまうだろう。

 そのあまりの太刀筋の速さに、男は驚愕する。


(ま、まったく見えなかった……!)


 男はAランクの冒険者、動体視力には自信があった。

 そんな彼でもレイラの剣を少しも捉えることができなかった。それほどまでに両者の実力は離れていた。


 彼我の実力差を思い知らされ、男はその場に座り込む。

 すると丁度作業が終わったのか、受付嬢がレイラを呼ぶ。


「オルスティンさん! 確認が終わりました!」


 その声を聞いたレイラは剣を鞘に戻し、受付に向かう。

 依頼の達成は無事確認され、その報酬が彼女に支払われる。レイラはお金をあまり使わないので、かなりの金額が貯まっていた。

 もう働かなくても暮らしていけるだけの額はあるだろう。しかしそれでも彼女は剣を置くつもりはなかった。


(……退屈、ですね)


 己の力でどこまで行くことができるか。

 それを知りたくて彼女は家を出て冒険者になった。


 最初は見るもの全てが新鮮で楽しかった。しかし依頼を重ねる内にそういった感情は起きなくなり、退屈な日々を送っていた。

 なにか夢中になれるものはないか。彼女はそれを探していた。


「掲示板に貼られているもの以外に依頼はありませんか? なるべく難度が高いものがいいのですが」

「す、すみません。今そういった依頼はなくて。……あ、そういえばオルスティンさん指名の依頼が一件入っていました。それほど難度は高くないと思うのですが、いかがいたしますか?」


 レイラはその依頼書を受け取り、目を通す。

 それは護衛の依頼であった。とある商人を近くの街まで護衛する、簡単な依頼。

 指名のためか報酬は相場よりもよいものであった。


 正直それほど興味をそそられる依頼ではなかったが、他にやることもなかった彼女はそれを受けることにする。


「これを受けます。ここに書いてある場所に向かえばいいのですね?」

「は、はい! よろしくお願いいたします!」


 受付嬢のオーバーなおじぎに見送られながら、レイラは指定された場所に赴く。

 この依頼が彼女の今後の人生を大きく変えることなど知らずに……。

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