第2話 フェンリルのお礼

「え!? 作物を、ですか?」


 まさかの申し出に僕は驚く。

 そんなことを頼まれるなんて思ってもいなかった。


 もしかしたらなにか試されているのかもしれない。そう一瞬思ったけど、ルーナと名乗ったフェンリルの口からぼたぼたとこぼれ落ちるヨダレを見て、その考えを改める。


 これは本気マジのやつだ。


「ど、どうぞどうぞ。まだまだ余っていますので食べてください」


 食べ頃のやつをいくつか採って、ルーナさんの前に差し出す。

 するとルーナさんはその大きな口で、差し出した全ての野菜をパクっと一口で食べてしまう。


『がつ、もぐもぐ……ごくっ』


 数度咀嚼し、飲み込む。

 口に合ったかドキドキしながら見守ると、ルーナさんはカッと目を見開く。


『う』

「う?」

『うんまああああああいっっ!!』

「わっ!」


 突然の大声に驚いて、僕は尻もちをついてしまう。

 ゴームもびっくりして再び拳を構えている。


『なんと豊潤な香りと味であろうかっ! 食べれば食べるほど腹が空く! 力がみなぎっていくぞぉ!』


 ルーナさんはがつがつと実った野菜を食べていく。

 よほどお腹が空いていたのか、かなりの量をぺろりとたいらげてしまった。


『ああ……実に美味であった。ありがとう、礼を言う。久々に満たされた気持ちになった』

「いえ、まだまだ食料はありますので気にしないでください」


 困った時はお互い様だ。

 食料に余裕があるのは本当なので、全然気にしていない。ルーナさんがこの北の大地に住んでいるなら領民みたいなものだし、助けるのは当然だ。


『こんなに美味いものを食べたのは1000年ぶりだ』

「せ、1000年ですか」


 ということは少なくともルーナさんは1000歳を超えていることになる。

 フェンリルは長生きするイメージがあったけど、そんなに長く生きれるんだ。


『1000年前はまだこの土地も瘴気に侵されていなかった。自然豊かで生命に溢れていたのだ』

「そうだったんですか」

『ああ、しかしこの地で大きな戦があり……そのせいで瘴気で蝕まれてしまった。それ以来ろくなものを食べれていないのだ』

「そうだったんですね……」


 ここで大きな戦があったなんて、初めて聞いた。

 1000年前はまだ王国もできていなかったら、その歴史は失われてしまったんだろう。これはかなり貴重なお話だね。


「でもそんな昔からこの地が瘴気に蝕まれていたなら、他の土地に行ったほうが良かったんじゃないですか?」

『ああ、その通りだ。だが故郷というのはただそれだけで尊いものだ。そう簡単に捨てられるものではない』


 確かにルーナさんの言う通りかもしれない。

 あまり前の世界にいい思い出のない僕でも、昔の生活を懐かしんで悲しくなる時はある。いくら伝説の存在でも、その気持ちに変わりはないんだろう。


『少年、名は?』

「そういえばまだ名乗っていませんでしたね。僕はテオドルフ・フォルレアンと申します」

『テオドルフ、此度のこと感謝するぞ。生憎今は手持ちがこれくらいしかないが、必ずやまた礼に来る』


 ルーナさんは自分のもふもふの毛の中をゴソゴソと漁ると、白く光る金属をくわえて僕に渡してくる。

 小さいのにずっしりとした重みのある金属だ。神金属ゴッドメタルに似ているけど、少し違う感じがする。


「これは……?」

『それは希少金属「オリハルコン」だ。昔拾ったものだが、私には無用の長物、お主に譲ろう』

「え!? オリハルコン!?」


 オリハルコンはとてつもなく貴重な金属だ。これで作られた武具やアクセサリーは国宝級の代物だ。滅多に見つからず、市場にも出回らない。

 貰った物は手のひらサイズの大きさだけど、これでも王国金貨数百枚……下手したらもっと価値があるだろう。


 ちなみに鑑定結果はこんな感じだ。


・オリハルコン ランク:SS

高い魔力を帯びた、伝説の金属。

刀剣に鍛え上げると凄まじい切れ味を発揮する。



「こんな貴重な物を貰ってしまって大丈夫なんですか?」

『構わぬ。私が持っているより、お主が持っていた方が役に立つだろう』

「……分かりました。必ず役立てて見せます」


 そう言うとルーナさんは嬉しそうにうなずく。


『そうだな……それと最後にもうひとつ・・・・・いいものをやろう』

「へ?」


 なんだろうと思っていると、突然ルーナさんの体が光りだす。

 そしてその光が収まると、ルーナさんがいたところに美しい白い髪をした女性が現れていた。頭の上には長くてもふもふの耳が、お尻からは白い立派な尻尾が生えている。


「え。もしかして……」

「長い時を過ごしたフェンリルは人の姿になることができる。そしてこの状態なら……お主に神狼フェンリルの加護を授けることができる」


 人の姿となったルーナさんはすたすたと近づいてくると、なんといきなり僕の頬にキスをしてきた。


「……っ!?」


 突然のやわらかい感触に驚いて声にならない声を上げる。

 キスされたことに気づいて顔を真っ赤にしていると、それを見たルーナさんが「くくっ」と楽しそうに笑う。


「ふふ、本当にい奴だ。食べてしまいたいくらいだ」


 八重歯を覗かしながらそう言うルーナさんは、美しさと野性味が同居していて、なんだか背筋がぞくりとした。


「それではまた会おうテオドルフ。次あった時はもっとよいお礼・・をするから楽しみにしておれ」


 そう言ってルーナさんは去って言って。

 こ、これよりも凄いお礼ってなんだろう。僕はドキドキしながら去っていく背中を見送るのだった。


◇ ◇ ◇


「ふう……疲れた」


 無事畑の作業を終えた僕は、家の中でくつろぐ。

 作業自体はすぐ終わるはずだったけど、まさかのフェンリルの出現で時間がかかってしまった。


「午後は特にやることがないから、本でも読もっかな」


 お城から役に立ちそうな本を持ってきている。

 開拓に役立ちそうなことはなるべく勉強しとかないと。


「よし、じゃあお昼を食べて午後も頑張るぞ」


 一人でそう気合いを入れていると、突然外にいたゴームが「ゴ、ゴウ!?」と声を上げる。

 警戒しているというよりも、困惑しているような声だ。

 いったいなにがあったんだろうと、僕は外に出る。


 すると家の方に向かって一人の女性が歩いて来ていた。


「だれ……か……たす……け……」


 レイラと同じくらいの、若い女性だ。

 その人はあちこちに擦り傷を負っていて、着ている服も汚れている。どうやら長い間走っていたみたいだ。疲れ切っているみたいで今にも倒れそうだ。


「おね……が……」


 どさ、と女性は倒れる。

 危険な倒れ方だ。急いで僕は彼女に駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」

「はあ……はあ……」


 駆け寄って頬を触ると、かなり熱い。

 どうやら疲労で熱が出ているみたいだ。このままだとまずい。


「ゴーム! 運ぶの手伝って!」

「ゴ、ゴウ!」


 僕はゴームの手を借りて、その女性を家まで運ぶのだった。

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