閑話2 愚かな勧誘
突然現れたニルス。
彼を見たアリスは機嫌が悪そうに「ニルス……」と呟く。それが聞こえたニルスは眉をぴくりと動かす。
「ニルス『殿下』だろ? 俺たちは女神の力を賜った選ばれし者同士だが……俺は王族だ。平民のお前とは生まれからして違う。少しは敬意を払ったらどうだ」
「ふん。悪いけどあんたと話している暇はないの。私たちはあんたと違って忙しいからね」
「くく、口が悪いのは変わらないな。まあいい。そんなお前が従順になっていく様を見るのは楽しそうだ」
「言ってなさい」
アリスは吐き捨てるように言うと、ニルスに背中を向けて去ろうとする。
そんな彼女にニルスは言葉を投げかける。
「アリス、俺のものになれ」
「……は?」
突然の言葉にアリスは立ち止まり振り返る。
信じられない、なにを言ってるんだといった表情をしている。
「俺はこの国の王になる。兄はどこを放浪しているか分からないし、あのお荷物も死の大地に送ってやったからな。統治するのは俺一人でも問題ないが……民からの信頼が厚いお前が側にいると楽になる。悪い話じゃないはずだ。お前だっていつまでも魔物退治なんてつまらない仕事したくないだろうしな」
その失礼な物言いに、アリスは目を細める。
それは彼女が静かに怒りを燃やしている仕草であった。それを知っているサナは「やば」と内心焦る。相手はいけすかない相手ではあるが一応王子。手にかけてしまえばお尋ね者になるのは間違いない。
「お、おい」
「安心しなさい、私は冷静よ」
口ではそう言っているが、サナの目からそのようには見えなかった
またいつでも止められるようにしないと、サナは心の中でため息をつく。
「来いアリス。少し生意気なのが残念だが、お前は顔がいい。今ならお前を
「……はあ、馬鹿もここまで来ると笑えてくるわね」
「なんだと?」
アリスの言葉にニルスは顔をしかめる。
彼は心の底から自分の提案が断られるとは思っていなかった。
「理由が分かんないみたいだから教えてあげる。ひとつ、私はあんたが王になれるとは思っていない。ふたつ、私は今の人を守れる仕事に誇りを持っている。よってそれを馬鹿にするあんたとは付き合えない。そしてみっつ、あんたみたいな自己中と結婚するなんてまっぴら。鏡を見て出直しなさい」
「き、貴様……っ!」
すらすらと吐かれる暴言に、ニルスは顔を真っ赤にして怒る。
しかし彼をもっとも激高させたのは、次にアリスが言った言葉であった。
「そしてよっつ。私はテオについていく。どうせあんたもテオを追い出したのに加担してんでしょ? ならあんたも私の敵、一生分かりあうことはないわ」
「クソが……どいつもこいつもテオテオテオ言いやがって! あの出来損ないのどこがいいんだ!」
叫ぶニルス。
すると彼の体から凄まじい魔力が放たれる。その魔力はあっという間に廊下を満たしアリスたちに浴びせられる。
しかしそれを受けてなお、アリスは冷静であった。
「ふうん。これがあんたの『ギフト』ってわけ?」
「お前に見せるのは初めてだったな。これが俺のギフト『大賢者』の力だ。莫大な魔力と全ての属性を操ることのできる能力を俺は手に入れた! 俺は最強の魔法使いになったんだ!」
「……はあ。分かりやすく力に溺れているわね。なんで女神様はこんなのに力を与えたのかしら」
やれやれ、とアリスは首を横に振る。
ニルスはそれを見て更に激高し、手に魔力を集め始める。
「まだ俺の力が
ニルスの手から放たれる、超高温の火球。それはまっすぐにアリスめがけて飛来する。
すると同時にアリスは駆け出し、腰に差している剣をつかむ。そして火球が当たるその瞬間、剣を抜き放ちその火球を一刀両断してしまう。
「な……!?」
「ギフト頼りの魔法なんか怖くないわ。どうせその力にかまけてまともに鍛錬もしていないんでしょ?」
アリスは吐き捨てるようにいうと、つかつかとニルスの方に近づく。
そして手が届く距離まで接近すると、剣を納め右手を上に上げる。
「な、なにを……」
「二度と私に話しかけないで。不快よ」
そう言ってアリスは、ニルスの頬を思い切り
「ひぶっ!?」
パァン! という炸裂音と共にニルスは吹き飛び、横の壁に激突、顔面がめり込んでしまう。
必死に壁に手を当て、ニルスはなんとか埋まった顔を出すことに成功するが、その頬は真っ赤に腫れ上がってしまっていた。それを見た仲間のサナとマルティナは思わず笑ってしまう。
「き、
「マルティナ、お願い」
アリスがそう言うと、その意図を理解した魔法使いのマルティナが魔法を発動する。
使用する魔法は「
「これで証拠はなくなったわね。で、私がなにかしたかしら?」
「ふ、ふざけるな! こんなので言い逃れできると思っているのか!」
「だったら言えばいいじゃない。振られた腹いせに魔法を撃ったら、返り討ちにされました。傷は治してもらったけど信じてください……ってね。ま、プライドの高いあんたには難しいかもしれないけど」
「ぐぐぐ……」
アリスの指摘が的を射ていた。
「私は優しいからこれくらいで済ませてあげる。でももしまたテオや私に手を出したら……覚悟しなさい。顔の形が変わるくらいじゃ済まさないから」
そう言ってアリスはニルスを睨みつける。
その気迫に
「サナ、マルティナ、行くわよ。もうここに用はないわ」
アリスは興味なさそうにそう言うと、二人の仲間を連れてその場を去ってしまう。
ただ一人残されたニルスは、顔に深い憎しみの色を浮かべる。
「許さないぞテオ、アリス……貴様らは俺が絶望に叩き落してやる……!」
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