第3話 避難民

 倒れた女性はすごく疲れている様子だったので、ひとまず家のベッドに寝かせた。

 家の中にゴームは入れないので、窓から心配そうにこちらを見ている。


井戸から冷たい水を汲んで、それをおでこに乗せてしばらく待つ。

 これくらいしか今はできることがない。


 大丈夫かなとしばらく様子を見ていると……ゆっくりその人は目を開く。


「ん、んん……ここって……」


 ゆっくり体を起こして、こちらも見る。

 まだ状況が飲み込めていないみたいで、困惑した様子だ。


「大丈夫ですか?」

「は、はい……君は……?」

「僕はテオと言います。お姉さんは僕の家の前で倒れていたんです」

「そうだったんだ……看病してくれてありがとうね。私はアイシャって言うの、よろしくね」


 肩まで伸びた栗色の髪を揺らしながら、お姉さんはそう名乗った。

 なんだかほんわかした雰囲気を持った人だ。出会って間もないけどとても優しい人のように感じた。


「それでアイシャさんはなんでここに? 急いでいるように見えましたが」

「そ、そうだ! 急がないと!」


 アイシャさんは焦った様子でベッドから降りようとする。

 しかしその瞬間「っ!」と痛そうに顔を歪める。長い間走ったせいで体中が痛いみたいだ。こういう時こそアレ・・の出番だね。


「ちょっと待っててくださいね」

「へ?」


 僕は用意しておいた緑色の草と、瓶に入った水を手に持つ。


自動製作オートクラフト……回復薬ポーション!」


 スキルが発動して、草と水が融合する。

 さっき持っていたのは『ヒィル草』という植物だ。栄養満点な植物で、調合すると傷を癒やす薬になる。

 効果の高い薬を作るには高い技量がいるらしいけど、自動製作オートクラフトの力があれば高品質の回復薬ポーションを一瞬にして作ることができる。

 ゲームでもポーションを作るにはもっと複雑な手順が必要だったのにこれだけですむなんて、やっぱり規格外チートな能力だ。

 ちなみにヒィル草の種はローランさんから貰ったものだ。さっそく役立ってよかった。


「これを飲んでください。良くなりますから」

「……うん、分かった」


 アイシャさんは少し躊躇しながらもそれを飲む。

 どうやら少しは信頼してもらえているみたいだ。


 彼女が回復薬ポーションを飲み干すと、体が淡く光り始める。

 そして体中の傷がゆっくりと消えていく。顔色も良くなっている。こ、こんなに即効性があるなんて思わなかった。


「す、すごい! もう体が痛くないよ! こんな凄い物を作れるなんてテオくんは魔法使いなの!?」

「えーと……そんなところ、ですかね?」


 ギフトのことを話したら、僕が王族であることもバレてしまう。本名じゃなくて愛称のテオと名乗ったのも、身分がバレないようにだ。

 別に隠しているわけじゃないけど、今伝えたら混乱させてしまうだろう。ひとまず僕はこの力が魔法ということにする。


「それでアイシャさん。なんで急いでいるか教えていただけますか?」

「私、助けを求めに来たの。ここからフォルノスは近い!?」

「い、いえ。ここからだとそこそこ遠いですね」

「そんな……方角を間違えちゃったんだ……」


 アイシャさんは悲しげに肩を落とす。


 フォルノスは王都の北にある街だ。

 北の大地からモンスターがやって来た時に迎え打てるよう砦が建っていて、兵士もそれなりにいる大きな街だ。僕もここに来る時少しだけ立ち寄った。


 アイシャさんは「どうしよう……」と消えそうな声を出す。

 このまま放ってはおけない。ひとまずなにがあったか聞いてみよう。


「なにがあったか教えてもらえませんか? もしかしたらお手伝いできることがあるかもしれません」

「テオくん……ありがとう」


 少し落ち着きを取り戻したアイシャさんはゆっくりと話し始める。


「私はある小さな村出身なの。ヴィットア領の北東にあるモア村、そこは人も少ない普通の田舎の村だけど、村の人達はみんな優しくて、私たちは質素だけど楽しく暮らしていたの」


 ヴィットア領は北の大地の南西の森を更に南下したところにある領土だ。

 あまり詳しいわけじゃないけど、最近は色々と揉め事があって、父上が一度怒っていたのを聞いたことがある。


「最近ヴィットア領は問題が多くて、飢饉が起きたり野盗が発生したりしてたの。私の村にも被害が出始めて、みんなで近くの森に避難していたの。最初は備蓄もあったし、森の中に仮住まいを作って暮らせていたんだけど……問題が起きたの」



 アイシャさんは怯えるような表情を浮かべながら言葉を続ける。


「ゴブリンの群れが私たちのところにやって来たの……。最初は食料を要求してきた。私たちに戦う力はないから、その要求を飲むしかなかった」


 ゴブリンは小さな鬼のモンスターだ。

 子どもくらいの背丈で、一体一体は弱いけど、武器を使うし仲間と行動するから厄介……と、本で見たことがある。

 油断して命を落とす新米冒険者も多いらしい。


「ゴブリンの要求する食料は次第に多くなっていったの。これ以上渡すとみんなの食べる分がなくなる……そう抗議したら、ゴブリンたちはその代わりに『女性』を出すよう脅迫してきたわ」

「……ひどい」


 ゴブリンは人の女性と生殖可能だ。どんな目に合うかは容易に想像がつく。


「村の人達は拒否したけど、ゴブリンたちはそれを許さなかった。出さないと村の人を一人ずつ殺すって……だから私はゴブリンの目を盗んで助けを求めに来たの……このままじゃみんなが死んじゃうから……っ」


 アイシャさんは涙を浮かべながら語る。

 村の人達を置いて助けを求めるのは勇気がいる行為だったと思う。もしゴブリンに見つかったら確実に捕まり酷い目にあっていただろう。


 そしてこのまま放っておいたら、その村の人たちも同様に酷い目にあう。

 それを知って放っておくことなんてできない。だって僕はここの領主なんだから、その近くで起こった問題を見て見ぬふりなんてするわけにはいかない。


「アイシャさん。村の人たちがいるところまで案内してくれませんか?」

「……へ?」


 僕はお出かけ用の外套を羽織る。

 お留守番を頼まれたのに勝手に出かけたら、レイラに怒られてしまうだろう。

 それでも行かないという選択肢は僕にはなかった。


「任せてください。村の人たちは僕が助けます」

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