閑話1 勇者アリス・スカーレット
フォルニア王国にそびえる巨大な王城。
その内部には王に謁見する広い部屋、通称『王の間』が存在する。
床には赤いカーペットが敷かれ、最奥部にはきらびやかな装飾が施された玉座が鎮座している。
かつてテオはここで父に北の大地行きを命じられた。
そして今日も王の間では、ある人物が王に謁見していた。
国王ガウスは玉座に座りながらその少女に向かって口を開く。
「勇者アリス・スカーレットよ。こたびの活躍も見事であった。そなたの尽力、感謝する」
「いえ、勇者として当然のことをしたまでです陛下」
炎のように赤い色のツインテールをした少女がそう答える。
アリスと呼ばれたその少女は、非常に整った顔立ちをしていたが、気の強そうな目をしており近寄りがたい印象を受ける。
背中にマント、腰には剣を下げているその少女はガウスの言う通り『勇者』であった。
「あれだけの量の魔物を倒して当然のこととは頼もしい。力を与えてくださった女神様も喜んでいることだろう」
「身に余るお言葉。ありがとうございます陛下」
少女はあまり心のこもってなさそうな様子でそう返す。
それを間近で聞いていた彼女の仲間の二人は、膝をつきながら心配そうな表情を浮かべる。
女神より力を賜った勇者は、王族でも手を出せない『特権』を得ている。アリスは敬語を使ってこそすれ、膝をつかず直立で国王と向き合っていた。
それが仲間二人を余計に焦らせた。
(お嬢、余計なこと言わないといいけど大丈夫かね……)
(うう、胃が痛い。お願いだから大人しくしててねアリスちゃん……)
膝をついた状態では暴走を止めるのに反応が遅れる。二人はなにも起こらないことを祈る。
「どうだ、勇者の凱旋を記念してパーティでも開かないか? 息子も呼んで盛大なものにしよう」
「パーティですか? それはテオ……じゃなかった、テオドルフも来るのでしょうか」
「テオドルフ? ああ、そういえばあいつとは古い仲であったな。愚息と長い間付き合ってくれて痛み入る。だがもうそのようなことをしないで大丈夫だ」
「……どういうことでしょうか」
アリスは苛立ちを少し言葉に混ぜながらガウスに尋ねる。
これはマズいやつだ。二人の仲間の額に汗がにじむ。
「テオドルフは王都より追い出し、北の大地へと送った。奴は女神様より見捨てられ、力を賜れなかった『無能』であったのだ。そのような者を王都に置いておくわけにはいかぬからな」
得意げに語るガウス。
テオがそのようなことになっていると知らなかったアリスは、信じられないといった様な目でガウスのことを見る。
「北の大地は瘴気に侵された地。軟弱なあやつではどうすることもできぬだろう。今頃は逃げ出しているか……それとも情けなく野垂れ死んでおるか。どちらにしろもうここに戻ってくることはないだろう」
その言葉を聞いたアリスは、小さく「殺す」と呟き腰に下げている剣に迷いなく手をかける。
そしてその刀身を抜き放とうとしたその瞬間、後ろに控えていた彼女の仲間の一人が目にも留まらぬ速さで動き、アリスに覆いかぶさってその凶行を止める。
アリスが剣を抜こうとしてから一秒にも満たない間で行われたそれを、ガウスも兵士も視認することはできなかった。
「おおーっと、陛下! どうやらウチらのリーダーはお疲れみたいです! お話はこれくらいでよろしいでしょうか!? あ、パーティも残念ながら遠慮するそうですはい!」
「お、うむ、そうか」
突然のことに驚き、ガウスはそう返事をする。
幸いアリスの動きが速すぎたせいで剣を抜こうとしたことはバレていなかった。これ以上ここにいたらどんなボロが出るか分からない。
アリスを抑えた仲間の一人は、彼女を引きずりながら「それでは失礼します!」と王の間を後にするのだった。
◇ ◇ ◇
「ちょっとサナ! なんで止めるのよ!」
王の間から出て少し進んだところの廊下で、アリスは叫ぶ。
幸い廊下に他の人影はない。彼女たちの声は城の者には届いていなかった。
「勘弁しておくれよお嬢。王様を斬ったらあたしたちの首まで飛んじまう」
サナと呼ばれた女剣士は呆れた様子でそう言う。
するともう一人の仲間、魔法使いの少女マルティナもこくこくと頷いてそれに同調する。
勇者アリス、女剣士サナ、そして魔法使いのマルティナ。
女性のみで構成されたこの三人組が、王国周辺で名を轟かす勇者パーティ一行であった。
「でもあのおっさん! テオを……!」
「わーってるって。落ち着け。ひとまず国王陛下をおっさん呼ばわりするな。愛しのダーリンが心配なのは分かるけど」
「だ、だだだ誰が未来の旦那さまよ! テオはそんなんじゃないわ!」
「いやそこまでは言ってないけど……」
はあ、と呆れたようにため息をするサナ。
普段は頼りになるリーダーであるアリスだが、テオが絡むとポンコツになることが多かった。
まあそんな可愛らしい一面があるのも魅力ではあるけどな、という言葉をサナは胸の内に留める。あまり調子に乗らせると面倒くさいことになるのは一緒に旅をしていく中で十分学んでいた。
「……誰か、来る」
今まで黙っていたマルティナがそう口にする。
アリスとサナは話を中断すると、こちらにやってくる人物に目を向ける。
その人物は整った顔立ちをした、黒髪の青年だった。
高そうな衣服に身を包み、上機嫌な様子で歩いてきた彼はアリスたちの前で止まる。
「久しぶりだなアリス。元気そうじゃないか」
ファルニア王国第二王子にして、テオを北の大地に送るようガウスに進言した張本人、ニルス・フォルレアンは意地の悪そうな笑みを浮かべながらそう言うのだった。
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